別れの昔話

 そして更に数十年が過ぎ、りんごほっぺの女の子は、業物のような雰囲気を醸し出す美しい女性へと成長しました。


 その見目麗しさは”立てば芍薬ピオニー座れば牡丹ピオニー、歩く姿は百合の花リリィ・フラワー“とも喩えられる程でした……!

 (ただ、その喩えは3分の2がピオニーでしたので、芸術を介せぬ者たちからしてみるとだいぶ謎の評価だったようですが)


 もちろん、そんな容姿をしている名家の娘ですから、各方面からの引く手は数多だったのですが、自らがゆっくりと成長し美しくなる一方で(彼女からしてみれば)両親や兄弟姉妹たちは急激に老いていきます。


 そして、両親や、壮年となった妹・弟たちの枯れ木のようなしわしわの手を何度も握り。


 幾度となく家族の最期を看取ってからは、あまり外にも出なくなってしまったのです……。


 少なくともアルフレイム大陸では「長命種は終身職に就くべきではない」という考えもあったので、家の仕事や存続は残った弟や妹、その孫たちに任せ、自らは新たな生活を送りはじめます。


 使用人に用意させた“あの小説”の挿絵に似た紅の装束を纏い、家の中庭に建てた庵──元・秘密基地──に籠り、隠者らしく魔術を使ってみようと貴族の仄暗いコネで操霊術を習ったり、妹や弟、その孫の子の世話をして過ごしたり、役に立たない助言をしたりしながら。

 最期の最期まで家を見守ろうと、彼女はそう思っていました。


 ですが、エリュテイア家を陥れようとする派閥が、彼女の運命を大きく変えてしまいました。


 生まれてから百年あまりが過ぎ、自分以外のきょうだいの中で最も長生きした者を看取ったその日の夜。

 やや湿った装束の袖に手を入れ、懐手のまま住処へと帰ろうとした彼女は、贔屓にしていたシャドウの密偵──こちらも趣味で“あの小説”に似せた黒い密偵装束を着せています──が、庵の前に立っているのに気付きました。


 そのシャドウの密偵が掴んだ情報は、方々で“国王お気に入りの娼婦“と陰口されている快楽主義的な王妃と、それを贔屓にしているごく一部の貴族達を排除するべく、エリュテイア家を利用する……というものでした。

 それは王妃や貴族達が集まる場で振る舞われる果物の中に毒入りのものを混入させ、果物の管理を行なっているエリュテイア家に罪をなすりつけるという、あまりにも古典的で大雑把な計画だったのです!


 しかし、王妃を疎ましく思う者は国内でも大多数を占めていて、会場の者のほとんどが買収または恐喝されている共犯だからこそ、そんな計画が実現可能……という酷い有様で、それを聞いたナートラは、呆れのあまり力なく笑い、そのまま寝床につきました。


 そして、聞いた事実をなかった事にしたかったのか、彼女は翌日以降からほとんど毎日庵にこもって惰眠を貪っていました。


 ですが、腐っていても長年王家に仕えてきたエリュテイアの娘。

 赤い衣は、伊達ではないのです。


 ……まあ、真に伊達ではなかったのは、エリュテイア家を監視する他の密偵にいち早く気付き、相手に動きを悟らせる事なく情報を集めてバカサムライの頭でも理解できるように噛み砕いて報告し、それを受けた主が下す無茶振りという名の任務を完璧にファンブルなしで遂行し続けた、黒い衣を着た密偵の方でしたが。



 

 馬鹿らしすぎる計画が実行されるその日の夜、王宮の庭園で行われているパーティの様子を、ナートラは水の中から眺めていました。

 なぜ彼女に付き従っていたのかがわからないほど優秀な密偵が名前を挙げていた者たちが、普段の態度とはうって変わって媚を売る姿は、あのナイトメアの王妃よりよっぽど悪夢のようで、ひとり笑い転げては多少の砂を巻き上げ、魚に啄まれながらも機会を窺い続け……その時を待っていました。




 別にいつでもよかったのですが。



 

 その時、王妃は果物隠者さんと勝手にあだ名を付けていた相手が、池の中から出来損ないのおばけのように這いずり出てきたのを見て、「何やってんのこいつ?」という顔をしていました。


 その時、いつも彼女の奇行を笑って流していたエリュテイア家の当主は「ばあちゃんここまでボケちゃったのかよ!?」と頭を抱え、痛む腹を抱えてうずくまっていました。


 その時、何も知らずに運ばれてきた〈ヘスペリデス・ゴールド〉を食べようとしていた貴族のひとりは、水を滴らせながらこちらに近づいてくる海坊主……池坊主?から逃れようと、短い悲鳴をあげて後退りしていました。


 その時、『毒で倒れた王妃を見て、”逃げようとしていた“エリュテイアの当主を連行するまで』の段取りを頭の中で何度も確認していた衛兵のひとりは、池の中から出てきた妙なエルフが、幼き日に見た初恋の相手だと気付き、混乱して取り押さえられませんでした。


 その時、この計画を進めていた過激な貴族のひとりは、いえ、その場にいた全員が。

 毒入りフルーツを貪る狂人を見て唖然としていました。

 

 


 そして、ゆったりした……湿って肌に張り付いている紅の装束のおなかをぽっこり膨らませた彼女は、


 両腕を曲げて上に突き出しガッツポーズで、青い顔に満足気な笑みを浮かべ、倒れました。


 妙な計画は、妙なエルフによって人知れず打ち砕かれたのです。






 

 ……えぇ、人知れず、でした。

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