第39話 苦戦【side:勇者パーティー】

※三人称視点



 アレスターたち勇者パーティー一行は、ロインより一足先に、龍の頂に到着していた。

 ロインが街でドラゴンキラーと崇められているころ……。


「ここが敵の拠点か……」


 魔王軍幹部デロルメリアが根城を構える龍の頂――。

 そこはかつての神々しい姿とは変わり果てていた。

 もはやドラゴンたちの隠れ住む楽園ではなくなったのだ。


 今やその頂上には禍々しい魔王城のようなものが建てられ、そこからは毒々しい煙が立ち上っている。

 デロルメリアはその中で、人類侵略のために魔力を練っていた。

 そして魔物軍団を創り出し、戦いの準備を進めている。


「絶対に俺たちが倒してやる……!」


 アレスターは勇者らしく覇気のある表情で、魔王城を睨みつけた。


 そして彼らはダンジョンの中へ入っていく――。

 龍の頂の山頂にある魔王城、そこへ続く、ダンジョンへと――。





「くそ……! 中にもまだこんなにドラゴンが……!?」


 ダンジョンの中は、ドラゴンだらけであった。

 レッドドラゴン、ホワイトドラゴンの他にも、様々なドラゴン。


 アレスターは勇者とはいえ、それほどドラゴンとの戦闘経験があるわけではない。

 そこに、大量の未知のドラゴンだ。

 当然、苦戦を強いられる。


「おいゲオルド! しっかり盾を張れ!」


 アレスターは傷を負いながらも、決して自分のミスを認めなかった。

 自分の負った傷はすべて、盾職のゲオルドがへまをしたからだと決めつけていた。


「くそ! 敵の数が多すぎる! こう四方を囲まれていたら、俺の盾だけじゃムリだ!」

「いい訳はよせ! みっともないぞ! お前は仮にも勇者の盾だろう!」


 戦いが上手くいっている間はよかったが、こう厳しい状況が続くと、パーティーの雰囲気も悪くなってくる。

 特にアレスターは、先日の敗北が尾を引いて、イライラが募っていた。


「エレナ! 回復はどうした……!?」

「っく……やってるわ……でも、追いつかない!」


 しまいには、回復役のエレナにも当たり散らす始末。

 ドラゴンブレスの間をかいくぐりながら、戦闘を行うのは、至難の業であった。

 継続的なダメージをやわらげるため、エレナは必至の回復を強いられた。


 アレスターも必死に前にでて、剣で攻撃を行うが……。

 龍の鱗は思ったよりも固く、弱点をピンポイントで狙わなければ、ダメージがろくに入らない。


「くそ……! なかなか当たらねえ!」


 次第にアレスターのストレスがだんだんと溜まっていく。

 ただでさえイラついているのに……怒りのボルテージがだんだん高まっていく。

 そのいらだちは、他のパーティーメンバーたちから見ても明らかだった。

 悪い雰囲気は、周りに伝播していく。


「ねえアレスター! さっきから全然当たってないじゃない! 私の魔法ばかりよ? 倒してるの!」


 モモカも攻撃魔法を撃ちながら、アレスターを責める。

 この中で唯一モモカだけが普段通りの仕事をできていた。

 彼女の強力な攻撃魔法は、ドラゴンの固い皮膚すらも打ち砕く。


「っち……! 俺は一生懸命やってんだよおお!」


 アレスターは怒りにまかせて、ドラゴンに無防備に斬りかかる!

 ――キン!

 しかしデタラメな剣撃は、ドラゴンの尻尾に弾かれてしまった。

 アレスターの剣が、地に落ちる。


「あ……!?」


 そこへドラゴンの強力なブレス……!

 ドラゴンは隙を見逃さなかったのだ……!

 アレスターは絶体絶命。


「っち……勇者のくせに面倒をかけやがって……!」


 ゲオルドは身を呈して、アレスターの前に躍り出る。

 盾を全身で支え、ドラゴンの強ブレスを何とか耐えきった。


 ――ズドーン!


 そこをすかさず、モモカの攻撃魔法がドラゴンを射抜いた!

 アレスターに気を取られていたドラゴンは、脳天を貫かれ、死亡する。


「ふう……なんとかなったみたいね……」


 モモカの攻撃魔法で、この場はなんとかしのぎ切ることができた。


 ゲオルドの盾を持つ手は震えていた。


「あ、ありがとう……」


 危機一髪で難を逃れたアレスターは、自然とゲオルドに礼を言っていた。

 彼が咄嗟にアレスターを庇わなければ、死んでいた。


 冷静になってみると、一番足を引っ張っていたのはアレスターだった。


「てめえ! 勇者のくせに、一回負けたくらいでナヨナヨしてんじゃねえ! こっちは命かかってんだぞ!」


 ゲオルドはアレスターの首元を掴み、喝を入れる。

 ここで立て直さないと、とてもではないがこの先に進めない。

 アレスターはそれで目が覚めたように、表情に覇気を取り戻した。


「あ、ああ……すまなかった……」


 気を取り直して、全員で先へ進む。

 ダンジョンを抜けると、いよいよデロルメリアとの対決だ。





「魔王軍幹部デロルメリア! 俺は勇者アレスター・ライオス! この世界を脅かすことは、この俺が絶対に許さん!」


 再び覇気を取り戻したアレスターは、堂々とデロルメリアのいるボス部屋の扉を開けた。


 しかし――。


 ――キュルルルルルルルル……。


 ――ズドーン!!!!


 扉を開けた瞬間、アレスターたちの元へ、超高速で光線が飛来した。

 完全に不意を突かれたアレスターたちは、なす術がなく。


 アレスターは間一髪で、当たらなかったものの、髪をわずかにかすめた。

 彼の金髪の一部が、焦げてしまう。


「な……!?」


 アレスターは恐れのあまり、その場で動けなくなっていた。


(なんだ今の攻撃は……。まったく見えなかった……。これが、魔界から来た異世界のモンスター……!?)


 驚きのあまり、アレスターは味方たちがどうなっているかに気づかなかった。

 足元に、生暖かい液体が流れてきたのを感じで、ようやく我に返る。


 アレスターが足元をみると、そこには大きな血だまりができていた。


「は……………………?」


 一瞬、意味が分からなかった。

 アレスターに、敵の光線は当たらなかったはずだ。

 だが、アレスターの後ろにはパーティーメンバーたち。


 そこで、アレスターは気がついた。


(誰に……当たった……!?)


 この血は、仲間の内の誰かのものだ。

 そう気づく。

 時が、一瞬が、永遠にも感じられる。


 だが、アレスターは決して振り向こうとはしなかった。

 振り向くのが、怖かった。


「なあ……」


 突然、ぽんと、アレスターの肩に手が置かれる。

 ゴツゴツとした男の手。


(よかった……ゲオルドは無事だ)


 ゲオルドはアレスターにこう言った。


「俺は……あの悪魔野郎を絶対に許せねえ……! なあ、アレスターよ……」

「あ、ああ…………」


 そう力なく応えたアレスターの声は、震えていた。


 ゲオルドはアレスターを差し置いて、一歩前に出る。


「こっから先は、誰も死なせねえ……!」


 盾を構え、アレスターたちを守ろうとしている。


 ふと、アレスターの耳に泣きじゃくる女の声が聞こえた。


「ぐすん……ぐすん……ダメ……ダメ……死なないで…………!」


(エレナ……? 泣いているのか……?)


 アレスターの後ろで、エレナが泣いている。

 そして必死に回復魔法をとなえている。


 ということは……モモカに光線が当たった……!?


 アレスターはその結論に達していながらも、後ろを向く勇気が出ない。


「うおおおおおおおおおお! 俺たちが世界を救うんだ! いくぞアレスター!!!!」


 ゲオルドはそう叫ぶと、あの悪魔――デロルメリアに向かって突進していく!

 そう、ゲオルドはアレスターが後ろからついて来ていると信じていたのだ。


 だが、アレスターは動かなかった……。


(くそ……! 俺は……!)


 アレスターは後ろを振り向くことも、前へ進むこともできずに、ただその場に立ち尽くす。


「ぐわああああああああああああ!!!!」


 目の前で、ゲオルドの盾が破壊された。

 ゲオルドはモモカと同じように、光線で焼き尽くされた。


「っひ……!?」


 アレスターは思わず目を閉じる。


(このままでは……俺も殺される……!?)


 次にアレスターがとった行動は――。


「ごめん……! みんな……!」


 アレスターは後ろを振り向くと、一目散に逃げだした。

 振り向いたときに、倒れているモモカが目に入った。


 そして、そのモモカを必死に治療し続けるエレナも……。


 しかし、アレスターは逃げ続けた。

 モモカの姿を見てしまったことが、アレスターにさらに歩をすすめさせた。


(モモカ……ゲオルド……エレナ……)


 アレスターは元来たダンジョンを引き返す。

 逃げながら、モモカの姿が脳裏に焼き付いて離れない。


「おぇ…………!」


 アレスターはその場に吐いてしまう。


(モモカ……顔が、なかった……首からうえが……)


「おぇええええええ……!!!!」


 エレナは、どうなったのだろうか……。

 そんなことを考えながら、アレスターは立ち止まっていた。


 今から引き返せば……いや、それももう遅いか……?

 などと考えるが、それはただのいい訳に過ぎない。


 本心では、もはやアレスターに戦う気など残っていなかった。

 あまりの気分の悪さに、ダンジョンの途中で立ち止まってしまったアレスター。

 そんなアレスターの元に、大きな影が差す。


「あれ……?」


 ふとアレスターが振り返ると、そこにはみたこともないほどの巨大なドラゴンがいた。


「はは……バチがあたったのか……」


 もうアレスターに抵抗しようという気は――。




 ――無かった。






 ――グシャッ!

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