始まりの後のおはなし

 さて、そうして『人族を育てる』という使命を得た始まりの──001という識別番号の──モーティナー・タイプでしたが、身の回りに人族など存在していませんでした。


 なにせ彼女が目覚めたのは、山奥にひっそりと建てられた工場の中だったのです。奥も奥だったので周囲には美しい自然がほぼそのまま残されていたままだったのですが、悪く言えば未開拓で、好んで住まうような場所ではありません。

 そのせいで、最初の1年は使命を果たすことはできませんでしたが、小規模な食糧プラントを再起動させたり、工場の一角で農作物を育て始めたりしているうちにもうひとりのモーティナー・タイプ(もちろん、002です)が製造され、仕事を分担できる素敵なお喋り相手としての役割を果たしてくれたので、心身ともに飢えに困ることはありませんでした。




 そして003、004、005……と数が増えていくうちに工場跡の補修や衣食住の環境が整い、集落として機能し始めた頃。

 識別番号008と033が起こした事件は、集落の在り方を大きく歪めてしまいました。




 識別番号008は、普段から不平不満の意識が強い個体でした。


 彼女は「せっかく人族を育てるための機能が充実しているのに、その人族を育てようとも探そうともしない同型機たちはバカだ」とまで言いのける者で、時に人族を探しに行き、傷だらけで帰ってくることもありました。

 そんな彼女がある日突然、発狂するに至ったのです。


 不幸なのは識別番号033でした。

 彼女は008と特別仲が良い……というわけではありませんでしたが、同型機の中で008を気にかけていましたし、治療を施したり愚痴を聞いたりするうちに、距離感を保ったまま一緒にいる時間が多い、何か心地よい関係となっていたようでした。

 その識別番号033の心身を、発狂した008が欠損させてしまったのです。


 農作業に使う耕運用の魔動機で033の四肢を強引に、しかしゆっくりと時間をかけて切除した008は、廃人同然となった彼女を治療して毛布に包み、今まで使用されることのなかった技能試験用に再現された子供部屋に運び込み、ひっそりと”お世話“をし始めたのです。


 畑に撒き散らされたモノに気付いた同型機たちが子供部屋に駆けつけると、これまで見たこともないような満足げな笑顔を浮かべた008と、これまで楽しげな映像を映し出していた瞳に青背景と白文字ブルースクリーンを表示させ、よだれを垂らして意味を為さない呻き声をあげるだけになった、赤児のような様の033がいました。




 そのおぞましい光景を見た彼女モーティナーたちは、自らの運命を悟りました。悟ってしまったのです。




 彼女達自身、思い当たる節はありました。

 識別番号001と002は長い期間共に過ごし、信頼関係を築き上げていましたが、時には異常なまでに互いに過剰に甘える・甘やかすことがあり、実情を知る一部の同型機からは「まるで赤ちゃんみたいですね」と苦笑されていたのです。

 それだけにとどまらず、多くの彼女モーティナー達が他者に依存し、依存させていました。

 それができない時に感じる異常なまでの焦燥感を、彼女たちはよく知っていました。




 もし、008のように。

 擬似的にでも、愛を注ぐ相手がいなかったら……?

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