第109話 不穏な影


 アルトヴェールに帰還した俺たちは、しばらくのあいだゆっくり過ごした。

 みんなと会うのも久しぶりだ。

 それから、古龍の竜玉をガントレット兄弟のもとへもっていく。


「ロイン……これはまた規格外なものを持ってきたな……」

「まあ、あのダンジョンが規格外だからな」


「古龍の素材なんて見たこともないが、まあ普通のドラゴンと同じ要領で加工できるだろうからやってみるよ」

「ああ、頼んだ」


 さすがはガントレット兄弟だ。

 この二人に預けておけば、どんな素材でも加工してくれるという安心感がある。

 そのほかにも、ボス以外との細かな戦闘で得た雑多なアイテムを預けておく。


 そのあとは、俺たちは温泉につかったり、おいしい肉を食べたりして過ごした。

 もちろんサリナさんやドロシーとも長くあっていなかったから、夜のほうもバッチリ楽しんだ。

 クラリスやカナンとはダンジョンの中でもいろいろできたからな……。

 俺はみんなを平等に愛し、幸せにすると決めているから、そこは欠かさない。


 そうやって気ままに過ごしているうちに、数日が過ぎた。

 ある日のことだ、俺のもとに気がかりな情報が届いた。

 俺のもとへ一人の兵が、血相を変えて報告にきたのだ。


「ロインさん……! ロインさん……!」

「どうした……! 落ち着くんだ……」


「それが……ここから南の国、ヨルガストン帝国に存在する、テンペストテッタという町が……! 何者かに襲われて、壊滅状態になったという知らせをききました!」

「なんだって……!?」


 ヨルガストン帝国といえば、つい先日も俺がいろいろな物資を送った国でもある。

 同じ大陸の、国境を接する国だから、俺としても仲良くしたいと思っていた国だ。

 そしてそんな国が、今ピンチに陥っている……。


「それで……! どうなったんだ……! 現状は!?」

「ヨルガストンの軍隊が、テンペストテッタの街に向かったそうなのですが……」


 ゴクリ……。

 俺も兵も、同時に唾を飲んだ。

 そして彼は俺に残酷な真実を告げる。


「ヨルガストン帝国軍隊、大陸に名を轟かす気高き第一軍隊が――――全滅しました」

「…………なんだって…………!?」


 ヨルガストン帝国といえば、ミルグラウスほどではないにしろ、かなり軍事力でも優れた国だときく。

 それに、俺が送ったレアドロップアイテムもかなりの数になるし、並みの魔物には負けないはずだが……。

 そんな軍隊を壊滅させようとすれば、それこそ上位のレアドロップアイテムを装備でもしなければ難しいだろう。


「それで……敵は……!?」

「それが……非常に申し上げにくいのですが……」

「どうしたんだ……!」

「敵は……一人だそうです」

「そんなばかな……!」


 いったいこの世界でなにが起こっているのか、俺は困惑していた。

 今までも魔王軍が現れて、何度もこの世界は窮地に陥れられてきた。

 しかし、どれも俺を標的として、敵はやってきた。

 だから俺が戦いさえすれば、犠牲は最小限で済んできた。

 しかし、今回は俺の知らないところですでに戦いは終わっている……。

 敵はいったい何者なんだ……!

 まあ、どんな敵が相手だろうと……絶対に許せないことは確かだ。


「よく知らせてくれた……。どこからの情報だ……?」

「はい。それが、ヨルガストンの兵士が瀕死で逃げのび、このアルトヴェールの地にたどり着いたそうです。ロインさんからもらったレアドロップアイテムのおかげで、戦線を離脱できたそうです。そして私が彼らから話を聞き、お伝えした次第であります」

「そうか、それで……その兵士たちは……?」

「はい、彼らは医務室で治療中です」

「そうか、よくやってくれた。彼らに最高級のレアドロップアイテムで治療してやってくれ」

「ありがとうございます……! さすがは偉大なる我らがロイン王……!」


 兵士は誇らしげな顔で、部屋を出て行った。

 それにしても……敵は一人か……。

 ということは、人間なのか……?

 それか、魔族ということなのだろうか……?

 とはいえ、一刻を争う事態だ。

 今すぐに俺が駆けつけて、そいつを殺してやりたいところだが……。


「よし……! クラリス、カナン……! 話は聞いたな……?」

「うん……!」「もちろん!」


「絶対に許せない……! 俺たちでそいつを止めるぞ……!」

「そうこなくっちゃ!」「さすがはロイン!」


 なんとしてでも、これ以上被害が広がる前に、ヨルガストンを救うんだ……!

 俺たちは、急いでヨルガストン帝国に転移した。

 テンペストテッタの街へ転移すると、そこはまさに廃墟。

 壊滅状態と化していた……。

 がれきの中から血や煙の臭いが漂ってくる。

 美しかったはずの大都市が、戦場になっていた。


 ヨルガストン帝国から追加で派遣されてきた兵士たちが、今も戦いを続けているようすだ。

 みんな悲鳴をあげながら、どんどんとやられていっている。

 このままでは全滅も時間の問題だろう……。


「くそ……! 誰がこんなことを……!」


 そしてその中に、一人たたずむ人間がいた。

 戦場だというのに、傷ひとつ、ほこり一つ、返り血ひとつつかないで、まっさらなままがれきの中に立っている。

 そしてその手には、死人の頭が握られていた。

 彼はそのまま、その頭蓋を握りつぶした。

 そしてははっと子供のように無邪気に笑ってみせる。


「あは……! またレベルアップだ。僕ってどこまででも強くなるなぁ……」


 その姿を見て、俺は血が煮えたぎり、沸騰するのを感じた。

 あれは、間違いなく人間だ。

 魔族ではない、生身の人間。

 しかし、やっていることは悪魔よりも酷い。

 あんな人間は、生かしておくわけにはいかない。

 生まれて初めて、あれほど悪という言葉がふさわしい人間を見た気がする。

 俺は、あいつを倒すために勇者になったのかもしれない。


「ってめえええええええええ!!!! 許さねえ……!!!!」

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