壮大な夢の後の現実、そして夢。

 長い月日が過ぎ去り、劇団の本拠地は半ば地中に埋もれて、もはや遺跡と呼べるものになっていました。


 そして劇団の本拠地跡が発掘され、遺されたジェネレーターのひとつから彼が出てきた時、同じくその場に遺されていた資料の内容の凄惨さ故に、調査を依頼したマギテック協会員と、依頼を受けた冒険者たちは既に〈戦闘準備〉を終え、戦闘態勢で得物を構えていました。

 そんな中に身ひとつで生み出された彼は大いに混乱し、敵意がないことを示そうと口を開くと──




 「邪悪なる第二の剣の信仰者達よ!私に敵意はありませ……!?ちがっ、マリィチャンが粉微塵にッ、ちがうのッ、とっとと地の底へ帰……ッ!!あぁッ!?」




 ──危うく殺されかけたといいます。

 “マルガリタ・ジッカ”たちは、生み出される際になんらかの有機部品が組み込まれることによって、意志に反して”アステリ☆マジカ/マルガリタ・ジッカ“の役に沿った造語や台詞を喋ってしまうのです……!

 その後、なんとかマジカル語(会話のみ・要セージ技能)を翻訳し合って協議した結果、「これ以上不幸な存在を生み出してはならない」という結論に至り、貴重なジェネレーターたちは封印され、協会側で厳重に管理されることとなりました。


 しかし、既に生み出されてしまった“不幸な存在”である名無しのルーンフォーク、もとい”マルガリタ・ジッカ“はこの世界で生きていかねばならないのです。


 いつまでもマギテック協会にお世話になり続ける訳にはいかず、(ルーンフォークにしては珍しく)一般的な成人とされる15歳の時に他の街へ赴き冒険者となるのですが、やはり奇怪でしかない言動によって周囲から孤立してしまいました。


 個性の坩堝ともいえる冒険者たちの間では「マジカル☆(任意の物事や名称)」「愛の力が〜」ぐらいは”痛い“で済むのですが、問題は神の声を聞くこともできなければ妖精を見ることすら叶わぬルーンフォークの身で「アステリア様が見守っています」とか「ほら、妖精たちも喜んでいますよ」とか口にしてしまうことでした。

 一度それを口にすれば、それまで多少穏やかだった空気は一瞬にして凍りつき、なんとか説明しようとする姿もかなり、その、ですので、思わず「狂っているのか?」と訊ねられたり、不気味がられたり、神官や妖精使いたちは顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりして(大人の対応で)やんわりと拒絶していったりと、どんなに努力しても周囲から人が消えていってしまうのです……。


 極め付けは”性別詐欺“という冤罪じみた風評で、下心で近付いた男たちは「なんだ男か」と落胆して帰っていきますし、ひどい時は「彼氏が誑かされた!」と拳闘士に殴打された時もありました。


 その時は流石に周囲も止めにかかりましたし、中には身を挺してまで〈かばう〉者もいましたが、本来そこで結ばれる筈の友情は、日常会話ですら難しい身のため、顔を合わせば一言二言交わす程度の仲にしかなりませんでした。

 もちろん、互いの無事を祈れる仲というのも悪くはないとは思うのですが、彼は落ち込んだ時、この友人の顔を忘れてしまいがちです……。


 何はともあれ、冒険者としての活動は身も蓋もない「喋らなければ使える」という評価そのままに良いことはなくとも順調でした。

 よく知らない相手に都合よく呼び出されては仕事を果たしていくうちに〈レイピア級〉と認定されるまでに成長しましたが、それでも常に肩を並べて冒険する仲間はいません。

 ずっと、ずっと。生まれてからひとりぼっちだと思っているのです。


 

 そんな彼にとって幸せな時間は、ベッドの中で夢を見る時です。

 夢の中では……暖かい日差しの下で、銀色で特徴的なシルエットをした髪から、これまた特徴的で大きな角を生やした背の高い少女……少女?と一緒に草原を駆け回り、じゃれあいながらごろごろしたり、文字通りごろごろ転がったりするのです。

 たまに互いの髪が絡まって、おでこをくっつけて笑い合ったり、ただ手を握って寝転び、ジッとしたまま空を眺めたり。

 互いが着ている服をかわいいかわいいと褒め合ってはしゃいだり、美味しいサンドイッチを食べたりして穏やかな時を過ごします。


 ”アステリ☆マジカ/マルガリタ・ジッカ“は彼女の事を知っています。

 彼女は蛮族の王で、地面に似顔絵を描くために使う〈(小道具の)第二の剣〉の持ち主で、へにゃっとした笑顔を見るとなんだか落ち着く憎むべき怨敵で、蝶を追い回すときに使う〈アステリリカルステッキ〉の仕込み回転鋸刃で腹を裂くはずの相手で……。


 自らが演じるはずだった劇の敵役である、顔すら見たこともないはずの“ルックレム大蛮王”と過ごす時間が過ぎ去れば……彼にしか見えないアステリアを名乗るまぼろしと、妖精ともいえない光球が漂うほかは静かで寒々しい、誰もいない部屋が目に映ります。


 ”ルックレム大蛮王“はこの世に存在していません。

 彼女を生み出すジェネレーターは残っていますが、今この世に生み出されたとして、彼女は幸せに暮らすことができるのでしょうか。

 少なくとも、私は──


 冷たく輝く月の下、マルガリタ・ジッカはひとりきり。今夜も枕を涙で濡らし続けています。

 もう“アステリ☆マジカ/マルガリタ・ジッカ”と名乗りたくない、けれど、どんなに成長したとしても「少し夢見がちな少女」だという“アステリ☆マジカ/マルガリタ・ジッカ”以外にはなれない彼には、幸せな夢の中にしか居場所はないと思い込んでいるのですから……。




 ──そんな彼が個性的な同行者達と共に、ハーヴェス近海に出現した未知の島へと足を踏み入れ、そこで理解者を得るのは、その後の話です……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る