第6話 慰め





 マルについての疑惑や謎が増えたが、どちらにしても魔法は使いこなせるようになった方が良さそうだ。


 俺がまた本とにらめっこをしていれば、遠くからマルの視線を感じた。

 この前の俺は、マルにとってトラウマみたいなものになったらしい。だから俺との接触を嫌がるようになってしまった。


 一メートルぐらいの距離を置いて、こちらをじっと見つめてくるのが、現在の基本的な立ち位置だ。

 マルのせいじゃないと何度言っても聞かず、自分のことを責め続けている。

 これでは魔法の訓練どころじゃない。

 さてどうしたものかと、俺は本の中身を頭に入れつつ作戦を考えた。


 食事を拒否しているわけではないし、話しかければ答えてくれる。

 ただ、前はこちらがうんざりするぐらいに触ってこようとしていたのに、それが無くなった。むしろこっちから触れようとすると、怯えてしまう。

 これは良くない。全くもって良くない。


 そもそも俺は気を遣えるタイプじゃないのだ。

 そういうのと関わり合いたくないから逃げていたのに。こんなところで、まだ気を遣わないといけないのか。

 こう言ってはなんだが、イライラしてきた。

 うじうじしていても何にもならないのだから、考えるだけ時間の無駄だ。


 作戦を立てるのも面倒になり、本を乱雑に置いた。

 その音にさえも反応して、体を震わせている。舌打ちが出かけたが、これ以上怯えさせされないから口の中にとどめる。



「おい。ちょっとこっちに来い」



 手招きをして呼ぶ。でも来ない。

 怖がっているとしても、俺に怯える必要は無いはずだ。

 ため息が出たのは俺のせいじゃない。



「さっさと来ないと、もう一生話しかけないけど良いか?」



 ここまで言わないと、こっちに来ないはずだ。

 冷たい言い方になったが、今は仕方ない。

 それでも迷うそぶりを見せたから、さらに口を開く。



「あと三秒、二秒、一秒……」



 さすがに俺の本気を感じ取ってたようで、早足でこちらに駆け寄ってくる。

 それでも傍には来ない。すぐにでも逃げられる距離だ。

 そこまで俺は痛がっていたのか。

 反省しておこう。

 傷が出来たわけでもないし、大丈夫だと思ったけど、目の前でしばらく動けなかったのが悪かった。


 呼んだは良いが、話をするだけでは意味が無さそうだ。

 ここは行動で示す他ない。

 俺は少しの隙も見逃さず、マルの体を抱えた。



「シュウ!?」



 そして膝の上に乗せて、この前と同じ体勢になる。



「駄目だ。またシュウに痛い思いをさせる。俺に触ったら、駄目なんだ」



 ただ抱っこしただけなのにすでに怖がっていて、視線を合わせることすらしようとせず、目をきつくつむって自分の体を抱きしめた。

 暴れたりしないのは、俺に触れるのを恐れているからか。いじらしいというか頑固というか。


 まあ目を閉じているから、こっちは動きやすい。

 そっと手を伸ばし、マルの腕を掴んだ。

 一瞬振り払うかのような動きをしたが、怪我をさせたくないと思ったのか止まった。


 そうなるだろうと予想出来たから、驚きもせずに掴んだ手を引っ張る。



「っ」



 息を飲む音が聞こえた。



「これは子供の時に木の上から落ちて出来た」



 マルの指に俺の額を触れさせた。

 いつもは前髪で隠れているが、生え際の辺りに五センチぐらいの傷跡が残っている。

 盛り上がっていて、他の部分とは違った感触だ。



「これは昔、ドジして腕がちぎれそうになった。まあなんとかくっついたけど、違和感はある」



 次に袖をまくり上げて腕の傷に移動する。

 傷口が綺麗だったおかげで、繋げることが出来た腕。

 皮膚がそこだけ色が変わっている。薄いピンク色だ。

 触られるとくすぐったいが今は我慢である。



「それでここは、魔法が直撃して死にかけたやつだ。あの時は本気で死んだかと思った。息は出来ないし、痛いを通り越して寒かったし、その場に回復魔法が使える人間がいなかったら手遅れだったらしい」



 片手でボタンを外すのは手間がかかったが、一つずつシャツを開けて、胸についた傷跡をなぞらせるように手を動かした。



「シュウ……?」



 困惑したような声が聞こえる。

 それでもいまだに目をつむっていて、いっそ凄いと思った。


 そんなマルの両手を掴み、背中に回させる。

 俺も体を抱きしめて、触れ合う面を大きくする。


 温かい。

 その温かさは、マルに伝わっているはずだ。

 背中を優しく一定のリズムで叩けば、腕の中に存在から力が抜ける。



「温かい、だろ」



 背中を叩き続けながら耳元で囁く。



「こんだけ怪我をしたけど、俺は生きている。意外と頑丈なんだよ。そう簡単には死なない。だからこうやって触っても大丈夫だ。怪我なんてしないから、そんなに怖がらなくていい」



 マルの手に力が入った。

 俺の名前を小さく何度も呼ぶ声も聞こえてきた。肩の辺りが少しずつ濡れていく。



「泣け泣け。そんで泣いたあとは、なんか甘いものでも食べるか。子供なんだから、グダグダと考えないで好きなように生きればいいんだよ。というか、最初の強引さはどこにやったんだ、全く」


「っ。だって、だって、シュウがっ」



 鼻をすする音が聞こえ、そして力いっぱい抱きしめられた。


 子供を慰めたのは初めてだったが、なんとか上手くいった。

 俺はほっと息を吐いて、こちらからも抱きしめる力を強くした。






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