第7話 マルの魔法訓練
吹っ切れたマルは強かった。
「シュウ!」
「はいはい、どうした?」
「なんでもない! 呼んだだけ!」
「へーへー、そうかい」
この前までの距離感はどこに行ったのか、俺にくっついて離れない。
食事や風呂はまだいいが、トイレまで着いてこようとした時には、さすがに止めた。
不服そうな顔をしていたけど、俺だって譲れないものがある。
少しだけ、ほんの少しだけマルの変態性を疑った。
今も俺の後ろを着いてきて、足に引っ付いてくる。
動きづらいが、本人が満足そうだから良いか。ぴくぴくとしている耳が可愛いから、ついつい許してしまう。
獣人は普通、耳を触れるのは嫌がるはずだが、俺には許してくれる。
だから癒されたい時に、好きに触らせてもらっている。少しゴワゴワとしているが、癖になる触り心地だ。
マルの方も撫でられると気持ちいいらしく、目を細めて受け入れる姿も可愛い。
面倒だと思うよりも仕方がないと思ってしまうのは、絆されている証拠かもしれない。
絶対に認めたくはないが。
「今日も特訓するぞ」
「うう。嫌だけど頑張る」
マルは魔法の訓練が好きじゃない。
ものすごく嫌そうな顔をするが、絶対に必要な事だと伝えれば、渋々受け入れてくれた。
マルいわく、無意識のうちに出してしまうものを、意識して出すのは難しいらしい。
体の中の魔力を上手くまとめられないのが、もどかしくてストレスを感じているようだ。
俺としてもいいアドバイスをしてやりたくても、俺自身が魔法を使えないから上手く言葉に出来なかった。
マルのためを考えたら、学校に通わせるべきだ。
でもまあそれを考えるのは、冬が開けてからにしよう。
とりあえず今は、俺に出来ることをするしかない。
「昨日言ったことを思い出して、魔力のコントロールをしてみろ。自分の中の力を練り込んで形にして放出するんだ。時間はたくさんあるから、ゆっくりやってみろ」
「分かった」
外は俺達の住む家以外、他に何も無い。
だから魔法が暴発してしまったとしても、被害は最小限で済む。
俺も一定の距離を置きつつ、本に書いてあることを噛み砕いて伝えた。
頷いたマルは、目を閉じて深呼吸を始める。
意識を集中しているのだろう。
俺が伝えた通りに、魔力を練り込んで形にしようとしている。
マルを中心に空気が変わり、足元にある雪がじんわりと溶けだす。
昨日よりも早い。
上手くはいってなくても、徐々に徐々に成長している。
効率は悪くても続ければ、いつかは出来るはず。
マルの様子を見ながら、もしもの時のために警戒は欠かさない。
暴走したら裏技になるが、その魔法の対抗魔法をぶつける予定だ。
そのために、魔法が込められた水晶をたくさん用意している。
どの魔法を使えるようにするのかは、マルに任せているかた俺は見守っているだけでいい。
呼吸が深く長くなっていき、オーラのようなものが沸き立つ。
そろそろ魔法を撃とうとしている。
俺は邪魔にならないように、さらに距離を取っておく。
「はっ!」
気合いの入れた声と共に、両手を突き出した。
その瞬間手のひらから、眩い光が溢れる。
次に、冬にもかかわらず熱。そして風。
マルの手のひらの先の景色が変わった。
「お、おお。凄いな」
それぐらいしか言葉が見つからない。
今回は炎の魔法を出したみたいで、しかもその威力は凄まじかった。
普通なら炎魔法と言っても、せいぜい焚き火レベルだ。
でもマルは他の要素も持ち合わせているからか、大爆発を起こした。
雪が溶けたどころじゃない。近くの木が半分ぐらい吹っ飛び、そして残っている根元は焦げている。大惨事だ。でもマルがやったとなると話は違う。
「魔法が撃てたじゃないか!」
凄い凄い凄すぎる。
ここまでの魔法は、今までほとんど見たことが無い。そこら辺の人間なんて目じゃないレベルだ。
獣人というのは、ここまで強いものなのか。
あまりの能力の高さに、久しぶりに興奮してしまった。
手を伸ばしたまま呆然としているマルの元に駆け寄り、その体を抱き上げた。
「おっ」
「もっと喜べよ。魔法を撃てるのも凄いことだけど、それをコントロールするのはもっと凄いことなんだからな」
「そうか」
自分がどれだけ凄いことをやった自覚が無いみたいで、興奮した様子も嬉しがっている様子も感じとれない。
俺一人だけ興奮しているのが馬鹿みたいだ。
なんでこんなに冷静なのかと考えて、すぐに思い当たった。
マルの育った環境では、これがすごいことだというのを知らないのか。
今まで負の感情になった時に発動して、そして大なり小なり被害を出してきた。
もしかしたらマルにとっては、良くないものだと誤解しているのかもしれない。
それならば、訓練に乗り気じゃなかったのも頷ける。
相手の気持ちを考えずに、無理やり事を進めるべきじゃなかったな。
マルのためだという免罪符を得て、説明が全くしなかった俺の責任だ。
今回のことで、魔法を使うのも嫌がるようになったら、マルの将来に影が落ちる。
なんとかこれからも訓練を続けさせるには、どうしたらいいか。
完全に焦っていた俺は、とにかくなりふり構っていられなかった。
「よく出来たご褒美」
抱き上げたマルの額にキスをするなんて、普段の俺だったら絶対にしていなかった。
ただその時は、これが一番いい方法だと、そう思ってしまったのだ。
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