第7話 取り調べ2
環が異世界の住人だと告げられたヴィラードが、ギムレストを押し止めるように両手を上げた。
「ちょっと待て、異界の民だと? 彼女がか? 普通の人間にしか見えないじゃないか」
「異界の民が全て異形であるわけではありません。例えばあの六大魔でさえ人型をしています」
「ギムレスト、それはとてもじゃないが、いい例えには聞こえんぞ」
「それでは妖精族とでも例えましょうか。彼らの世界も厳密には異界です。この世界と混ざり合っていますが、時間の流れや
「……妖精族か。それならまだ……」
ヴィラードが考え込むような仕草で環を見る。
「六大魔時代のタルギーレでは、
「つまり暗黒時代の召喚術が復活したと言いたいのか?」
思い切り眉をしかめたヴィラードに対し、ギムレストは小首をかしげた。
「さて? 全ては推測でしかありません。何しろ儀式紋は隠されて見ることも叶いませんでしたからね。もしかしたら召喚術ではない可能性だってあります」
「奴らを捕らえて、洗いざらい吐かせるしかないというわけだな」
「そういうことです」
「やれやれ、厄介なことになりそうだ」
ヴィラードが大きく息を吐いた。環はおずおずと挙手をする。
「あのう、質問をしてもよろしいでしょうか?」
難しい顔をしていたヴィラードは、打って変わって愛想良くうなずいた。
「もちろんですよ。どうぞ」
「ありがとうございます。今、お聞きした範囲だと、まず、召喚術というものは大変珍しい現象だということでしょうか?」
「珍しいどころか、数百年も昔に葬られた魔術です」
環の質問に答えたのはギムレストだった。環の顔が曇る。
「数百年……。その存在しないはずの召喚術が行われたと、あなたは考えていらっしゃるんですね?」
「ええ、僕はそう思っています」
「そして、私が元の世界に帰る
「その通りです。僕を含めた魔術師の誰一人として、召喚術を知る者はおりません」
「……私を召喚したあの男なら知っているでしょうか?」
「それは術者を捕らえて聞くしかありませんね」
「そうですか……、あの高笑い男……」
環は額を押さえてため息をついた。これは一筋縄ではいかなそうだ。土日の間に帰れそうもない。
「高笑い男?」
ギムレストが首をかしげる。最初の説明では細かい描写を省いていたので、環は改めて説明をする。
「私を召喚した男です。もう一人のローブの男が激昂して掴みかかっても笑い続けてました」
「……仲違いしていたとおっしゃっていましたね。そして拘束されたと……。タマキさん、あなたが召喚された直後の彼らの様子はどうでしたか?」
「様子……というと?」
「喜んでいましたか? 驚いているようでしたか?」
環はそのときのことを思い返した。
「……喜んでいるように見えたのは高笑いしていた男だけだったと思います。他の三人は……唖然としていたような……」
「……ふむ。なるほど」
そう言ってギムレストは考え込むように沈黙してしまった。
「どうした、ギムレスト?」
しびれを切らしたヴィラードがギムレストを促す。
「……推測ですが、もしかしたら召喚師以外にとって、この召喚術は望まぬ結果だったのかもしれないと思ったのです」
「説明してくれ」
ヴィラードの催促に、ギムレストは下に向けていた視線を上げた。
「こんな例えはどうでしょう? 召喚師とその一行は、なんらかの公にできない儀式を行うべく、六大魔時代の神殿へと人目を忍んでやってきた。しかし召喚師が予定とは異なる召喚術を行ってしまい、タマキさんが召喚された。
召喚師は大喜びして高笑いします。なにせ遺失した召喚術に成功したのですから。しかし召喚師以外は違います。危険を
これならせっかく召喚したタマキさんを置いて行ったことにも説明がつきます。本来の目的ではなかったからです。一応、筋は通っていると思うのですが、いかがでしょうか?」
環は高笑い男たちのやり取りを思い出す。
「確かに、言われてみれば、そういう感じだったかもしれない……」
だとしたら環にとって最悪な状況だ。
訳もわからず別世界に連れてこられた挙句に、帰還する唯一の手段を知っているかもしれない召喚師は犯罪仲間によって拘束されている。
(ちょっと、高笑い男、頼むから私を帰すまで生きててよ……)
まさか拉致犯の無事を祈る羽目になるとは思いもよらなかった。頭を抱えたい環をよそに、ヴィラードが疑問を上げた。
「ちょっと待てギムレスト、それだと説明のつかないことがある」
ギムレストはうなずく。
「ええ、タマキさんの呪いですね。確かに今の推測では彼女を呪う理由も意味もありません」
「説得力はあるのだがな。真相に近いとは思うが……」
「やはり情報が足りませんね。しかしエルー神殿は封じておいた方がいいと思います。せめて彼らがあの場所を選んだ理由が判明するまでは」
「それは同感だ。そうしよう」
環はたった今、聞き捨てならないことを聞いた気がした。
「呪い?」
話し込んでいた二人の視線が集中する。
「今、呪いっておっしゃいませんでした?」
「ええ、申し上げました。タマキさんの、その耳飾りのことです」
ギムレストはあっさりと肯定する。環は耳たぶを押さえた。真横に張りついていたギムレストを思い出す。
「もしかして馬車で調べていたのがそうだったんですか? 呪いってなんですか? 教えてください」
顔色を悪くする環に対し、ギムレストは困ったような顔をする。
「申し訳ありませんが、解析がまだ進んでいないので、なんとも申し上げられません」
「そんな……」
「読み取れたのは、それが生贄の呪いということだけです」
「い、いけにえ? それは殺されるということでしょうか?」
「まあ、一般的には生贄は
「一般的な生贄……」
優しい顔立ちから、すごいパワーワードが出てきて環は絶句する。そんな環を慰めるようにギムレストが優しい声を出した。
「そんなに気を落とさないでください。全て読み解ければ解呪できるかもしれませんから」
「本当ですか?」
「ええ、あなたにも協力していただくことになると思います。共に頑張りましょう」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
環はギムレストに向かって深々と頭を下げた。
「とはいえ、僕は呪いは専門外ですので時間はかかりそうです」
「…………」
「タマキさんも気づいたことがあれば、僕に教えてください」
「気づいたこと……ですか」
「身体に異常はないか、気分は悪くないかなど、常と異なることです」
(それを言ったら、ここにいること自体がいつもと違うんだけど……)
そんな愚痴はさておき、確かに呪いを受けたら何らかの異変がありそうなものだ。
環の知っている呪いは映画や小説などのフィクションしかないのだが、内容としては体調不良か、不幸に見舞われるか、幻覚、幻聴などが定番だろうか。
(……幻覚?)
「……あ」
「どうしました?」
「気づいたことというより、教えて欲しいことなんですが」
「構いませんよ。どうぞ」
ギムレストが促す。
「洞窟でのことですが、私が立っていた場所の真上に、赤い魔法陣みたいなのが浮かんでいましたよね?」
「そういえば、タマキさんは儀式陣が見えていたようでしたね」
ギムレストが思い出したような顔をした。
「はい。その儀式陣? ですが、真ん中が開いてその、誰かが覗いていたと思うんですが……」
「開く? 儀式陣がですか? それはいつの話でしょうか?」
「みなさんがいるときです。どなたも気にしていないようでしたが、ここでは普通のことなんでしょうか?」
「……あの場で僕以外は儀式陣は見えていません。特に秘匿するような術は、術者以外には隠されるものです。僕もはっきりとは視認できませんでした。ましてや儀式陣が開いて誰かが覗いていたなど前代未聞です。……タマキさん」
「は、はい」
ギムレストが真剣な顔でテーブルに乗り出す。
「あなたには儀式紋は、はっきりと見えていましたか?」
「儀式紋?」
「陣に描かれていた図柄や文字などです」
環は思い出そうとしてみた。
しかし、口で説明したり、絵に描けるほど憶えてはいない。複雑なマントラや西洋の紋章を、いくつも同時に見せられたようなものだ。
なにより、図柄以外のことでいろいろ起こりすぎて、そちらに気を取られていた。
「見えてはいましたが、説明できるほど憶えてはいません」
すまないと思いながら答えると、ギムレストは首を振った。
「いいえ。無理もありません。それでは、儀式紋以外で、あなたが見た全てを話してください」
「全て……」
今度こそ環は目を閉じて記憶を探る。
「ええと、あそこに現れたときに台座の水晶から赤い煙のような物が中空の儀式陣に立ち昇っていて……」
環は思い出せる限り詳細に、順を追って話し始めた。
赤い水晶の中は血の色が渦を巻いていて、そこから繋がった煙が天井との中間に、大きく儀式陣を描いていたこと。
男たちが仲間割れを始めて、高笑い男が拘束されたこと、そこにヴィラードたちがなだれ込んできたこと。
その後、環が膝をつかされていたときに、視線を感じて見ると、青く光る線が儀式陣を二分していて、儀式陣の内側から白い手が陣を開いていた。
開けられた向こう側は深紅の空間が広がっているだけで白い手の持ち主は見えなかったが、確かに視線を感じた。その視線がとても恐ろしく感じられた。
それは薄れゆく儀式陣と共に消えた。
今思い出しても背筋が寒くなるような気がする。環が可能な限り詳細に伝えると、
「聞いたことがありませんね……」
と独り言のように呟いたきり、ギムレストは睫毛を伏せて考え込んでしまった。
話しかけられる雰囲気ではないので環も黙っていたが、どうやらあの儀式陣からの覗き見行為は通常有り得ない出来事だと理解した。
そして召喚術だけでなく、呪いの上乗せという二重苦を負っていることも。高笑い男と違ってギムレストは親切そうだが、残念なことに環の知りたい情報を持ってはいない。
(これはなんとしても、あの高笑い男を捕まえないと駄目みたいだわ)
しかし、ヴィラードたちの会話だと、どうにも取り逃がしているようだ。環の今の心境を一言で表すなら、途方に暮れる、だろうか。たまらずため息が漏れた。
「はぁ……」
視線を落としていると、膝に置いた環の手に、男の手が重ねられた。
「タマキ、あまり悲しまないでいい。私が必ず君を助けてあげるから」
ヴィラードの手だった。
環は無言で顔を上げ、下心の透けて見える精悍な顔を見た。
「君は安心して、私にすべて任せていればよろしい。心置きなく頼ってくれ」
ヴィラードの手に力が込められ、環の手を包み込む。
「…………」
環が失われた召喚術で現れた、どこの馬の骨とも知れない異世界人とわかっても、
変わらずにセクハラを続けるヴィラードは、いっそ
環は認識を改めた。
今は二重苦ではなく三重苦だ。
召喚術と呪いに加えて、頼らざるを得ない相手がセクハラ男ときている。少しでも弱っているところを見せれば付け込まれるだろうことが、容易に想像できた。
助けてくれることには心底感謝するが、セクハラはご免
環は視線を合わせたまま、ヴィラードの手の中から己の手を引っこ抜いた。ヴィラードの手をテーブルに戻して、しみついた仕事用の営業スマイルを浮かべ、よそよそしくヴィラードに向かって微笑んだ。
「ありがとうございます。皆様のご親切に、心からの感謝を申し上げます。右も左も分からない状況ですから、ご迷惑をお掛けしますが、ご助力を
「あ、ああ」
「ご負担にならないよう」の部分を特に強調して
協力を仰ぐ言葉を羅列していても、馴れ馴れしい庇護を甘んじて受けるつもりがないことは伝わってくれたようだ。空気は読めるらしい。
伝わらなかったら、包み隠さず直接的な表現で言わなければならないところなので、ありがたい。リーダー格を相手に、部下と思われる人たちの前で喧嘩を売るような真似はしたくなかった。このまま節度を保った距離で接してくれると、なお、ありがたいのだが。
ヴィラードは少し視線を泳がせた後、仕切り直すように咳払いをした。
「そうだな、協力していこう。うん。えー、それで他に知りたいことはあるだろうか」
先ほどよりも言葉遣いが砕けている。まだ少し動揺しているのかもしれない。それは自分で立て直してもらうとして、せっかく水を向けて貰ったので、環はうなずいた。
「洞窟にいた男たちの行方を教えてください」
そう言うと、ヴィラードが思い出した顔になる。
「そうだ、そのことについて協力して貰いたいのだ」
「といいますと?」
ヴィラードはうなずく。
「一味は現在も逃走中だ。追っ手を向けているが厳しい。そこで人相描きを配ろうと思ってね」
「人相描き? 追いかけた人たちは顔も見ていないんですか?」
「残念だが確認出来ていない。君が唯一の目撃者ということになる」
たいして間を置かずに追いかけて行ったと思ったのだが、よほど逃げ足が速かったのか。
(暴れる高笑い男がいたのに、すごいわね)
妙なことを環は感心した。
「そうでしたか、わかりました。でも私は似顔絵を描くほど絵が上手くなくて……」
「俺が人相を描くので、奴らの特徴を教えて欲しい。ギムレスト、紙をくれ」
ヴィラードがギムレストに向かって手を差し出したが、言われた方はその手を見た後、意味ありげな視線を環に、いや、環のショルダーバッグに向けた。
「……タマキさんの所持品確認がまだでしたね。一緒に済ませてしまいましょう」
「……何を言い出すんだ?」
ヴィラードが
「タマキさん。あなたのお持ちのペンと紙を提供してください。これは検査を兼ねています。決して興味本位ではありません」
「…………」
(……うん、興味本位なのね)
ということが伝わる態度でギムレストが言った。スターサファイアの目に興味津々の色を浮かべて、真面目腐った顔つきで自分の要望を告げている。
結構正直な人のようだと環は思った。
そしてこのギムレストも、ヴィラードとは違った方向で面倒臭そうな人物の予感がした。
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