第115話 五陰盛苦
俺たちはあの後もダンジョンに潜り続け、ついにサイハテ装備セットを一式そろえることができた。
集めるのにはかなりの時間がかかった。
体感では数日だが、実際の時間は年単位かもしれない。
まあダンジョン外の時間が止まっているから、実際の時間を確かめるすべはないが。
とにかく、それくらいサイハテ装備を手に入れるには苦労したということだ。
俺に確定レアドロップの能力がなければ、手に入れることはまず不可能だっただろう。
だがなぜそんなドロップアイテムが存在しているのだろうか……。
まるで俺専用に用意されたような、そんなアイテムだ。
「よし……! これなら、このステータスならあいつを倒せる!」
俺たちは満を持して、サイハテダンジョンから転移した。
◇
転移先に選んだのは、以前あの男と戦っていた場所だ。
疲れをいやす前に、一刻も早くあいつを倒さねばならない。
以前、と言ったが、それは俺たちの体感だけの話で、実際はついさっきの出来事だ。
そう、つまりまだ、やつは回復しきっていない。
叩くなら今というわけだ。
あらかじめ、やつのいそうなところに目星をつけて転移した。
あの町からまだそう遠くには行っていないしだろうし、深手を負ったやつが目指しそうな場所にも見当がつく。
俺の読みのおかげで、ちょうどやつの目の前に転移することができた。
「久しぶりだなぁ……」
数週間ぶりの再会を果たす俺たち――まあやつにとっては一瞬の出来事だろうが――俺にとっては、因縁の戦いだ。
すっかり装備を入れ替えた俺の姿を見て、やつは目を丸くした。
「あれ……? なんだ……それ……」
「気づいたか? これはサイハテのセット装備。お前を倒すために、この装備を集めてきたんだ!」
「は……! 無駄なことを……!」
「じゃあ、いくぞ……!」
「ああ……かかってこいよ……!」
そこからは、一方的な蹂躙が始まった。
――ドゴーン!!!!
俺が軽く蹴りを入れるだけで、やつは数メートル吹っ飛ぶ。
「はは……! これがサイハテ装備の力か……! すごい……!」
「ぐはぁ……! くそ……!」
やつはなんとか反撃しようと、起き上がろうとする。
しかしそれよりもはやく、俺の次の攻撃が炸裂する!
――ズゴ!
「ぼええええ!!!!」
俺のこぶしが、やつの腹を貫く。
まるで以前戦ったときとは真逆の状況だ。
今の俺からすれば、こいつは赤子のようなものだった。
「ど、どういうことなんだ……! レベル800の僕が……! レベルの概念すらない現地人に負けるなんて……ありえない!!!!」
「レベルか……まあそれがどういったものかはわからないが……。俺のサイハテ装備の前では大した意味もなさないだろう」
「サイハテ装備……!? だと……!? そんなもの……! 僕のこの力でつぶしてやる!!!! くらえ!
以前も食らった技だった。
しかし、あの時とは感じ方がくらべものにならない。
今の俺には、その攻撃事態が止まって見える。
「ふん! きかないね!」
「なに……!?」
俺は真正面から、その攻撃を受け止めた。
「そんな……僕の
「俺の防御力さ……!」
「馬鹿な……! そんな数瞬のあいだに、どうやって防御力を……!? 僕の攻撃力は6万を超えているんだぞ……!?」
やはり俺の予想は正しかったようだ。
800レベルとやらに達すると、ステータスは6万にまで至るようだ。
もし仮に俺がサイハテ装備を手に入れる前に戻る決断をしていたら、やられていたかもしれないな。
「そうか……だがな。俺の防御力は、35万だ」
「35万……!? そんな馬鹿な……!?」
サイハテ装備は、セット装備をすべて集めることで、全ステータスを10倍する効果がある。
だから今の俺は、もとのステータス+サイハテ装備のステータス、それに10をかけただけの数値になる。
たかだが6万程度のこいつに、もはや遅れはとらない。
「さあて、そろそろ終わりにしようか……」
俺はスキルを使おうと、手をかざす。
「ま、ままままま……待ってくれ……!?」
「はぁ……?」
「す、スキルを使われたら死んでしまう……!」
などと、やつは急にそんなことを言い出した。
やつの額には汗が噴き出していて、ものすごいあわてようが伝わってくる。
「いや、だから殺すんだが……?」
こいつには、それだけの罪がある。
罪のない街の人たちを無惨にも殺戮した、その罪は重い。
魔王軍から人類を守るときめた俺にとって、こいつは明確な敵だった。
大量虐殺をしたこいつは、魔族となんらかわらない。
人間だからといって、敵に情けをかけるほど俺は甘くはなかった。
「わ、わかった……! わかったよ……。降参だ……!」
そう言ってやつは両手を上にあげた。
いったいなんのジェスチャーなのかわからないが、なめているとしか思えない。
「降参……? 何を言ってるんだ? お前、自分がなにをやったかわかってないだろ」
「な……! ぼ、僕は人を殺しただけじゃないか……! そうだ、僕はなにも悪くない……! これはゲームみたいなものなんだ……!」
「なんだと……?」
急に開き直ってそんなことを言う目の前の男に、俺は怒りを抑えられそうにない。
「そ、それに僕は……頼まれてやっただけだ……! あのガストロンとかいう魔族に……」
「なに……!?」
男の口から、ききなれない名前が出てきた。
魔族の名前――おそらくそいつがこの男を、刺客として送り込んだのだろう……。
それにしても、この期に及んで他人のせいにしようなんて、なんて哀れな奴なんだ。
「おい……! 詳しく教えろ……! そのガストロンとかいうのは何者なんだ……!」
俺はやつのむなぐらをつかんで、問い詰める。
すでに男は戦意喪失しているようで、だらしなく俺につかまれている。
「し、知らないよ……! 僕はただ、人類を殺せと力を与えられただけだ……。たしか……魔王軍四天王とかって言ってたような気はするけど……」
「四天王クラス……!?」
ついに、魔王軍の四天王の名前がわかったぞ……!
俺はこいつへの怒りを一瞬忘れるほど、かすかな喜びを感じていた。
魔王軍は今まで、こちらへ一方的に攻撃を仕掛けてくるばかりで、こちらからはなにもできないでいた。
だが、今ついにその尻尾をつかんだような気がした。
四天王クラスといえば、あの魔王軍幹部デロルメリアよりも上の存在ということか……。
いったいどれほどの魔力を持っているのだろうか。
魔王軍幹部クラスの魔族は、その強大すぎる魔力ゆえにこちらの世界へのゲートを通れない。
だが、それも時間の問題だとすれば……こんな小物に相手している時間などない。
「よし……。もうお前は用済みだ。聞きたいことはもうない」
「な……!? ちょ、ちょっとまて……! 情報は教えただろ……!?」
「ああ、だからといってお前の罪はゆるされない……!」
「くっそおおおおおおおおおお!!!! こんなところで僕が死ぬなんて……! 許せない許せない許せない!!!! 僕のせいじゃないのに! 僕は悪くないのにいいいいい!!!!」
「はぁ……?」
死を意識したとたん、男の中の何かがはじけた。
そしてまるで駄々をこねる子供のように、大きなこえで泣き叫ぶ。
「だってそうじゃないか! 君たちは僕からしたら異世界人だし……こんなゲームの中の世界みたいな異世界、現実みがないんだよ! 僕がやったのは単なるストレス発散さ! ゲームの中で暴れるのと一緒だよ!
!」
などとわけのわからない言い訳を並べる男。
さっきからゲームだの意味のわからない単語を使ってくると思ったが……。
異世界人だと……?
こいつのレベルとかいうのと、なにか関係がありそうだが……。
結局は、こいつも魔王軍の哀れな被害者ということなのだろうか。
だからといって、こいつの言い分は通らない。
特に死んでいった人たちのことを考えると、さっきの発言は聞き捨てならなかった。
「ストレス発散だと……? ふざけるなよ……!」
「ひぃ……!?」
俺は思い切り、手に魔力を集中させた。
そして怒りにまかせて全魔力を、そいつに向かって放出する……!
「
――ズシャアアア!!!!
「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!」
まるで初めから、そこにはなにもなかったかのように、地面がえぐれ――。
男は跡形もなく消え去った。
◆
【side:ゴウン】
「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!」
死にゆく間際、僕は自分の人生を振り返る。
思えば、僕は生きている間中、苦しいことばかりだった。
物質的には恵まれていても、常に心は満たされなかった。
乾いて乾いて仕方がない。
そしてつには、こうして異世界にまでやってきてしまった。
異世界で蹂躙をするのは楽しかった。
だがそれも、街一つつぶすころには、飽きがきてしまっていた。
結局僕は、それだけのことをしても満たされないのだと気づいた。
僕の脳みそは、どこまでも刺激に鈍感だ。
そしてそのことに気づいたとき、僕は深く絶望した。
僕はきっと、永遠に満たされることはないのだろうと知ったのだ。
だが、そんな僕の前に、ロイン。
やつは現れ、みごと僕を瀕死に追い込んだ。
そしてすぐに戻ってきて、今度は僕を完膚なきまでに打ち砕いた。
いったいどうすれば、そんなことができるというのだろうか。
(はは……面白いじゃないか……)
僕の人生は、予想通りの人生だった。
だけど、ロイン……彼はまったく予想外で、想定外だ。
(くそ……まるでわけがわからない……)
僕の退屈は、いつのまにか消えていたような気がする。
できるなら、もっと彼を見ていたかったな……。
もっと違う形で、彼と出会いたかったものだ。
◆
「あれ…………? ここはどこだ…………?」
ロインに焼かれ、死んだはずの僕だったが、急に目が覚める。
そしてあたりを見渡すも、真っ暗な空間が広がっている。
「あれ……? なにかあるぞ……?」
目の前に、なにか大きなものが存在することに気づいた。
だんだんと、暗闇に目が慣れていく。
「はは……嘘だろ……。まあ、そりゃあそうか……」
僕の目の前には、文字通り。
「こりゃあ退屈せずに済みそうだな……」
僕はあきらめ、覚悟を決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます