全てはすれ違いでした。私、幸せになります! ~婚約者は高スペック騎士。完璧じゃありませんでしたが、むしろそこがカッコいい~
野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中
第1話 だからいっそ、貴方の元を離れたいの
「ライネル様、お話があるのです」
定期的に行っている婚約者との二人のお茶会の席で、私はそう切り出した。
もしかして、この一言に込めた私の決意に気付いたのか。正面に座っていた騎士服の男性の手が、ティーカップを口に運ぶ途中で止まる。
いつも通りの感情の読みにくい顔に僅かに驚きが見て取れるのは、私がこのように彼に発言する事など滅多にない事だからだろう。
真面目一辺倒の堅物で、言葉少なで物静か。察しが悪くてマイペース。そんな彼と私との間には、会話なんてほとんどありはしないから。
友人曰く「あらいいじゃない、同じく物静かなサリーとお似合いでしょう?」という事だけど、私はいつも「ろくな話題も提供できない私と時間を共にして楽しいのだろうか」と思ってしまう。それでもこうして婚約者で居続けているのは、これが家の決めた婚約であり、そういうしがらみ以上に私が彼に強く想いを寄せているからだ。
でもだからこそ、限界だった。
「婚約を、解消していただけないでしょうか」
膝の上で両手をギュッと握りしめ、目の前のティーテーブルの上に目を落として告げた。
絞り出すようにして出した声が、我ながら私の心の悲痛さをよく代弁しているように思える。
想う相手に自ら別れを切り出すなんて、大半の人は馬鹿のする事だと思うだろう。
それでも私は告げたのだ。自分自身を止められなくなる前に、彼から言われてしまう前に。
自ら手放した方が、幾らか傷も浅いと思ったのだ。
それで話は終わると思っていた。
あぁそうか。分かった。そんな短い言葉だけでこの関係が解消される未来が、脳裏にありありと浮かんでいた。
だから、驚いた。
「っ、何故!」
弾かれたように席から立った彼の後ろで、跳ね飛ばされた椅子がガタンッと倒れた。
精悍な顔つきに、珍しく大きな焦りが見える。その代わりように驚いて、しかしすぐに理解した。
あぁそうだ。彼はたしかにマイペースであまり言葉も感情を表に出さない人だったけど、とても優しい人だった。
歩く時は必ず手を差し伸べてくれたし、屋敷に遊びに行った際には手の届かないほど高い位置にある本を取ろうとすれば、すぐに気付いて助けてくれた。彼のそういう小さな気遣いを、昔からずっと見てきたのだ。そんな彼を好きになったのだ。
だからこれは、幼馴染という家族も同然の長い時間を共に過ごしてきた相手に対する情の現れのようなものなのだろう。
そもそも彼は、代々軍の幹部を輩出している侯爵家の子息。22歳という若さで既に第三騎士団の団長を務める凄腕騎士で、見目も麗しく、勤務態度も良好。部下からは慕われ、上司からの信頼も厚く、その上誰にでも分け隔てなく優しい。
元々私となど釣り合ってはいなかった。
ただ家同士が懇意にしていて幼い頃から知っていたからなった婚約だ、私よりももっと釣り合う相手がいる。
それこそ彼の将来を思えば、身を引くべきなのだ。
――彼にはきちんと、想い人がいるのだし。
「私も最初はライネル様との婚約は政略なのだからと、割り切ろうと思っていました。しかし私には見せないような表情で想い人と話しているライネル様を度々見ていると、どうしても憎まれ口を叩きそうになってしまいます。嫌われたくない一心で今は我慢できていますが、それだっていつまで持つか分かりません。ライネル様だって、そんな女と今後結婚生活を送ってもストレスにしかならないでしょう。だから」
――だからいっそ、貴方の元を離れたい。
そんな気持ちは、最後まで言葉にならなかった。
自分で終わらせると決めたくせに、とんだ臆病者である。だけど口にしようとすると、どうしても胸がキュッとなって言葉が出ない。
でも、流石にここまで言えば彼も納得してくれるだろう。
彼だって結婚後にギスギスした空気の中で暮らすのは嫌だろうし、理由も分かったのだから文句もない筈だ。
家同士の政略結婚だとはいえ、この婚約を解消しても困るのは家格が下のこちらだけ。彼への迷惑も最小限だし、むしろ、想う相手と新たに婚約できるチャンスだ。文句どころか喜ぶかもしれない。
彼は変に体面を気にするタイプでもないし、話はこれで終わり。私と彼の将来も終わり。そう思った時だった。
「あの、サリー。何だ、その『想い人』とは」
この期に及んでしらばっくれるのか。そう思ってカッと頭に血が上った。
しかしすぐに、気がついた。彼が、本心から困惑しているように見える事に。
次は私が困惑する番だった。
どうしてそんな顔をするのか。想い人というのは勘違い? いいえ、私はこの目で見た。それも一度ではない、何度もだ。
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