書籍化記念SS ロインの伝記


※三人称視点





 これはロインが魔界に旅立つ、ほんの少し前に起こった出来事である――。


 アルトヴェール帝国は、いまや超大国にまで発展していた。

 ヨルガストン帝国とユーラゴビス帝国を吸収し、大陸を統べる王者となったのである。

 もちろん最初はさまざまなことが頓挫した。

 だがサリナやドロシーの活躍もあり、今ではかなりまとまった国となってきている。


 最近ではヨルガストン、ユーラゴビス地方とアルトヴェール本土との連携もさかんだ。

 ロインによってもたらされた転移石、それを素材とした転移門が街ごとに設置され、自由に行き来が許可されている。

 貿易も行っており、それぞれの地方でしか得られなかったようなものも手に入るようになった。

 特にユーラゴビスとヨルガストンはこれまであまり国交が続いておらず、そういった面で国民の喜ぶ声は大きかった。


 アルトヴェールにある温泉街にはいつもたくさんの観光客が訪れる。

 転移門一つでやってこられるので、みな気軽に観光するのだ。

 もちろん転移門がパンクしないように、ある程度の制限はかけられている。

 いくらかの通行料を払うことで、はじめて使用が許されるのである。

 しかしロインはその通行料を利益にすることはなく、それぞれの自治体に還元していた。

 また、商人たちにも荷物の積載量に応じて通行料が課せられたが、それも商業ギルドへと還元されていた。


 ユーラゴビスは歴史のある国で、そこには巨大な国営図書館がある。

 以前ロインの命令で、司書たちはユーラゴビスの国営図書館から、上級鑑定に関する情報を調べたことがある。

 その際に、大量にある書物の中から、目的の文章を見つけあげた人物がいた。

 彼の名を、エヴェレット・トランシュナイザーといった。

 エヴェレット(以降エヴァンと略す)は国一番の博学で、ありとあらゆる知識を持っていた。

 特にエヴァンは本の虫で、巨大な国営図書館のほぼすべてを把握していた。

 いわゆる天才である。


 これまでユーラゴビス帝国は、ユィン王による圧政で情報統制が敷かれてきた。

 そしてそのことは、ユーラゴビス国内の人間にとっては知る由もないことだった。

 だがあらゆる検閲を前にしても、エヴァンの好奇心は抑えることができなかったのである。

 エヴァンは外の世界を確信し、想像し、ユーラゴビスの異常性にも気が付いていた。

 だが彼にとって、自国の状況などさしたる問題ではなかった。


 エヴァンにとって重要なのは、知識のみである。

 ユーラゴビスにない知識を得たい、それだけが彼の望みであった。

 生まれて20余年、彼の望みは果たされないまま、ただ本の世界に没頭するしか他になかった。

 しかし、そんなあるとき転機が訪れたのである。

 そう、ロイン王によるユーラゴビス併合である。


 ユーラゴビスはアルトヴェールとの戦争に敗れ、ユィン王はロイン王のもとへ屈した。

 それによってユーラゴビスは急速な変貌を遂げる。

 今までの情報統制や規制はすべてとかれ、アルトヴェールと同じ法律が適用されるようになった。

 そのことを誰よりも喜んでいたのが、エヴァンという人物である。


 戦後、国が落ち着きを取り戻してきて、まずエヴァンが向かったのは、アルトヴェール本国である。

 アルトヴェールの文化やその暮らしに、エヴァンはものすごい衝撃を受けた。

 なんといってもアルトヴェールは物質的にものすごく豊かだったのだ。

 もちろん、それはロインのレアドロップアイテムによるものだ。

 そのおかげで、人々もみな裕福で幸せそうに暮らしていた。


 ユーラゴビスの不幸そうな人々とは、まったくの真逆の光景が、そこにはあった。

 エヴァンはそのことになによりもの衝撃を受けた。

 そして彼が最終的に興味を持ったのは、ロイン・キャンベラスという王だった。

 この天国のような国を築き上げたのは、いったいどんな人物なのだろうか。

 彼は国民全員から慕われ、神のようにあがめられている。


 エヴァンは実際にロインと会って、さらなる衝撃を受けることになる。

 ロインはエヴァンに会うやいなや、彼を抱きしめて言った。


「おお、君が上級鑑定について調べてくれたんだって……?」

「は、はい……そ、そうですが……」

「本当に感謝しているよ。君のおかげで魔王を倒すことができる……!」

「きょ、恐縮です……」


 エヴァンは驚いた。

 エヴァンの知る王という生き物は、もっと傲慢で冷徹な存在だ。

 だがこのロインという男は、非常に気さくで話しやすく、それでいて親切だ。


「エヴァン、感謝の気持ちだ。今日は歓迎するから、ぜひ城に泊まってくれ」

「は、はい……」


 しばらく歓待を受けるうちに、エヴァンはどんどんロインに興味を持っていった。

 今までこんな人物には出会ったことがない、そう思ってのめりこんだ。

 人望にもあつく、女性にはモテるし、その扱いも紳士的だ。

 さらに国を統べるだけのカリスマ性もあって、世界で一番といっていいほどの強さを誇る。

 エヴァンはロインにほれ込んだ。


 ある日のことだ。

 それはロインがいよいよ魔界へと旅立とうという日の前日だった。

 エヴァンはロインのもとを訪れて、こう言った。


「ロイン王……ぜひこの私に、あなたの伝記を書かせてください……!」

「お、俺の伝記……? そんなの書いてどうするんだ?」

「あなたのような偉大な人物の偉功を、後世に残さないわけにはいきません!」

「そんな大げさな……」

「いえ、これは私の使命です。このために私は、今まで生きてきたのだと知りました」

「ま、まあそこまで言うなら、好きに書いてくれ」

「ありがとうございます……!」


 エヴァンはロインが戻ってくるまでの間に、彼の伝記をある程度完成させることを約束した。

 これまでにロインが関わってきた人物たちに彼の軌跡を教わり、それを記すのだ。

 もちろん、ロイン自身にも取材する約束をした。

 必ずロインが魔王を倒し、またアルトヴェールに戻ってくる。

 そのときに、魔王を倒すまでの道のりを、あらためてロインの口からきくつもりだ。


 エヴァンがこのときに書き記したロインの伝記『確定レアドロップ~英雄ロインの伝説~』はのちに出版され、大ベストセラーとなる。

 そして後世まで残り、のちになかば神話のように語り継がれていくのである――。





【あとがき】


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