育ちの昔話

 何はともあれ、年月が経ち。


 ナートラと名付けられたエルフの子は仲睦まじい夫婦の元ですくすくと──といっても、人間に比べて非常にゆっくりとですが──育ち、何不自由なく15歳の成人の日を迎えました。

 15歳といえども容姿は幼子のそれで、その頃はりんごのようなあかいほっぺをしていたので、周囲の者たちからは「ヘスペリデスの子」と呼ばれ、可愛がられていました。


 ヘスペリデスというのは、エリュテイア家の領内で育てられていた林檎の品種名に由来します。


 エリュテイア家の管轄領内には、魔動機文明の『植物工場跡』ともいうべき遺跡があり、その機能の大半を失った上で唯一生育されている〈ヘスペリデスゴールド〉という品種の林檎は、色艶が美しく、果肉から滴る蜜はまるで黄金の夢のよう……と評されています。

 いまいち意味がわからないのですが、芸術に親しむ者たちの評ですから、一般人には理解できない物なのかもしれませんね。


 まあ、それはさておき。

 そのりんごほっぺの女の子(成人済)は、愛らしい容姿に反してやんちゃで、特にほっぺのことを揶揄された時は相手をしつこいぐらいに追いまわし、木の枝で叩いたり、スイトンやらマキビシやらと称して、水をかけたり靴に小石を詰めたりするような子(成人済)でした。


 相手が怒ろうとすれば、かわいいほっぺの女の子が楽しそうに笑っていて。

 その容姿を見てしまうだけで膨れ上がった怒りが萎んで許されてしまうのですから、もう、エルフというのはずるい種族です!


 彼女がこういう遊びをするようになったのは、毎晩両親が交代交代で読み聞かせていた、ある小説がキッカケでした。


 その小説は〈大破局〉で滅んだ、魔動機文明アル・メナスのもので、別の大陸にあると思しき、特殊な名や名称が数多く存在する地方で活躍する戦士が主人公の話です。

 その娯楽小説を物心つく前から聞かされていたナートラは、小説に登場する戦士……文武両道にして忠義を重んじる存在、サムライの虜になっていました……!


 舌足らずな声でらーめーけん雷鳴剣と叫びながら、小説の主人公の真似をする彼女を見て、両親はほくそ笑んでいました。


 彼らもまた、マカジャハットの民らしく芸術の虜オタクだったのです……。

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