ナリカマ


鳴釜なりかま

 頭が釜になった人型の妖怪。名前の通り、釜を鳴らす悪戯いたずらをするとされている。また別の伝承では妖怪としてではなく、吉凶占いとしての側面を持っており、釜から妙な音がしたときは決まって悪いことが起こる、という話も伝わっている。



 台所から「ピーッ」と、笛のような音が微かに聞こえてきた。

 寝室で掃除をしていた浪川なみかわさんは不思議に思い、うなる掃除機のスイッチを切った。すると、その音はより一層良く聞こえてくる。

 それは愛用しているやかんの音だった。

 お湯の沸騰を知らせてくれる、至極ポピュラーなやかん。お昼のコーヒーブレイクで度々にお世話になる、使い始めて十年物の長持ちな品だ。

 しかし、おかしい。

 浪川さんはお湯を沸かしていなかった。

 掃除で台所から離れるのだから、ガスコンロをそのままにするのは危険。それにお湯は魔法瓶まほうびんの中にまだいっぱい残っている。

 やかんは空っぽだし、火もつけていない。

 音がするわけないのだ。

 しかし、やかんはいまだに鳴り続けている。別の音を聞き間違えているとは思えない。

 なんなのかといぶかしみながらも、浪川さんは台所へ向かった。


 確かに、やかんはコンロの上にあった。

 だが、ガスの元栓はロックされている。湯気も上がっていない。

 それなのに、けたたましく笛の音を鳴らしている。

 なにか誤作動でもしたのだろうか、と考えたものの、すぐにその予想を打ち消す。精密機械や家電ならまだしも、やかんがおかしい挙動をするだろうか。普通あり得ないだろう。

 では、どうしてなのか。

 いくら可能性を考えても、その理由は見当がつかない。

 やかんの音はますます大きくなっていく。近所迷惑かと思えるほどに高音が耳障りだった。

 とにかく、音を止めよう。やかんをどかせば止まるはず。

 浪川さんはやかんの取っ手をそっと持ち上げようとして――熱くて硬い物が、ひたいをしたたかに弾いた。

 それは金属製のふた。熱されたやかんの蓋を、噴き出した蒸気がロケットよろしく打ち上げたのだ。

 熱さと痛みでパニックになりかけながらも、台所のシンクでぶつけた箇所を流水で冷やす。

 顔面を火傷やけどしてしまった。

 このままでは大事な顔に傷が残ってしまう。

 必死の思いで応急処置をしたおかげか、額の火傷は大したことなく、一ヶ月後にはほとんど跡が消えていた。不幸中の幸いと言えるだろう。


「でも、変なんです。私、お湯なんて沸かしていなかったんですよ?」


 浪川さん自身火をつけていない。それなのに、いつの間にか湯が沸いており、しかも突然噴き出した。あまりにも不可解である。

 そしてなにより、そのやかんの中身は空っぽだったという。

 誰がなんのためにやったのか、どうして蓋を飛ばすほど湯気が噴いたのか。そして、一体なにが熱されていたのか。

 全てが謎に包まれたままである。



 ろうそくは残り――八十九。

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