アマビエ


【アマビエ】

 くちばしのある人魚のような妖怪。疫病の流行を予言し、その際は自身を書き写した絵を人々に見せるよう伝えたとされる。また、疫病退散の御利益があるとされ、新型コロナウィルス流行時に話題になったことでも有名。



 しつこい宗教勧誘で困った経験はないだろうか。

 話題を提供してくれた阿久津あくつさんもそのひとりだ。

 かつてのクラスメイトから某新興宗教に勧誘されているのだが、非常に断りづらいという。

 その相手は大して仲良くなかったのだが、押しに弱い性格の阿久津さんはきっぱり断れず、いつも勧誘の長話に付き合わされてしまう。あるときは電話で、またあるときは直接玄関先で。平均して一回二時間くらいの長さだ。その分家事の時間を削らざるを得ないので、しわ寄せ先の掃除や洗濯が度々滞っていた。

 勧誘に関しては毎回「考えておきます」とやんわり断っているつもりなのだが、一週間後にはまた来る、という負のサイクルが続く。阿久津さんの事情を一切考慮せずに好き放題語るので、ストレスは溜まる一方だった。


 遂には家族全員が病気のときにやってきた。

 時は二○二○年、新型コロナに感染したのである。自分と夫は軽度だが症状があり、二人の子供は濃厚接触者として自宅に隔離状態。とてもではないが、勧誘の話を聞いている場合じゃない。

 阿久津さんはインターホン越しに事情を説明した。

 すると、一枚のお札らしき紙が郵便受けに差し込まれた。そこに描かれていたのは魔方陣らしきものがいびつに変形した、なにを意味しているか不明な絵だったという。

 なんでもそのお札は「世を脅かす病と闘うため、教祖様が生み出した疫病を退ける特別なお札」だそうで、同級生のよしみで無料であげるとのこと。「それを使ってコロナに打ち勝って」と言い残すと、元クラスメイトは去っていった。

 正直、効力があるとは思えない。

 しかし、未知のウィルスを子供に感染させてしまう恐怖、そして危惧されていた後遺症の可能性から、わらにもすがる思いで使うことにした。

 不安に駆られた阿久津さんはそのお札をリビングの壁に貼ると、その日は一日安静に過ごした。

 すると翌日、体は嘘のように調子を取り戻し、夫の体調もほぼ回復。お札の効果があったとしか思えなかった。

 お礼を言おうと電話をかけると、元クラスメイトは「役に立てて良かった」と大喜びしていた。勧誘したいがためではなく、心の底から心配していたらしい。

 本当に御利益があるのなら入信するのも悪くはないのでは、と思い始めていたときだった。恐ろしい事実を聞いたのは。

 阿久津さんは興味本位で、お札の効果について詳しく聞いてみた。 

 すると、元クラスメイトはこう言ったという。

 そのお札は「隣の人に疫病をうつす呪いの品」だと。信者全員がお札を持っていれば、神を信じない者に疫病を押し付けられる、という考えらしい。


「そんな馬鹿な、って最初は思いました。でも……」


 お札を貼った壁。その向こうに住む隣人一家も、阿久津さん達が治った直後、コロナウィルスに感染したらしい。

 近所ゆえに偶然かもしれないが、怖くなった阿久津さんはお札を捨てた。

 しかし元クラスメイトからの勧誘は未だに続いている。むしろ「教祖様の奇跡を体験した」として、更に悪化しているそうだ。


 阿久津さんは近々、引っ越しを考えているという。



 ろうそくは残り――九十一。

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