第153話 開戦準備


※三人称視点



 ユィン・ユーラゴビスは、着々と戦争の準備を進めていた。

 圧倒的戦力差があるはずの、アルトヴェール帝国へと攻め入ろうというのである。

 しかも、正当な請求権や理由などない、単なる侵略戦争である。

 当然、反対するものもいた。


 だが、ユィンはもはやジェスタークに心酔しきっていた。

 反対意見を唱えたものは、容赦なく粛正されたのである。

 「王がご乱心だ」「怪しい呪術師に操られている」などと噂をしたものがいれば、ただちに密告された。

 もともと軍国主義的な国であったため、そういった方向に進むのはいともたやすかった。


 それもすべてジェスタークの作戦通りであった。

 ユィンを焚き付け、操り、我が駒とする。

 そしてユーラゴビスの兵を使って、アルトヴェールを攻めるのである。


 だがもちろん、この戦争に賛成するものも、当然、いた。

 国内の世論は、真っ二つに割れていた。

 その数でいうなら、だいたい半分というところか。


 その理由としては、そもそもこのユーラゴビスという国が、他国を侵略してその領地を広げてきたという歴史にもある。

 ヨルガストンの土地は隣接した肥沃な大地であるため、かねてから狙いを定めていたのだ。

 ヨルガストンの国力が下がれば、すぐにでも手に入れたいというのが、世論の本音であった。


 ジェスタークの謀略の手腕であれば、請求権をでっちあげることなど造作もないことであったが、今回は急がねばならないので、それは後回しだ。

 ジェスタークからすれば、戦後のことなどまったくもってどうでもいいことだった。

 そのため、国民からの反対意見など、気にも留める必要がないのだ。

 問題なのは、この戦争に勝つこと、ただそれだけだった。


「しかし、我が国の兵だけではとてもじゃないが、あのアルトヴェール帝国に敵うとは思えない」


 会議の場で、軍部からそういった疑問の声が上がる。

 しかし、ジェスタークにはそれを解決するすべがあった。


「大丈夫です。私はこう見えて、付与術師に長けています」

「なに……付与術……!?」

「私の付与術で、大結界を張ります。そうすることで、兵士たちを大幅に強化することができるのです!」

「そ、それはすごい……!」


 そのほかにも画期的な作戦をいくつも提案し、みなジェスタークの口車に載せられていった。

 いつのまにか、皆夢を見ているような気になっていったのだ。

 そう、この戦争に勝利できるという、幻想に取りつかれていった。


 ただ、ジェスタークの言ったことには、重要な事実が抜け落ちていた。

 彼の付与術は確かに強力だったが、それにはデメリットもあった。

 大結界付与術を使えば、まず人間の精神が持たない。

 つまり、兵士たちは最強の軍団と化すが、その代わりに精神を崩壊させる危険性があった。


 いわば、ジェスタークは不死身のゾンビ軍団を作り出し、それでアルトヴェールを落とそうというのだ。

 ジェスタークの付与術をかけられた兵士たちは、みな死を恐れなくなる。

 死を恐れないで諸突猛進する人間が、どれだけ恐ろしいかは想像に難くない。

 しかも、その身体能力も大幅に向上している。


 それだけではなかった。

 ジェスタークはまず、ヨルガストンの首都を狙うことにしていた。

 ヨルガストンの首都には、巨大な倉庫がある。

 そしてその倉庫の中には、ロインがヨルガストン王に送った、数々のレアドロップアイテムがあるのだ。


 レアドロップアイテムの中にある最強の武器たちを奪えば、不死身の軍団がさらに強くなる。

 そういった作戦で、ジェスタークは軍部の信頼を得ていった。

 問題は、それが成功するか、ということである。


 ユーラゴビスの軍事作戦は順調に進み、いよいよ、開戦のひぶたが落ちようとしていた――。

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