第110話 対峙する二人


「てめえええ!!!! 許さねえ!!!!」


 気づいたときには、俺はそいつに向かって走り出していた。

 もうなにも考えずに、ひたすら敵を倒すことだけを考える。


「ロイン……!」


 後ろでクラリスが叫んだ気がしたけど、俺の耳には聞こえない。

 もはや一刻も早く、あの悪魔を葬り去ることだけを考え、俺は剣を抜いた。


「うおおおおおおおおお!!!!」


 ――ドガーン!!!!


 俺の攻撃は地面に炸裂し、がれきを巻き上げる。

 しかし、そこにさっきの男はいなかった。

 男はバックステップで俺の攻撃を避けていた。

 そして彼は俺を確認するなり、再びにやついた笑みを浮かべ、こう言った。


「あは……! やっと見つけた……! おびき出し作戦成功かな……? 君が勇者ロイン……そうだろ?」


 男がなにやら俺に言ってきたような気がするが、もはやそんなことはどうでもいい。

 こいつだけは、殺さねばならない。

 そういうふうに、俺の中の本能が告げる。

 こいつを生かしておけば、さらに多くの人間が死んでしまう。

 それだけは確かだった。


「うるせえええええええええ!!!!」


 ――ズシャアアア!!!!


「おおっと……」


 ようやく俺の剣が、男にたどり着く。

 男のほほをわずかにかすめ、やつにかすり傷を負わせることに成功。

 今までまったくの無傷だった彼の表情が、一瞬変化する。


「ようやくまともに戦えそうな相手だね……! そうだよ! これだよ! これを待っていた! どいつもこいつも退屈すぎるんだよ…………! おいお前……! もっと僕を楽しませろよ!」


「は…………?」


 なんだこいつは……。

 さっきまでの感じと雰囲気が変わった。

 豹変したというか……。

 まるで子供が無邪気に遊んでいるような声色。

 これが本性なのか……?

 あれだけ人を殺しておいて、退屈だと……?

 ふざけやがって……!

 彼らはお前の退屈しのぎに殺されたのか……!?

 俺の中で、さらに怒りが燃え上がる。


火炎龍剣ドラグファイア――!!!!」


 俺はまるでその怒りを炎に具現化させるような気持ちで、火炎龍剣ドラグファイアを放った。

 やつに向けて、巨大な炎の帯が打ち付けられる。


 ――ゴオオオ!!!!


 しかし、やつはそれを食らっても無傷なままその場に立っていた。

 いったいどういうことだ……!?

 俺のステータスは、上位装備で固め、普通の人間ではとても太刀打ちできないほどなのに……!?

 やつの強さからして、人間離れしてはいるが……いったい何者なのだろうか。


「ふん……! そんなものかい?」

「いや……まだまだだ……!」


 だが俺もこれだけで終わるわけじゃない。

 普通の攻撃が通らない相手とも、今まで戦ってきた。

 これでダメなら、さらに強力なスキルで攻撃を浴びせるだけだ。


極小黒球グラビトン――!!!!」


 まずはこれで相手の動きを止める!


「おおっと……!」


 そして――。


運試しの賽子ファンブルギャンブル――!!!!


 剣撃分身デュアルウェポン――!!!!


 追いエクストラチャージ――!!!!」


 俺に出せる攻撃の威力を、最大限まで高める。

 このイカれた男は、俺が一撃で葬ってやる。


魔力全放射マジックバーストおおおおおおおおおお!!!!」


 俺の全魔力を使用して、最大ダメージを与える大技。

 確実に俺の攻撃は、やつにあたったはずだ。


 ――ズドドドドドド!!!!


 極小黒球グラビトンで逃げ場を失ったやつの肉体に、俺の全魔力が光線となって注がれる。

 しかし、俺の目に映るダメージ数値はごくわずかなものだった。


「そんな……嘘だろ……」


 ――ゼロ、ゼロ、ゼロ……ゼロ。


 どうやってもやつにダメージを与えることはできないのだろうか……?

 そして俺は、このまま負けてしまうのだろうか……?


「はっはっは……! やはり君も大したことはないようだ……! なんたって僕は転生者だからなぁ!」


「転生者……?」


 やつの口から、そんな言葉が飛び出す。

 そういえば話には聞いたことがある。

 これも古龍などと同じく、おとぎ話の伝承の中でしかきいたことのない話だが……。

 過去には転生者と呼ばれる、特殊な力を持った存在が、勇者とは別にいたという。

 彼らは普通の人間にはないような特別の才能を持ち、他を圧倒的に凌駕したそうだ。

 そしてもし彼が本当にその転生者だというのなら……俺に勝ち目はないということか……?

 だが、俺の知っている転生者という存在は、世界を危機から救ったりした英雄てき存在だ。

 しかし目の前の男は、どうみても人間に敵対する、悪魔のような人物。

 仮に勝ち目がないとしたって、そんな奴に負けるわけには絶対にいかなかった。


「くそ……! 転生者だと……? 特別な力……?」


 俺は、ずっとそういった存在にあこがれていた。

 だって俺は、スライムすら倒せずに、ずっと何者にもなれない人生を送ってきたから……。

 だけど、だからってあきらめきれるものじゃない、負けるわけにはいかない。


「ふざけんなよ……!」


 俺はもう一度、覚悟を決めてやつに突撃する。

 すでに魔力は切れているが、このなんでも斬れる剣で、やつを真っ二つにするまでは、俺は死ねない。


「うおおおおおおおおお!!!!」


「はは……! 無駄無駄無駄無駄ァ!!!! 僕と君とではレベルがまったく違うんだからさぁ! ステータスが違いすぎるんだよぉ!!!!」


 男はそう言って、今度は俺の攻撃を避けようともしなかった。

 刹那、俺はやつの言葉を考える。

 レベル……というのはなんなのだろうか……。

 俺にはわからない概念だが、転生者にしかわからないことなのだろうか?

 だが、ステータスが俺と違いすぎるというのは、どういうことだ……?

 俺のステータスはカンストしているし、上位装備でそれをさらに強化もしている。

 そんな俺のステータスをも凌駕するとなると……それは少し想像もつかない。

 もしかしたら、それさえも突破して強化する方法でもあるのだろうか。

 それが、やつのいうレベルというものなのか……?

 だとしたら、本当に俺に勝ち目はないのだろうか……?

 いや、まだだ。


 この破龍のつるぎは、ステータスに関係なく、なんでも斬れる剣なのだ。

 一発当てることさえできれば、俺にも勝機はある。

 やつはすでに俺をみくびって、油断している。

 だとしたら、今がチャンスだ……!


 ――ザク!


「…………!?」


 俺の刃が、やつの肉体に届いた。

 やつは俺の攻撃が通用しないと高を括っていたのか、驚いた顔を見せる。

 そしてそのまま、俺はやつを引き裂こうとした。

 だが、やつはものすごいスピードで、身を後ろに引いてそれを回避した。

 俺が剣を振り切る前に、後ろに下がったのだ。

 つまり、カンスト性能の俺よりも、はるかに敏捷性で優れているということになる。

 やつのステータスが俺を凌駕していることは、どうやら本当らしい。


「っく……! よけられた……!?」


「っぐああああああああああああああああああああああ!!!!」


 俺の刃がわずかだがやつの肉体をとらえ、そのおかげでさっきよりも深い傷を負わせることに成功する。

 そしてやつは、傷口を抑え、発狂した。

 傷口からは血がドクドク流れ出している。

 よけるのがあと数瞬遅ければ、俺の価値は決まっていただろう。


「血が……! 血がああああああああああ!!!! よくも……! よくもこの僕に傷をつけたなあああああああああああああああああ!!!! ママ……! ママああああああああああああああ!!!!」


 俺は唖然としてしまう。

 さっきまで猟奇的な殺人者だと思っていた相手が、今度は子供のように泣き出したのだ。


「許せない……! 許せない……! 僕の綺麗な体に! よくもこんな……!」


 そしてやつは、突然俺のほうへ向かってきた。

 先ほどまでとは打って変わって、ものすごいスピードでこちらに仕掛けてきたのだ!


「ロイン……! 逃げて……!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る