イッポンダタラ


一本いっぽんだたら】

 大きな一つ目と一本だけの足を持つ妖怪。年に一度、十二月二十日に山へ入ると遭遇するとされている。人に危害を加えるという伝承は少ないが、その見た目の奇妙さから恐れられているようだ。



 井上さんが見た、変な幽霊の話だ。

 ある日の夜、仕事からの帰り道でばったり遭遇した。

 それは電信柱に寄っかかっている、一本足の幽霊だった。右足がなくなっており、切断面はぼやけておりよく見えない。寄付金を募るポスターでよく見かけた、地雷で片足を失った子供達の姿にも似ていた。

 恐ろしいものを見てしまったと思い、井上さんはすぐにその場を離れた。


 それからしばらくは別の道を通って家に帰るようにした。

 また幽霊を見るのは勘弁だ。

 そう思って、敢えて遠回りして帰宅する毎日。

 しかし、仕事の忙しさからいつしか幽霊の存在を忘れてしまい、また夜中にその道を通ってしまった。

 しまった、と気付いた時には、既にくだんの電信柱の前。

 一本足の幽霊は、やっぱりいた。ただ以前と違い、右目がなくなっており、これまたえぐれた箇所はぼやけている。眼窩がんかと呼ばれるその穴は、埋まっているように見えていた。

 井上さんは遠目で幽霊の様子を見ていたが、相変わらず電信柱に身を預けたままで動かない。特に危害を加えようとするそぶりもない。

 ただ、そこにいるだけだ。

 井上さんは段々と、その幽霊のことが気になり始めていた。

 危険性がないとわかってからは、その道を通って一本足の幽霊を観察するのが日課になった。

 いつも同じ場所で同じように立っているのだが、ちょっとした変化もあるので面白い。仕事で疲れた後の楽しみなのかもしれない、と井上さんは言う。


 ちなみにその変化とは、数週間おきに幽霊の体の一部が消えていくことらしい。

 最初は右目、次は左腕、その次は脇腹の一部がえぐれて、といった具合に。パーツごとに少しずつ。グロテスクで見るに堪えないかと思えば、断面はぼやけてよく見えないから大丈夫、と井上さんは笑って答えた。むしろ幽霊の中身がどうなっているのか気になる、とも言う。


「このまま体が消えていったら、最後はどうなるのか……とても楽しみです」


 一本足の幽霊は現在、体の半分ほどがなくなっているという。 



 ろうそくは残り――九十二。

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