300年前のおはなし
『モーティナー』の開発が始まったのは魔動機文明の末期です。
当時、ルーンフォーク製造業で有名な企業のひとつだった《ユチ=ラハト・インダストリ》による、とあるプロジェクトの中で設計されたのですが、その責任者である幹部のひとりが、未来視の力を持つとされる──当時からいろいろな疑惑のあった不審な──人物でした。
全てのきっかけは、彼の見た夢です。
彼はいつものようにメイド型ルーンフォークに囲まれて、彼女達と共に眠りにつくと……夢の中で後光を放つ影に出会いました。
影は語ります。『近い未来、大いなる災厄により文明は滅び、次代の者達は何も受け継ぐ事なく死んでいくであろう』と。
そんな気がかりな夢から目を覚ました彼は「これはなんらかの神による預言なのだ!」とすっかり信じ込んでいて、善は急げと勤め先の社長に直談判し、『終末に備えるためのプロジェクト』を表向きに『より社会に貢献するルーンフォークの開発プロジェクト』として進める許可を得たのです。
社長は苦笑いを通り越した表情をしていました。
プロジェクトのために集められた人員は、いずれもその幹部を──どういうわけか──信頼しきっていたので、彼の突拍子もない“預言”とやらにも真剣に耳を傾け、大真面目に『終末への対抗策』を話し合い始めました。
しかし、彼らは優秀なルーンフォーク技師ではあっても兵器開発者ではなく、《ユチ=ラハト・インダストリ》そのものが使用人タイプのルーンフォークの製作に特化している会社なので、当初「これだ!これしかない!」と盛り上がった『最終兵器の開発案』などは夢のまた夢でした(実際のところ、蛮族の侵攻の中で複数の別の企業がそれぞれ考案した『最終兵器の開発』に着手していたあたり、当時の魔動技師のアレさが窺えるかもしれません)。
「では、自分たちに何ができるんだろう?」といま一度考え直す面々。『近い未来』は近付きつつあるし、『最終兵器』となるようなものを作れる技術も時間もお金もない。せいぜい普通のルーンフォークをいくつか設計するぐらいしか──
「そう!いつもどおり、人族の役に立つルーンフォークを作ればいいんだ!」
──こうして、仰々しくなった裏向きの理由に対してごく平凡な、彼らにとっては最後になるかもしれないルーンフォーク開発計画がスタートしました。
「もし兵器で対抗できる終末なら、他企業が極秘裏に開発していると噂の品々で充分だろう」と完全に開き直った彼らは、終末後の文明の再興だけを意識し、これまでと同じように人族たちを支えるルーンフォークたちの開発に勤しみます。
丈夫なリカントたちの遺伝子を組み込み、いざとなれば身を挺して他者を守り、危害を加える者たちを撃退できる、獣のような膂力と身体的特徴をもつものを。
保守的な権力者に仕えさせるために、伝統的な武器だけでも戦えるように筋力や五感を強化したものを。
そして、育児や教育に特化し、一部は貧困層でも購入できるような。
人族の役に立つ、真なる
終末において戦争が起き、あらゆる存在が死に絶えるのであれば、次代を担う子供たちを保護し、育てられる者が必要です。
現文明の全てを次代に伝えられるような、そんな者が。
出来上がったモーティナー・タイプはその条件の全てを満たしていた筈でしたが、前述の特徴の件もあり、いくら未来のためといえども法には勝てず……〈大破局〉の最中、どさくさに紛れてジェネレーターが稼働させられるまで、日の目を見ることはありませんでした。
まあ、実際は日の目など見もしなかったのですが……
余談ではありますが、ジェネレーターを起動したのは例の幹部でした。
彼は何らかの方法で終末の終末まで生き延びたのですが、開発当初の時点で髪に白髪が混じっていたのもあり、この頃になるとすっかり老いて腰が曲がり、杖なしでは歩行もままならない状態でした。
そんな状態でも戦場を横断し、蛮族のものとなった土地を潜り抜け、大陸各地にある自社工場を渡り歩いては、無事なジェネレーターを稼働させてきたのです。
彼は「メイドで満たされた寝室は焼かれ、自分に付き従ってきた者たちも息を引き取り、自分を知るものは自分だけになってしまった。今は課せられた使命でもなく、天に還った者たちのためでもなく、自身の意地を果たして死にたいのだ」と、この世に初めて生み出されたモーティナー・タイプに語ったそうです。
そうして大きな咳をふたつして、その場に横たわると。
「もはや果たせるかは怪しいが、できるのなら人族を育ててほしい。君達にとってそれだけが、それだけが──」
……最後にもごもごと口を動かし、何事かを呟き、動かなくなりました。
始まりのモーティナー・タイプは、それを穴の開いた天井から光が溢れる、日のあたりのいいところに埋めました。
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