第179話 献身 【重大告知アリ】


 目の前の老人、アイヴェツリークは、俺に四天王だと名乗った。

 そして、あろうことか、自分の娘を助けてくれというのだ。


「娘が魔族じゃなくて人間ってのはどういうことだ。なにか事情があるのか?」

「ああ、話すと長くなるのだが……。娘――ティエラがまだ幼いころ、あの子は魔界に流れ着いたのだ」

「流れ着いた……?」

「そう、時空間のゆがみが起き、魔界と人間界とがつながったとき、それに巻き込まれたというわけじゃ」

「そんなことが……」


 たしかに、デロルメリアが人間界に現れたときも、時空間が歪んで様々な問題が発生していた。

 巨大化したモンスターたちと戦ったのは記憶に新しい。

 魔界と人間界がつながるっていうのは、そのくらい世界にとっても負荷が大きいことなのだろう。

 本来交わることのない世界と世界。それに巻き込まれて漂流してしまう人物がいても、不思議ではない……のか……?


「だがちょっと待て、そのティエラとかいう娘は今何歳なんだ?」

「ちょうど君たちと同じくらいの年齢だ」

「……だとしたら、おかしくないか? 時空間が歪みだして、デロルメリアと戦ったのはついこの前のことだぞ? その短期間で子供から大人に成長したっていうのかよ」

「その前じゃ」

「その前……?」


 ということは、以前にも時空間が歪んだことがあったのだろうか。

 さすがに先代の勇者のときってことはありえないだろう。もしそうだとしたら、俺じゃなくて先代に娘を頼んでいたはずだからな。


「ちょうど今から15、6年ほど前だったか、人間界からなんらかの干渉があった。おそらくは、なにか禁術の類を使った愚か者がいたのだろう。そのせいで、ティエラは魔界に転移してしまったのだ」

「なるほどな……それで、あんたがこれまで育ててきたっていうのか」

「そうだ……」


 それにしても、魔族にもこんなやつがいるんだな。もっと魔族っていうのは人間を敵視していて、血も涙もないやつらばかりだと思っていた。実際、今までのやつらはそうだった。

 だけどこいつは、なんの責任もないのに、律儀に人間一人が大人になるまで育てあげたというのだ。


「それは、大変だっただろう。俺も一人の人間として、感謝する。アイヴェツリーク……いや、アイヴェツリークさん、さっきは疑って悪かった。素晴らしい行いに、敬意を表します」

「ありがとう勇者ロイン。だが、敬意はけっこう。それよりも、娘を無事に人間界に送り届けてもらいたい。それだけが老い先短い私の唯一の望みだ」

「ああ、それはもちろんだ」


 俺たちはかたく握手を交わした。


「おっと、そういえば、ここでこんな話をしていて、アンタは大丈夫なのか?」


 魔王軍は俺の情報をいろいろと知っていた。ということは、なんらかの監視の手段も持っているのだろう。

 だったら、アイヴェツリークのこの行為は裏切りとして裁かれそうな気もするが……。


「それなら大丈夫だ。このフロアには結界を張ってある。魔王様からは別の映像に見えているだろう。勇者ロインが魔物相手に戦っているようにな」

「そうか。それは安心だ。すごい術式の能力だな」

「ほっほ、まあ私より魔術知識のある魔族はいない。それに、15年以上も娘が人間であることを隠し続けてきたのだからな。魔王様に嘘を吐くのはお手の物よ」

「なるほどな。でも、そんなことができるのか……」

「娘にはカモフラージュの魔法で人間であることを隠させている。私が直伝で仕込んだから、彼女は優秀な魔術師だぞ」


 アイヴェツリークはどこか誇らしげにそう言った。血はつながっていなくても、敵対する種族だとしても、やはり自分の育てた娘であることにかわりはないのだろう。


「だが、本当にいいのか? 俺はこのまま魔王を倒すつもりだ。あんたは一応魔王軍なんだろ? いくら娘のためとはいえ……。俺たちをこの場で葬って、娘だけを人間界に返すことだってできるだろ?」

「ほっほっほ、それは無理じゃろうて。私のような老いぼれではロイン、君を倒せないだろう。それに、どのみち魔王様も負ける。我々の運命は、そういうものなのじゃよ」

「そうか……なんだか、達観してるな」

「これでも人生二度目じゃからの。先代の魔王が倒されるところもこの目で見ておる」

「なるほどな……。なんか、すごい壮大な人生だな……」


 いろいろなことがあったからこそ、人間を娘として育てようと思ったのだろうか。アイヴェツリーク、彼の人生には様々な興味深い歴史がありそうだ。

 まあ、実際俺は誰にも負ける気はしないし、賢明な判断だと言える。


「さて、そろそろ結界のほうも限界だ。君らも行かねばならぬのだろう?」

「ああ、そうだな。それで、その肝心の娘というのはどこにいるんだ?」

「私の家にいる。今から一緒に転移で連れていく」

「わかった」


 そこまで言って、アイヴェツリークはとんでもないことを提案してきた。


「――そしてそのあと、すぐに私を殺してくれ」


「………………は?」




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【あとがき】


確定レアドロップ書籍の続刊が決まりました。

なんと2巻が出ます!

これも買ってくださった皆さんのおかげです!

本当にありがとうございます!

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