第3話 不服な受け入れ
この前怪我をしていたのも、もしかしたら密猟者にやられたのか。
そうなると帰る家がないというのも、ありえない話じゃない。
これから冬という季節じゃなければ、気にせずに家から放り出したのに。
「帰る家が、無いんだ。だからここを追い出されたら、行く場所が無い」
子供らしくない言動をしているが、恐怖を感じているらしい。
その体は小さく震えている。
気づいてしまえば、もう駄目だった。
「……冬の間だけなら」
不服すぎてあまりに小さな声だったからか、聞き取ってもらえなかったらしい。
追い出されるのかと、不安そうな表情を向けてくる。まるで俺が悪者みたいで、面倒くさくなった。
「だから! 冬の間だったら、ここにいてもいいって言ったんだ! ただし春になったら出て行ってもらうし、自分の分の食料は確保してもらうぞ!」
照れ隠しに叫べば、パッと顔が輝いた。
「本当か!」
「ああ。ただし面倒なことを起こしたら、追い出してやるからな」
「大丈夫だ、問題ない。世話になる」
全く、面倒なことに巻き込まれてしまった。
子供、しかもクマの獣人なんて、トラブルの種でしかない。
春になったら、速攻で追い出す。
心の中で固く誓っていれば、突然影が差した。
「……んっ!?」
チュッという音と、唇に触れた柔らかい感触。
……こいつキスしやがった。テーブルの上に体を乗り上げてまで、わざわざ口にキスをしてきた。
すぐに唇は離れていったが、だからといって許せる問題じゃない。
「お、前何して」
「お前じゃない。マル、だ」
「今はそういう話じゃない」
袖を伸ばして唇を拭えば、不満げな表情を浮かべて名前を教えられた。
でも、今は本当にそっちの問題じゃない。
「なんでキスなんか」
久しぶりの他人との触れ合いが、これだなんて認めたくない。
今すぐにでも追い出してやろうかと、首根っこを捕まえて持ち上げる。
「だって、キスはするものだろ」
「あ?」
「番同士は気持ちを伝えるのに、こうするって聞いた。俺達は番になるんだから、なんの問題もない」
ぶら下がった状態でも涼しい顔でのたまってきたから、もう我慢の限界だった。
「番になるなんて、いつ、誰が、どこで言ったんだよ!」
だからそのまま外に放り投げたのも、俺のせいじゃない。
扉をカリカリと引っかく音をしばらく無視していたが、あまりにもか細い声で鳴くから、絆されて結局また中に入れる羽目になった。
冬の間は面倒を見るとしても、番だのとおかしなことを言う頭は治す必要がありそうだ。
こうして、俺にとっては不本意な形で、期間限定の共同生活が始まった。
「お前、実際の年齢はいくつなんだ?」
共同生活を始めて一週間、俺は完全にマルの年齢詐称を疑っていた。
「お前じゃない、マルだ」
「そんなこと今はどうでもいいんだよ。で? 実際は何歳サバ読んでんだ?」
「どうでも良くない。名前で呼んで欲しい」
ムッと頬を膨らませている姿は、顔が整っているせいもあって可愛いと思う。
ただこれまでの言動を考えると、ただの子供ということは無いはずだ。
まず最初におかしいと感じたのは、食料集めの時だ。
いくら獣人とはいえ、まだ四歳ぐらい。
自分の食べ物は自分で集めろとは言ったが、どうせ泣きついてくるだろう。
余分に蓄えておいてよかった。でも二人分となると、もう少し必要か。まだ残っていればいいのだが。
さて、獣人の子供はどれぐらいの量を食べるのか。
貯蔵庫の中と消費量を計算し、大体不足している量を導き出した俺の前に、たくさんの木の実と魚がいつの間にか置かれていた。
「これはどうした?」
マルが外に出て行ってから、数時間ぐらいしか経っていない。
その短時間でこの量は、今の俺だって集められるかどうか分からない。
鼻が利くとしても、子供が出来る量なのか。
疑問はあったが貯蓄量の問題は解決したから、まあいいかと考えるのを放棄した。
もう少し考えるべきだったと後悔するのは、その翌日だった。
量は十分になっても種類が足りない。俺は別に無くても困らないが、マルには肉を食べさせるべきだ。
肉が無いから身近にいる俺に標的を向けさせないためにも、狩りをする必要があった。
まだ雪は積もるほどは降っていない。
俺達と同じように、冬ごもりをする前に食料を集めている小動物を狙おう。
「お前、狩りは出来るか?」
「……やったことはない。でもやってみる」
マルは戦力として期待出来ない。となると、俺がやる他ないわけだ。
そういうわけで、昔使ってしまいこんでいた罠や、猟銃を取り出して、俺は久しぶりの狩りをすることになった。
出来ればウサギ、欲を出していえばシカ辺りを捕りたい。
肉も魚と同じで、干したり加工したりすれば長持ちする。それか風味は落ちるが、外で凍らせておけばいい。
戦力外のマルは足手まといになるだけなので、家で留守番させることにした。
一緒に行くと言ってうるさかったが、絶対に駄目だと言い聞かせて置いていった。
それから、数時間も経っていない現在。
俺の目の前には鼻息の荒いイノシシがいて、完全にピンチに直面していた。
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