第4話 女子高生の空白の4ヵ月

私は、あの警備員のことが気になっている。

そう思ったきっかけは、家に着いてからもあの速瀬という人物のことを私が考えていたからだ。


「お帰りなさいませ。お嬢様…」


家政夫のじいじは、私が帰ったところを見ると、安心したように頭を下げた。

結局のところ学校をサボってしまった私だったが、じいじはそのことに何も触れてこなかった。

きっと、外に出るということをしていなかったせいもあり、私が外出という行為をしただけでもじいじにとっては、かなりの進歩だったのだろう。

私はじいじに今日あったことを話した。

じいじは、私が外出は疎か、一般人と会話をしたということにえらく関心しているようだった。

私はそんなじいじにこんなことをぼやいた。


「あの速瀬って人のことが気になるんだけど…」


呟いたその発言を汲み取ったじいじは、全てを把握したかのように、畏まりました。と返事をすると、どこかへ消えて行った。


私はいつものように自室へと入ると、制服を脱ぎ、いつものパジャマに着替える。

そして、パソコンの前へと座ると、いつものネット友達にチャットを送った。


“今日、久々に外に出たよ”


しかし、その返事は、待てど返信は来ない。

それもそのはず、このネットの友人は、昼間は仕事をしているのだ。

私はそのことを知っているので、特に気にせずネットで今日会った速瀬のことを調べてみることにする。


「うーん。SNSとかはやってないのかな…」


私はあの人のことを名前などで検索するもヒットはない。

自室の小さな冷蔵庫からコーラを取り出し、それを飲みながら検索結果をぼーっと眺める。すると、珍しく自室のドアからノックの音が聞こえた。


「失礼してもよろしいでしょうか。お嬢様」


じいじの声がしたため、私は自室のドアを開けに行く。

ドアの少し後ろで待機していたじいじから、ファイルのようなものが手渡された。


「速瀬 浩司に関するデータはこちらの資料にございます」


そうじいじは言うと早々に立ち去って行く。

私の言ったことを汲み取りすぎているじいじは、すぐにこんなファイルを用意してくれたのだ。

私は、じいじの有能さよりもファイルの中身が気になり、部屋の中に戻る。

私は、自室の電気をつけると、そのファイルを開いた。

そこには、あの警備員の詳細な人物像が書かれていた。

ベッドに横になると私はそのファイルの名前を“速瀬ファイル”と名付けると、そのファイルの中身に夢中になる。


「へぇ…そっか…やっぱり私の思ったような性格なんだ…」


あの男の事がファイルを見ていると思い出される。

人に優しすぎる。正直者ですぐに顔に出る。確かにあの速瀬の人物そのものだ。

ファイルには、面白い文章もある。


「豪快な面もあり、人に度々奢っては、借金を抱えている…だって」


文章を読んだ私は、思わず笑ってしまう。

本人にとっては笑い事ではない事情であるだろうが、私にとって速瀬の人柄を知れたことは、かなりの喜びを自分で感じている。

数十枚あるであろうページをぱらぱらと最後まで捲ると速瀬の顔写真が何枚か載っていた。私は、じっとその写真を眺める。


(あれ…この人ってこんなにイケメンだったっけ…?)


もうきっと、私はあの人に興味がわいた時から恋していたのだろう。

しかしこの感情が今、何かわからない私は、じっとその写真を見つめてぽーっとすることしかできない。


どうしよう…。

明日もあの人に会いに行くと決めたのに、こんなズボラな恰好じゃあの人に嫌われてしまうかもしれない。

そう思った私はファイルをベッドに置いて、家の中にいるであろうじいじを探す。

私はじいじを見つけると、一目散に走って行き、じいじの前で急停止する。

息を切らした私に、驚いている様子のじいじだったが、落ち着くよう私を宥める。

私はそんなじいじに一言。


「私、このままじゃ嫌われちゃうかも」


そう必死な形相で言っていたのだった。




約4ヵ月後。

じいじに言われた通り、髪を切ったり、自分の家にあったプールで泳いで運動したり、エステをしてみたり…色々してみた結果。

外見が人並みにはなってきたという実感がやっと沸いてくる。


「じ…じいじ…本当にこんなので大丈夫…?」


「はい。とてもお綺麗になられましたよ。お嬢様」


じいじは私の問いかけににっこりと答えるが、まだ不安は残る。

プレゼントは、じいじが選んでくれたものだけど、喜んでくれるだろうか。


「きっと、速瀬様も驚きになられますよ」


「そ…そうかな…?」


じいじのその言葉につい顔が緩む。

速瀬の喜んだ顔ってどんな顔をするんだろう。

私は、自分の中の速瀬像を膨らませた。

私は再度、“速瀬ファイル改”の中身を確認する。この4ヵ月の間はみっちりとこのファイルを読み込んでいたから見落としはないはずだ。

そう思い、通学路へ向かおうとする私に家政婦の1人が慌てて声をかける。


「お弁当をお忘れですよ。作っていらっしゃったのに勿体ないです」


「あ…ごめん。ありがとう」


私はお弁当を受け取ると、家のドアを開けた。

髪を切ったせいか、視界はクリアだ。

4ヵ月前に外に出た時よりも、景色はよく見える。

プールで鍛えていたからか、自分で歩く足が軽くも感じた。

歩みを進めて行くと、すぐにあの男のいる並木道の入り口に到着してしまう。

あの男は今日もいるだろうか。

“速瀬ファイル改”によれば、警備員をやめているなんてことはないはずだが、つい疑ってしまう。

もし、速瀬が警備員をやめてしまっていたら本当に接点はなくなってしまうのだ。そうなれば今までの努力も水の泡になってしまう。

しかし、その疑惑も並木道の中盤辺りを差し掛かった頃にすぐに晴れる。


「い…いた…」


緊張してきていた私は、木に隠れるように速瀬の様子を伺った。

速瀬は何やら棒を振り回して、何かと戦っているようだった。


「ギ〇スラッシュ!!」


速瀬は、こちらにも聞こえるような音量で技名を叫んでいる。

そんな速瀬を見ていた私まで恥ずかしくなってきてしまう。


(速瀬さん…私、見てますよ…)


心の中で速瀬に唱えるが一向にやめる気配がない。

私はこっそりと近寄り、速瀬に気づかれないまま、駐車場スペースの入り口付近にしゃがみ込んだ。

やっと活劇が終わった様子の速瀬は、何やらしゃがみ込んで足を摩っているようだ。


(足が痛いならやらなければいいのに…)


私は思わず、速瀬の行動ににやけそうになってしまうのを堪え、じっと耐える。

このまま速瀬の様子を観察しているのも楽しそうだと思った私は、周りからは丸見えなポジションで速瀬を見ていた。

しかし、丁度、今速瀬がいる場所からは木が邪魔で私のことは見えないはずだ。

速瀬は、私にも気づかず立ち上がると、駐車場のゲートを締めようとこちらに歩み寄ってきた。

もちろん、ここまで来れば、速瀬が少し目を落とせば私と目が合ってしまう。

案の定、気配を感じたのか目線を落とした速瀬。見られて一瞬にして体が固まる私。そんな私を見て、速瀬は驚いたのか声を上げて飛びのいた。

こんな時になんて話かけたらいいんだろう。私は適当に頭に浮かんだ言葉を口にした。


「久しぶり…だね…」


私はこんなこと言いたかったわけでもないし、“速瀬ファイル改”を見すぎて、親近感がわき敬語を使うのを忘れてしまっていた。

しかし、言った以上引き下がることはできない。私はその場で立ち上がった。


「ひ…久しぶりですね…」


私に合わせるかのように声を上げる速瀬。

気を遣ってくれたのか、まだ私のことを思い出せない様子ではあったが、きちんと返事をしてくれる速瀬は好感が持てる。


「ま、まだここで警備員やってたんだ…」


そんなことは私は知っている。

しかしいざ顔を合わせると言葉が見つからない。

速瀬の顔は、写真で見るよりもずっとイケメンに見えてくるので動揺していたのだ。


「あーえっと…上長の娘さん…でしたっけ?」


必死に思い出そうと私に探りを入れてくる速瀬。

4ヵ月も会っていないのだから、仕方ない。私は素直に答える。


「違うよ」


もう敬語を使わないで話を始めてしまった以上、これから敬語を使うのも変だということにして、言葉を発する。


「では…柏木さんの…」


「違う…よく考えれば、覚えてないか…」


私は、外見が大きく変わったことを思い出す。

確かに、この見た目では、思い出せないかもしれない。

それどころか、4ヵ月も前のことなど覚えてないのかもしれない。

きっと私は速瀬に残念そうな顔を浮かべていた。


「あぁ…わかった。匂いを気にしていた人ですね」


速瀬が急に思い出したように言葉を発した。

しかし、その覚えられ方は不服だ。確かに私の名前は知らないから仕方ないのかもしれないけれど、トラウマを掘り起こすのはやめてほしい。


「そ、その覚えられ方はなんか嫌だ…」


私は、どもりつつも自分の意思を伝えた。

速瀬は私の言葉を聞くと、ゲートを締めようとしつつ、私に問いかけた。


「それで、何か用でしょうか」


速瀬からしたら、私のことは覚えていても変な奴として映っているだろう。

その印象を払拭せねばならない。

私は“速瀬ファイル改”の内容を思い出し、言う。


「今からお昼…だ…よね?」


「そうですけど…」


「い、い、一緒にお昼。ど…どうかな?」


しどろもどろになりつつもなんとか言えた。

私は、その自分の勇気に感動し、心の中でガッツポーズをする。

私は、その時、速瀬がなんて考えているかなんて知る由もなかった。

速瀬は私の言葉に軽く了承すると、自分のカバンを手に取り、公園へと向かう。

私は、その背中を追った。

近くの公園に入ると雨避けの屋根があるベンチに腰かけた速瀬を私は目の前でじっと見ている。


(え…どうしよう…私も座ったほうがいい?でも隣とか失礼かな?いやベンチの形的には正面?)


Wの形を描いているベンチにどこに座ろうか考えていると速瀬が口を開いた。


「えっと…座らないんですか?」


私の狼狽えていることなど知りもしない速瀬は私にそれとなく座るよう促している。

私はそんな速瀬に、慌てふためいてしまい


「座っていいんですか?」


と変な風に答えていた。

私のその質問に困った様子を浮かべた速瀬。

たぶん私もこう言われたら、煽られているのかと勘ぐってしまうだろう。

しかし速瀬は、私から目線を外すと口を小さく開いた。


「す、座っていいです…」


私はその言葉に、どこへ座ろうか迷うが、やはり速瀬の顔を一望できる正面に座ることに決めた。

速瀬はカバンから飲み物を取り出し、他にも何かを取り出そうとしている。

私はすかさず自分のカバンから弁当箱を2つ取り出した。

その1つを速瀬のほうへ差し出す。


「ど、どうぞ…」


受け取ってもらえるかもわからないこの行動に、速瀬は素直に私が差し出した弁当箱を受け取る。その弁当箱を不思議そうに眺める速瀬は私に質問をしてくる。


「これは、なんでしょうか?」


見てわかるとは思うだろうが、私はそれがお弁当だと言うことを速瀬に伝えた。

しかし、速瀬は私の答えに益々顔を曇らせる。

突然、変な女の子からお弁当を渡されたのだ。そういう反応になるのも無理はない。

速瀬は、顔を変えずに、私に手渡された弁当箱の蓋を開ける。

そこには、蛍光色の食材達が並んでいた。


(あっ…それは…失敗作のお弁当…)


お弁当を作るなど初めての経験であり、何度も料理の練習はしていた。

しかし、今日速瀬に渡すことを想像していたら、何度か失敗してしまったのだ。

どうせ作ったのならば、食べなければもったいないと思い、弁当箱に詰めていたのだが、緊張しすぎて失敗したお弁当を間違って速瀬に渡してしまった。

速瀬は私のお弁当を眺めると、弁当箱についていた箸で卵焼きを掬う。


「これは、た、たまご?」


「卵焼き、だよ…」


本当にごめんなさい。それは失敗作なんです。なんて今更言える勇気はない。

どう弁解しようか考えていると私はふいに今自分が持っているお弁当に目が行った。

そうだ。このお弁当を差し出しつつ、言えば、そのお弁当は失敗作なんだと速瀬にも伝わるかもしれない。

私はかなりてんぱりながらも速瀬に言った。


「た、食べて…く…くれますか?」


私は、俯きながら速瀬に零してしまう。

これじゃあそのお弁当を食べろと速瀬に言っていることと変わらない。

必死に修正をしようと、頭の中で言葉を考えるが、速瀬は卵焼きをまじまじと眺めた後、それを口に運んだ。

絶対にまずいだろうという確信がある色をした卵焼きを、味わうかのように口をもぐもぐと動かしている速瀬。


(ああ…本当にごめんなさい…)


本当にまずいはずの卵焼きを、吐き出すこともせずに食べてくれている速瀬に私は心の中でしか謝罪することはできなかった。


「ど、どう…かな…?」


私は思わず口にした。

まずかったら吐き出してくれと暗に示しているつもりだ。

しかし、速瀬は吐き出すことなく答える。


「味がない…」


私はその言葉に驚きを隠せない。奇跡的に、味が本当にしてない様子なのだ。

何度も自分の口の中の味を確かめている速瀬にやっと自分の気持ちを口にすることができる。


「ご、ごめん…」


私の言葉に驚いたのか、速瀬は私を気遣うように言う。


「ど、どうしました…?」


“速瀬ファイル改”にある通り、優しい反応をする速瀬。

私はその速瀬の気遣いに少し涙ぐむ。

なんて優しい人なんだろう…

文句も言わず、私の失敗作であるお弁当を食べてくれるどころか、私の様子も気にかけてくれている。

私は膝に置いてあったもう一つのお弁当箱を速瀬に手渡した。


「こっちも食べろと…?」


そうだった。何も言わずにこのまま差し出したら、速瀬が2つ弁当を食べてしまうことになる。


「い、いや…本当はこっちが正解のやつで…」


私は、その失敗作のお弁当と交換するように促した。

速瀬は私の行動に疑問を浮かべている様子であったが、素直に私の要求に答えてくれる。

交換が済んだ弁当を開ける速瀬は、弁当の中身が普通であることを確認すると、私の一番の自信作であった煮物を箸に取った。

そのまま疑う様子もなく口に入れる速瀬に、今度こそ味がどうか気になり、速瀬に聞く。


「ど、どう…ですか…?」


「へ?あ…美味しい…ですよ?」


速瀬が美味しいと言ってくれた。

“速瀬ファイル改”の成果が出ていることに喜びを感じる。

速瀬がこんなに素直に答えてくれるなんて…

私は思わず喜びに顔を覆いそうになる。


「あの…どうして見ず知らずの私にお弁当を…?」


速瀬は、私からお弁当を貰ったのが疑問なのか、箸を止めて、私に質問をしてきている。しかし、見ず知らずというのは少し違う気もするので、私は速瀬に指摘した。


「し、知ってるよ…私は…」


何せ、速瀬のためだけに今までこうして努力を積み重ねていたのだ。

私が速瀬のことを知らないはずもない。しかし、速瀬が知っている私の情報は少ない。


「私は、あなたの名前も知らないくらいあなたのことを知りませんよ」


「あ、私、珠希…」


「えっと、名前は今わかったんですけどもね」


ダメだ。さっき美味しいと言われたことが頭に残り、にやけそうなのを隠そうとすればするほど、言葉は出てこない。

こんなにも頭が回らないことなんて今まであっただろうか。

私は照れ隠しをするように失敗作の弁当を口に入れる。


「名前はいいのですが、それよりもなんであまり知らない男に弁当を恵んだのかと聞きたいんですよ」


速瀬は当然の疑問を述べているだろう。

しかし、今の私は、知能が地に落ちた動物並である。

質問の内容を考えることもなく素直に口から言葉が漏れていく。


「私はよく知ってる…速瀬さんの…こと…」


「え?」


「煮物も…味が濃いの…好きでしょ?」


そういう情報は、知っているのだけれど、速瀬は、直接私にその情報を伝えたわけではない。こんなことを言われたのであれば、速瀬はきっと私のことを怖がってしまうだろう。これじゃあまるで私がストーカーみたい…。


「あ、あはは…そうなんですよね…やっぱり関東人ですから味は濃いめがいいですよねぇ…」


ああ、そうか。速瀬はそう勘違いしてくれたんだ。私は少し安心をする。

怖がっていないのであれば、これは世間話。私は、速瀬に弁当を食べるよう言う。

このままうまくいけば、毎日速瀬と話をすることなんて造作もないだろう。

そうするなるにも、速瀬に振る話題を考える。

私は、速瀬が米好きなことを思い出し、咄嗟に速瀬がベンチに置いていた弁当箱の2段目を指差した。


「う、うん…ちゃんと白米もあるから…その2段目に…」


そうその2段目に入っている米は、とてもいい米なのだ。

ぜひともおかずと一緒に食べてほしい。

何せこの日のために、取り寄せておいたほどの米。

値段にすれば、私にとってあまり高いものではなかったが、一般の米とは比べものにならない品質を誇っているとじいじから言われているほどの米だ。

だからつい、私は米のことを速瀬に伝えてしまう。


「龍の涙っていう米なんだ…速瀬さん…米にはうるさいでしょ…?」


「へ…へぇ…」


「安心して…一等米だから…美味しいよ…」


私は、緊張しているがあまり余計なことを言っている気がしたが、きちんと米の説明はできたので、問題はない。このことを聞けば、米好きの速瀬は、飛びつくだろう。

私の思っていた通り、弁当箱の2段目を取り出した速瀬は、それを開ける。


「と、とりあえず食べますね…」


「うん…まだあるからたくさん食べていいよ…」


その言葉と共に、速瀬は勢いよく米を口の中に入れて行く。

やっぱり米が大好きなんだなぁ…

速瀬が一心不乱に米を食べている姿をぼーっと眺める。


(どうして、こんなにも心惹かれるんだろう…)


私がそんなことを思っていると速瀬は食べ終わったのか、立ち上がった。


「で、では仕事に戻りますので…」


このままでは速瀬は仕事に戻ってしまう。

お弁当は残さず食べてもらったが、このままだと速瀬の中の私は、ただお弁当をくれた人止まりだろう。

私は咄嗟にカバンの中から速瀬にあげる予定のプレゼントを取り出した。


「ま、待って…タバコ吸うんでしょ…?」


仰々しくないよう、そのまま現物を手渡す私。

少し、私の行動に疑問を感じつつも、素直にお礼を言いそれを受け取った速瀬は、その場でタバコに火をつけると、じっと今私に手渡された携帯灰皿を見つめている。


いつもは工事現場の隅にある喫煙所で吸っているという速瀬。

しかし、その喫煙所に行くには、ここからだと5分はかかってしまう。

ご飯後は絶対に一服すると“速瀬ファイル改”には書かれていたので、タバコを吸わねば、いつものルーチンワークをこなせないだろう。


私は、そのタバコを吸う速瀬の姿をぽーっとまた眺めている。


(か…かっこいい…え?こんなに格好良かったっけ…?タバコ吸ってるだけなのにいつもの3倍はかっこいいなぁ…)


私の頭の中の語彙力は皆無であった。

そんな私の目線に気が付いたのか、速瀬は私のほうをちらっと見る。


「煙くないですか…?」


近くで煙を吸っていることに関して、速瀬は私を気遣った。

もちろん煙など私のほうには来ていない。

来ていたとしても、私は気にしないが、速瀬は私に害がないように振る舞いたいのであろう。

私は速瀬の気遣いに感謝しつつも答えた。


「え…あっ…うん…大丈夫…」


「そ、そうですか…」


そう言いつつもいつもの三分の一にも満たないところでタバコの火を消すと、携帯灰皿を私に返そうとしてくる。

生身で渡されたからか、プレゼントされたとは思っていないのであろう。


「あ、それ…あげる…から…」


「は…?いや…貰う訳には…」


「私…使わないから…元々あげるつもりだったし…」


私は速瀬に真実を告げた。

それはプレゼントのつもりであげたのだ。返されても私は未成年であるから使い道などない。じいじが煙を吸っているのは知っているから、使い道があるとすればじいじに渡すくらいだろう。


速瀬は、私の言葉を聞くと、早々に立ち去ろうとする。

もう少し時間があるはずだと思い、速瀬に尋ねた。


「も、もう、戻るの?」


「は、はい…もう休憩の時間もそろそろ終わりそうですから…」


早めに帰って、準備などをしたい様子なのか、そわそわしている様子の速瀬を私は止めることができない。

そう私はまだ速瀬と知り合ったばかりなのだ。


「そ、そう…じゃあ見てるね…」


私は口から零れていたこの言葉を自分で知ることはなかった。










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