第2話 再会






 子熊を助けてから、少しの時間が経った。


 あれから何度かあの場所に行ってみたが、姿を見ることは出来なかった。

 死体も無かったから死んではないとしても、助かったかどうかも分からない。

 結果が分からないから、もやもやは溜まったままだ。でも持って帰らなかった俺が、それについて文句は言えない。


 だから、忘れることにした。





 忘れれば、またいつもの日々が戻る。

 いつも通り誰とも関わることなく、一人で淡々と時間を過ごすだけ。

 何かが起こる期待をするだけ無駄だ。


 寂しいなんて思うぐらいなら、やはり連れて帰るべきだった。

 いや、助けなければ、あそこに行かなければこんな思いをすることは無かった。

 俺の判断が間違っていたのだ。

 せっかく一人に慣れてきていたのに、また逆戻りした。

 あんなところで、怪我なんてしているんじゃない。そんな理不尽な怒りも湧いてくる。



 季節は冬になろうとしてきて、木の実の数がグッと少なくなっていた。

 冬になれば外で食料をとるのが困難になるので、今のうちに冬を越せるだけの蓄えをしておく必要がある。

 すでに十分な量はあるが、何かがあった時のためにもう少しとっておきたい。

 どうせ他にやることは無いから、今日は一日かけて食料集めをしよう。


 頭の中で予定を立てて、扉を開けるが何かにつっかかった。

 何かゴミでも落ちているのかと、何度も扉で押す。



「……て。……いてっ」



 そうすれば、扉の向こう側から小さく痛みを訴える声が聞こえてくる。まるで子供の声だ。

 何か、というよりも誰かがいる。

 俺は警戒をしながら、向こうにいる誰かを調べるために、隙間から顔をのぞかせた。



「……毛玉?」



 地面に丸まっている姿には、とてつもなく見覚えがあった。

 というよりもインパクトがあったから、忘れることが出来なかった。



「どうしてここに?」



 助けた子熊が、この場所を知っているはずがない。

 それに少し、その姿が前とは違う。

 俺の予想を後押しするように、下げていた顔が声に反応してこちらを見てくる。



「…………獣人だったのか」



 ゴワゴワとしている黒に近い茶色の毛並み。

 ボロボロの布から覗く、ぷくぷくとした手足。赤みを帯びたほっぺは、触れば絶対に柔らかい。

 可愛らしい丸い耳がついた、大体六歳ぐらいの子供がそこにはいた。

 ただの子熊かと思ったら、どうやらクマの獣人の子供だったらしい。

 だから子供の声がしたのか。納得はしたが、到底受け入れられるものでは無かった。


 俺を見上げたまま何も言わないから、出来る限り低い声で尋ねる。



「なんだお前」



 ビクッと体が震える。

 視線を右へ左へ移動させて、そしてまた下を向いてしまった。

 服の裾を握っている手は、力を入れているのか白くなっている。

 その様子を見たとしても、俺の気持ちが変わることは無い。



「さっさと家に帰れ。邪魔だ」



 恩を返しに来たのか、ただの偶然か、それとも俺を獲物だと分類したのか、ここに来た理由は分からない。

 でも、もう関わるのは無理だ。


 言葉を吐き捨てて扉を閉めようとしたが、その前に掴まれてしまう。

 思わず舌打ちがこぼれる。



「離せ。なんのつもりか知らないが、離さないなら、その指ちぎれるぞ」



 甘い顔を見せれば調子に乗る。

 離さなければ、本気で扉を閉めようとした。



「ま、まって!」


「なんだ?」



 何を言われたところで絆されるわけが無い。

 最後ぐらいに話だけは聞いてやるかとあごで促せば、グッと唇を噛み締めて口を開いた。



「えっとっ、えっとっ、僕のお嫁さんになってくれ!」


「……はあ?」



 森中に響くんじゃないかというぐらいの大声に、驚きで扉を持つ手が緩んでしまったのは一生の不覚だ。



「……それで、実際は何しにここに来たんだ?」



 中に入れてしまってから、追い出そうと必死に捕まえようとしたが、子供だとしてもさすが獣人ということもあり全く追いつけなかった。

 とりあえずは捕まえるのを諦めて、俺は一休みをする。

 外は寒くても、家の中は暖房があるから暖かい。そのせいで汗をかいていて、冷たい物が飲みたくなった。

 俺はこちらを見てくる子熊を無視しながら、お茶の用意する。今は外に出しておくだけで飲み物や食材は勝手に冷えてくれるから、その点は楽だ。氷だって作れる。

 冬はそういう部分では良いが、やはり食料のこととかを考えると、ずっと冬というのも生きていけなくなる。


 俺は氷を入れたお茶を一気飲みすると、カップを叩きつけて睨んだ。

 先程は嫁だのなんだのと血迷ったことを言っていたが、本当の目的がきっとある。



「それは……」



 困ったように笑う体には、あの時の傷は見当たらない。すっかり元気そうだ。

 そのことを安心する自分がいて、すぐに慌てて打ち消した。



「さっきも言ったが、俺はお前をもてなす気は無い。さっさと家に帰れ」



 生きているのを確認出来たのだから、もう用はない。手を振って追い出す仕草をするが、全く動こうとしない。



「おい、聞いているのか?」


「……帰る家、無い」


「は?無い?」



 獣人のクマは、たしか希少種だったはずだ。

 だから大事に大事に扱われる。それなのに帰る家がないということは。



「密猟か」



 希少種だからこそ、自分のものにしたいという悪質なコレクターが乱獲しているという話は本当だったのか。

 これは人間のせいでもあると、俺は冷たく突き放すことが出来なくなりそうな気配に頭を抱えた。






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