第6話 取り調べ1

 食事のあと、しばらくして扉がノックされた。

 ベッドに腰かけ、ハンドミラーでピアスをにらんでいた環が顔を上げると、女性が扉を開けたところだった。廊下には黒髪の青年が立っている。


『準備できたから来てくれってさ』

『わかったわ』


 女性が振り返って手招きする。環が立ち上がって近寄ろうとすると、女性がショルダーバッグを指差した。


『その鞄も持ってきて』

「え、と、バッグも持っていくのね?」


 ショルダーバッグを持ち上げて聞くと、女性がうなずいたので、肩にかけて移動する。


(……まだ取り調べとかあるのかしら?)


 環の時計は午前八時だ。馬車で仮眠をしたとはいえ徹夜に近く、もう寝たい。長すぎる一日に環はほとほと参っていた。

 廊下に出ると、元気そうな黒髪の青年が待っていた。女性といい、この青年といい、一日動き続けているだろうに疲れが見えない。


(元気だわ……)


 そんな若者の体力が羨ましくなる三十代だった。


 女性が部屋に鍵をかけると、青年は一番近くの部屋を開けて扉を押さえ、環たちを通してくれた。中はベッドがない以外は環たちの部屋と大差ない広さだ。

 打ち合わせのための部屋なのか、大きめのテーブルが置いてある。テーブルにはリーダー格の男性と、ローブの青年が待っていた。二人とも立ち上がる。


『彼女の様子はどうだ?』

『耳飾りを見てから元気がないですね。呪いに気づいたのかも』

『そうか……』


 リーダー格の男性と紫髪の女性が話す中、ローブの青年が近づいてくる。その手に持ったロングネックレスを、環の目の前に軽く掲げてみせた。

 ペンダントトップは長方形の地金に、五個のサファイアのような青い宝石が嵌め込まれていた。

 一つ一つが大きく、五百円玉くらいのサイズがある。透明度も高い。チェーン部分は鎖ではなく、細く捻った金属のように見えた。

 そのネックレスを環に向かって差し出す。


『これを首にかけさせてください』


(……これをくれるって言ってるのかしら?)


 環は理由が思い浮かばず、反応に困りながら青年を見る。すると青年が環の頭上から、そのままネックレスを被せてきた。環は大人しくかけてもらったネックレスを手に取りしげしげと眺める。そこそこ重いが美しい。


「お気に召しましたか?」

「ええ、とても綺麗で…………え?」


 環は青年を見上げた。

 別れた時には秀麗だった顔に、深い疲労の色が浮かんでいるが、満足げな表情をしている。


(そんなことより……)


「今、言葉、が……」


 青年がにっこりと笑う。


「はい。僕の言葉がわかりますね? 成功です」

「どうして? 日本語?」

「いいえ。その魔石に込めた魔術によるものです。お互いの言語が僕の魔術を介して訳されていると思ってください」


 環は驚いて宝石を見た。

 この青い宝石に見える石が、同時通訳以上の翻訳機能を発揮していると聞こえる。AIも真っ青の働きだ。


「魔術、翻訳?」

「大量に魔力を消費するので長時間は無理です。なので、あまりゆっくりは出来ません。早速ですが、本題に入らせて頂きます。おさ、準備完了です」


 青年が颯爽と近づいてくるリーダー格の男性に声をかけた。ローブの青年と位置を変わったリーダー格の男性は、うやうやしく環の手を取った。


「お嬢さん。やっと話すことが出来て光栄です。私はヴィラード・アルバン。レンフィックの冒険者ギルドを預かる者です。

 あなたには伺いたいことがたくさんありますが、まずはお名前を教えていただけますか?」


 環は息を飲んだ。

 本当に喋っていることが理解できる。環は混乱しながらも、社会人の習性でなんとか名乗り返した。


「あの、私は木津きづたまきです。木津が家名、環が名前です」

「ふむ。美しい名だ。タマキとお呼びしても?」

「え? か、構いませんが……」


 環は戸惑いながら了承した。この状況では断りにくい。


「私のことはヴィラードとお呼びください」

「はぁ、ヴィラードさん、ですね」

「敬称など結構。我々の間に遠慮は無用です」

「は、はぁ……ヴィラード、さん」


 環がいまいち状況についていけず、名前をくり返していると、背後から女性の声がした。


おさ、嫌がってるんですよ。気づいてください」


 環は振り返った。紫髪の女性が不敵に笑う。


「そうでしょ? タマキだっけ? あたしはマディリエよ」

「マディリエ、さん」

「それでこっちがカイラムよ。カイでいいわ」


 マディリエと名乗った紫髪の女性が、黒髪の青年を指す。


「なんで勝手に許可を出すんだよ。タマキ、そいつはマーティでいいぜ」

「なんであんたが言うのかしら?」


 マディリエとカイラムが息の合った掛け合いをしている。仲が良さそうで、自己紹介に割って入れない。

 おさと呼ばれたヴィラードが、咳払いで注意を引いた。


「あーゴホン。お前たち、俺が紹介しようと思っていたのに勝手に名乗るな。

 タマキ、ああ見えて、あの二人は腕の立つ剣士です。そして、このネックレスを用意した若者がギムレスト。大変優秀な若き賢者ですよ」

「どうぞ、よろしく」


 ギムレストと紹介された美青年は優雅に一礼した。


「よろしくお願いします。木津環です」


 環も条件反射で頭を下げる。

 頭を下げられると、自分もつられて頭を下げてしまうのは日本人のさがだ。


「さあ、ギムレストの言う通り時間は有限だ。こちらへどうぞ」


 ヴィラードが環をテーブルに導いた。


「なんか俺たちとギムレストで紹介の温度が違うくね?」

「あんたと同列に扱われるなんて、あたしも落ちたものだわ」


 背後で仲良しコンビが、仲良くこぼしている声もなんと言っているのか理解ができる。


(魔法、凄い……)


 ヴィラードが引いてくれた席に腰を下ろしながら、環は異世界の魔法に感心していた。


 環が案内された席は、長方形のテーブルの短い部分、いわゆるお誕生日席だった。

ヴィラードとギムレストが、左右に別れて斜め向かいに座る。

 マディリエは少し離れたところにある椅子に座って長い足を組む。カイラムは腕を組んで扉に寄りかかった。ヴィラードとギムレストの二人で、環を取り調べるのだろうか?


(言葉が通じるなら、自分の無実はしっかりアピールしないと……)


 環はショルダーバッグを背中側に置き、背筋を伸ばした。気を引き締めて仕事モードに入る。

 テーブルの上で軽く指を組んだヴィラードが口火を切った。


「タマキ、我々は君と出会った場所で起こった出来事について調べている。現場にいた君には、その調査に協力して貰いたい。

 これから行う質問に正直に答えてくれると大変助かるし、君のためにもなる。ここまではいいかな?」


 環はうなずいた。


「はい。承知しています。私で答えられることは、正直に申し上げます」


 ヴィラードは気さくに笑った。


「あまり気負わなくていい。私と君の仲だ」


 どんな仲だ。と内心突っ込みを入れた環だが、リラックスさせようとしてくれているだけかもしれない。アイスブレイキングというやつだ。そう好意的に考えて、表立ってはうなずくに留めておいた。


「さて、まずタマキがあの場所にいた経緯について、話して貰いたい」


(いきさつ……)


 環はなんとなく腕時計を見る。あの洞窟にいたのがずいぶん昔に感じられるが、まだ半日も経っていない。

 環はヴィラードのオレンジ色の目を見つめた。


「いきさつといいましても、私もよくわかってはいないんですが……。

 昨夜の午後十一時前のことです。私は勤め先から帰宅している最中でした。住宅地を歩いていたら地面が赤く光って、次の瞬間、あの地下洞窟に立っていました」


 環は洞窟でのことを順を追って話した。

 赤い円陣の中にいたこと、陣の中にいたローブの男のほか、三人の男たちがいたこと、陣の外側にいた年かさのローブの男と口論が始まり、陣の中にいた男が拘束されたこと、そのすぐ後にヴィラードたちが現れて、男たちは環を残して去ったこと。

 最後に「以上です」と締めくくり、ヴィラードたちの反応を待った。


 話始めたときから、ヴィラードは口許を覆って難しい顔をしていた。ギムレストは何かを考えるように睫毛を伏せている。

 ヴィラードが軽く身を乗り出した。


「タマキ、いくつか確認させて欲しいんだが、君は突然洞窟に現れたと言ったが、彼らにさらわれて連れてこられた訳ではない、ということか?」

「そうです。彼らとは洞窟が初対面です」

「気を失わされて、目が覚めたら洞窟にいたということではないと?」

「はい。私は直前まで全く別の場所を歩いていましたし、気を失ったりしていません。時計で時間を確認しましたから、間違いはありません」

「時計とは?」

「これです」


 環は腕時計を差し出した。ヴィラードが覗き込み、不可解な顔つきで環に訊ねた。


「君は一体どこの国の民なのか、教えてくれないか?」


 環は呼吸を整えた。


「私の国は日本です」

「ニホン……?」


 ヴィラードがギムレストに視線を向ける。ギムレストは静かに首を振った。


「場所は? どこにあるのか教えて貰えるだろうか?」

「ユーラシア大陸の極東、太平洋に浮かぶ島国です」


 知らないだろうとは思いつつ、正直に答える。


「ユーラシア大陸、タイヘイヨウ……」


 くり返すヴィラードに、またもやギムレストが首を振る。

 やっぱりな。と環は思った。二人ともまるで心当たりがなさそうだ。とはいえ、予想していた反応とは少し違う。

 てっきり「これは異世界召喚だ!」という展開になるのかと思っていたのに、どうにも環以上に困惑しているような印象を受ける。


 そのとき、ギムレストがポツリと呟いた。


「召喚術、ではないでしょうか」

「召喚術?」


 ヴィラードが聞き返し、ギムレストが顔を上げる。


「ええ。かどわかされたのではないとしたら、召喚術でも用いないと人を転移させることなど不可能です」

「しかし、召喚術など聞いたことがないが……」


 ギムレストはうなずいて同意を示した。


「はい。召喚術は遺失したタルギーレの魔術だと言われています」

「言われて……、実際には遺失していないとでも言いたいのか?」

「秘かに受け継がれていたのか、それとも創り出したのか、真相は現時点で不明ですが、現にこうして人が突然現れている」


 ギムレストが静かに環を見つめる。


「共通語を話せず、見たことのない容貌と衣服に、卓越した技術力を示す所持品……。

 僕は様々な民の風習について学びましたが、彼女はどれにも当てはまりません。おさはいかがですか? あなたはここにいる誰よりも世の中を見てきたと思いますが?」


 ヴィラードは難しい顔で低く唸った。


「俺には彼女がどこの民か皆目見当がつかん。その口ぶりだと心当たりがあるんだろう? もったいぶらずに言ってくれないか?」


 ヴィラードの質問には答えず、ギムレストは環に向かって軽く首をかしげた。


「タマキさん。あなたは最初に”昨夜の……”とおっしゃいましたね? あなたが召喚される直前までいた場所では、夜だったのですか?」

「はい、真夜中になる一時間前でした」


 ギムレストが軽く手を上げる。


「その”一時間前”という表現は初めて聞きます」

「え?」


 環は目を瞬いた。


「推測するに、時間を指しているのだと思いますが、正しいですか?」

「……ええ。時間のことです」

「タマキさんの時間の数え方を教えていただけますか?」

「はい、ええと……私の世界では、一日を二十四に分けて数えています。一時、二時、という感じです。真夜中からお昼までの十二時間を午前、お昼から真夜中までの十二時間を午後と言います。

 私が言った午後十一時というのは、お昼から数えて十一時間目のことです。二十四時間で表すなら、二十三時です。ここではどうやって時間を数えているのですか?」


 ギムレストが、ふっと笑った。


「どうやらタマキさんの方が、今の状況を正確に認識しているようですね」

「ギムレスト」


 苦い顔で催促するヴィラードに、ギムレストは微笑んだ。


おさ、彼女は”私の世界”と表現したでしょう? つまり、彼女は異界の民です」

「異界の民だとっ!?」


 ギムレストの発言に、ヴィラードは腰を浮かせて驚いた。


「異界からの召喚術ですか……。タルギーレはとんでもない術を行いましたね」


 天井を見上げたギムレストが、しみじみと呟いた。

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