第78話 スカウト3


 俺は、ドレッドとレドットの兄弟を連れて、酒場にやって来た。


「ベラドンナという女性に会いに来た」


 従業員の男にそう言うと、カウンターにいる女性の一人を指さした。

 カールした深い緑色の髪が特徴的な、清楚な感じのお姉さんだった。

 酒場で働いているとは思えないほどの清楚っぷりだ。

 あれじゃあ花屋と勘違いされてもおかしくない。


「あれがベラドンナか。綺麗な人じゃないか。あんたらには似合わないくらいに……」


 俺がそう言うと、ドレッドが、


「ああ、そうだろう。だから困ってんだよ。俺たちには、マジでもったいねえ子なんだ……」

「だからと言って、他の男に渡す気はないんだろう?」


「ああ、もちろんだ。ベラドンナに近づく男がいたら、許さねえ」

「だったら、もう腹をくくるしかないな」


 とりあえず、兄弟にはそこにいてもらって、俺一人でベラドンナに話をしにいくことにする。

 俺は、ベラドンナの前のカウンター席に座った。


「リムしゅを一杯」


 適当に、いつも飲む酒を頼む。


「あら、あなた……勇者ロインさま?」

「なんだ、俺を知ってるのか?」


「そりゃあもちろん、この街で知らない人はいないわ」

「そうか……」


 ベラドンナは上機嫌だった。

 なんだろう……後ろのほうから、兄弟の視線を感じる。

 いや、俺にそんな気はないんだが……。


「アンタ名前は?」

「私はベラドンナ」


 まあ、知っているけど訊いた。

 じゃないと、不自然だからな。


「ベラドンナか……いい名だ。それで、そんなに美人だったら、誰もほっとかないんじゃないか?」

「またまた、ロインさん。口説こうたって無駄ですからね」


 いや、別に俺は口説く気はないんだが……。

 ただ兄弟のことを聞きだそうとしているだけなんだけど。

 おかしいなぁ。

 だが、これはいい話が聞けそうな感じだぞ。


「ということは、誰か心に決めた相手がいるのか……?」

「そういうわけじゃないんだけど……。気になってる常連さんがいるの……不器用なね」


 お、これはビンゴじゃないか?

 ベラドンナのほうも、兄弟のことを意識しているってことか……!?


「ほう、だったら……気持ちを伝えたらどうなんだ? 相手も、きっと気になっているに違いない。だって、それだけ美人なんだからな」

「ふふ……ロインさんはお上手ね。だけど……そう単純な問題じゃないのよ……」


 まあ、兄弟は二人だからな……。

 ベラドンナにその気があったとしても、どちらかに決めかねているということもあるのだろう。

 一妻多夫というのも、ありかもしれなが、彼らがそれをどう考えているかはわからないしな。


「じゃあ、相手が気持ちを伝えてきたら、どうするつもりだ?」

「そりゃあ……ね。考えると思うわ。そのときは真剣に」

「そうか、それが聞けてよかった」

「え……?」


 俺は、その場からたちあがり、兄弟のほうへ歩いていった。

 そして、彼らをベラドンナの前に引きずりだした。


「って……えぇ!? ドレッドとレドット……!?」


「「や、やあ……ベラドンナ……」」


 二人は照れくさそうに、おんなじ顔をしてみせた。


「さあ、二人とも、頑張れ……!」


 俺は兄弟のせなかに、ドンと平手で気合を入れた。


「「ベラドンナ……お、俺と……付き合ってくれ……!」」


「はぁ……もう、二人とも……一体何年待たせる気よ……」


 お、ベラドンナのほうもまんざらでもなさそうだぞ……!?


「わかったわ……」


「「じゃ、じゃあ……俺と……!?」」


 しかし、どっちと付き合うんだ……!?

 兄弟は、お互いに顔を見合わせて、威嚇しあった。


「「おい、俺が付き合うんだ……! 俺がベラドンナと結婚するんだ……!」」


 これは、収集が付かないな……。

 ベラドンナにスパッと決めてもらわないと。


「私は、どっちとも付き合います……!」


「「え…………?」」


 お、これは……思い切った発言だなぁ。


「だってだって、二人とも、たくましくって大好きなんだもん~!!!!」


「「「えええええええええ!?!!?!?! そ、そうだったのかああああああ!?!?!?!」」」


 これには俺もびっくりだ……。

 まさかベラドンナもそれだけ兄弟を思っていたなんて……。

 まあ、一妻多夫も、一夫多妻と同じく、都会では珍しいことではない。 

 女性でそれをする人は、あまり多くないというのもあって、やっている人は少ないが……。


 それにしても、まさか両想いだったなんてな……。

 いったいこいつらの悶々とした日々はなんだったんだ?

 もう勝手にしてくれって感じだな……。


「なあベラドンナ……なんで今まで言い出せなかったんだ?」


 俺は、気になってそう訊いた。


「だってだって……二人を選ぶことなんてできないし……。それに、そんなこと言いにくいじゃない……」


 まあ、女性から二人ともと付き合うなんてのは、言いにくいという、世間の風潮もあるか……。

 それに、好きすぎるあまり、気持ちを確認するのが怖いっていうのもあるんだろうな。

 まあ、幼馴染ゆえのもどかしさってやつか。

 それが、第三者である俺の介入によって、こうもあっさり解消されるとはな。

 俺としては、なんだったんだこいつらって感じだが……。

 まあでも、本人たちが幸せならオッケーです。


「しばらく付き合って……それで、最終的にどっちと結婚するかを見極めます! それまで、お試し期間ということで……! も、もしかしたら……選べなくて二人とも結婚するかも……だけど……!」


「「わ、わかった……! 負けないぜ……!」」


 兄弟はお互いにバチバチと火花を散らし合った……!

 なんなんだマジでこの三人……。

 もう三人で結婚しろよ……。

 と、呆れる俺なのであった。





 で、俺たちはまたアルトヴェール領に戻って来た。

 ベラドンナも一緒だ。

 彼女はミレージュの酒場を辞め、アルトヴェール領で酒場をひらくことになった。

 アルトヴェール領にはたくさんの商人や兵士が、今後もどんどん集まってくるから、酒場の需要はいくらでもある。

 ベラドンナは前から自分の店を持ちたいと思っていたらしく、ちょうどよかったそうだ。

 それに、兄弟ともずっと一緒にいられるしな……。


 ガントレット兄弟は、はじめ、ベラドンナを取り合って、ずっと威嚇し合っていたが……。

 作業が始まると、まるで子供のころに戻ったかのように仲良くなりだした。

 二人とも、レアドロップ素材に目を輝かせて、夢中だ。


「おい、弟よ! そっちの素材をとってくれ」

「ああ、わかった! 俺はこっちの素材を担当するから、兄者はこれを頼む……!」


 兄弟が力を合わせたら、ものすごいパフォーマンスを発揮した。

 これなら、全然間に合いそうだ……!

 そんな2人の姿を、ベラドンナはいとおしそうに見つめている。


「ふふ……私はね、ああいう二人の姿が、昔っから大好きなの。ありがとうね、ロインさん」

「いや……俺は別になにも……」


 実際、俺はちょっと掛け違えたボタンを修正しただけだ。

 もともと、この幸せな姿を形作っていたのは、彼ら自身だ。

 でも、俺もよかったなぁと思う。

 アルトヴェール領には、もっとこういう景色が増えてほしいな。

 そう思う俺なのであった。

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