第4話

「ライア・ハサーム神官が10年前まで生きていた?」


 先に声を上げたのはラウルさんだった。明らかに狼狽していたが、自らを落ち着かせるように深呼吸した後メリッサさんに目配せをする。メリッサさんは我に返ったようで足早に奥の部屋へと行った。


「はい。まあ、うちの村の状況が王都に伝わってるとは思えない状況なのでご存じなくても仕方無いと思いますが……」


「そういう問題じゃないんだ。ちょっといいかい?」


 ラウルさんはテーブルの上の食器を急いで片付け出す。一体何がどうしたんだろうと思っている間に、メリッサさんが奥の部屋から何冊もの本を抱えて来て、テーブルの上へと置き、あるページを開いてラウルさんへと手渡す。


「オリバー君、これを見て欲しい」


 指さされた先に書いてあったのは、ライア神官の赴任記録だった。


「ライア様は29年前、このパロマ村という辺境へと赴任されている。そしてこの村は、20年前の災害で壊滅したと記録されている」


「そうですね。俺の村はパロマ村で、20年前の災害で道が寸断されて以来一切外との交流が絶えています」


「それはおかしい」


 一体何がおかしいのか。まるでわからないといった俺の様子に、こちらこそわからないといった顔を向けられても困るだけだ。


「この村の神殿と女神像は20年前の災害以降、反応を失っているんだ」


「それも確かだと思います。神殿は村の一番高いところにあったので、あの災害で崖下に崩落したんですよ」


 一番悲惨だった頃の情景を思い出す。神殿が崩壊した後、少しずつ作物の収量が減り、気候が厳しくなっていった。川から魚が居なくなり、災害で怪我をした者の傷は治らず、毎日のように人が死んでいった。

 怪我人が落ち着いてからは災害直後程顕著ではないものの、それでも年に何人も死んでいった。殆どが栄養不足や、魔物に襲われた怪我が治らないことが原因だった。

 ライア神官は、女神像の加護を失った土地で人は生きていけないと言った。だから、村の人達は命がけで外へと助けを呼びに行ったんだ……ああ、もしかしてその話なのかな。女神像の無い土地で生きていけないはずっていう……?


「あの、神官様は神殿と女神像が無い土地では生きていけないって仰ってました。確かにどんどん状況は悪くなっていったんです。でも、10年くらい前からどうにかやっていけるようになったんですよ。ライア神官様が亡くなった後からでした……もしかしたら神官様があの土地を守って下さっているのかも知れません」


「それは――無い……」


 ラウルさんは頭を抱えて俯いている。メリッサさんも呆然とした表情で俺を見ていた。一体何が、そんな表情をさせるんだろうか。


「君をここに連れてきて良かった――神はまだ、この国をお見捨てではなかった……」


 その手は、震えていた。


「あの、何の話かわからないんですが……」


「オリバー君」


「はい」


「君の村に〝聖女〟がいる可能性が高い。俺はこれから城と神殿へ行ってきて、明日にでも席を設けよう。詳しい話は明日、城で聞かせて貰う。君の村も、この国も、良い方向に向かうかも知れないぞ!メリッサ、忙しくなるから後は頼んだ。オリバー君は明日に備えて今日はゆっくり休んでくれ!いいね!」


 ガタンと勢い良く立ち上がり、オリバーさんは急ぎ外へと出て行った。ぽかんとあっけにとられる俺に、メリッサさんは泣きそうな声で言う。


「あのね、聖女像の無い土地で無事に暮らしている人がいるということは、そこに聖女の加護があるからだと思うの。聖女様はもう150年も現れていない……でも、あなたの話が本当なら、あなたの村には聖女の加護があるのよ。オリバー君、主人の言葉じゃないけど、今日はすぐに休んだ方がいいわ。きっと明日から慌ただしくなるでしょうから」


 息子さんの部屋へと案内され、ゆっくり休んでと念を押されてベッドへ潜り込む。けど、俺には本当にさっぱりだった。


(うちの村に聖女がいる?)


 村の女性と言われて思い浮かぶのは今し方話していたメリッサさんと同じくらい――要するに50代の女性2人。


(……あの2人のどっちかが聖女って言われると、大分聖女のイメージが損なわれるなあ……まあ、世の中が良くなるならそんなのどうでもいいけど)

 

 翌日、聖女へのイメージが更に打ち砕かれるとも知らず、俺はこの日、人生初のふかふかのベッドで心地良い眠りに落ちたのだった。

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