誕生の昔話

 むかし、むかし。

 ブルライト地方は”大舞台“マカジャハット王国に、エリュテイアという貴族の家系がありました。


 エリュテイア家は同国の貴族の家系と比べて特別何かに秀でているわけではなかったのですが、みずみずしい果実だけは持っていました。

 かの家は この芸術都市を訪れる資産家や遠方の国の貴族たちをもてなす際に振る舞われる、色とりどりの果物の生産と流通を管理していたおかげで、〈大破局〉の傷跡がなお色濃く残る時代にありながらも、比較的優雅な暮らしを送れていたのです。


 そんな裕福な貴族の家にある日、ひとりのエルフの女の子が生まれました。


 エルフといえば一生に子を成す数の少ない種族ですし、当時の当主夫妻はなかなか子宝に恵まれずにいたので、彼女の誕生を誰もが祝福し、家全体が幸せと歓喜に包まれて……


 ……なんてことはなく、みんな一様に複雑そうな顔をしていました。

 助産婆がとりあげた赤児の姿を見た母親は、呆然とその身体を眺める他なく、部屋に飛び込んできた当主は最初こそ舞い上がってはいましたが、ある事に気付いてからは何かを言いかけようとしては口をつぐみます。

 赤児をこの世で一番最初に見た助産婆に至っては、何も言わずにその場から立ち去りたくなったそうで。


 彼女たちが見つめる赤児はというと、至って平凡なエルフでした。

 うっすらと生えた赤児の髪は珍しい黒色でしたが、これは父親譲りであるとも言えます。


 では、何が問題だったのかというと、平凡なエルフであることが問題だったのです。


 そもそも、夫妻はどちらも人間だったのですから……!


 まず、人間からエルフが生まれることはほとんどないのです。

 まあ、あるにはあるのですが極めて稀な例ですし、基本的には母親か、父親の種族で生まれてきます。

 この時、”極めて稀な例“を誰も考慮できなかったのは、マカジャハット王国の国民性が話をややこしくしたからでした。

 なにせ「情熱的で開放的」と表現されている国民性ゆえにその手の話のネタは尽きず、娼館やバーなども多く存在しているので、“そういう事態”に発展することもまた、少なくはないのです。

 ゆえに、真っ先に疑われたのは妻の不貞でした……。


 産後というにも関わらず、夫妻は激しい口論を繰り返します。

 夫は「どこの馬の骨と床を共にしたのか!」と激昂する一方で、妻は「貴方以外ありえない!」の一点張りでした。

 互いに主張は譲らず、相手の疑問に疑問を突き返し、事態は更に複雑に。

 使用人たちが扉の向こうから放たれるくぐもった怒声を聞いては嫌な汗をかき、生まれた赤児の世話をしながら小声で噂話を耳打ちしつつ、その場で待機し続けて数時間。

 疲労のあまり、地べたに座り始めた使用人たちのうち、特に勇気ある者のひとりが、あれだけ響いていた声が不自然なまでに静まり返っていることに気付きました。

 彼か彼女かは定かではありませんが、その者が部屋の様子を窺うために静かに扉を開けてみると。


 あれだけ言い争っていた2人が、ベッドの上でいい雰囲気になってました。産後なのに。


 その勇気が無駄であったことを悟った使用人は静かに扉を閉め、部屋の中に残されたのは馬鹿ふたりと、立ち去るタイミングを失い『壁になろう、空気になろう』と念じ続ける助産婆だけでした……。





 実際のところ、エルフの赤児が生まれたのは先祖帰りが理由でした。

 別種族と結ばれて生まれた者の血を引く者は、相手が同種族であろうが祖先の別種族の子を産むことがあるのです。

 エリュテイア家の騒動は、母方のはるか遠い祖先にエルフがいたことで起きた、極めて稀な例のひとつとして記録されています。

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