第34話 接敵


 ちょうど俺たちが情報屋を出て、大通りを歩いていたときだ。


「ね、ねぇロイン……あれ、……」


 急にクラリスが立ち止まり、上を指さした。

 ふと見ると、周りの通行人たちも上空を見上げている。


「おいおい、まじかよ……」


 俺も上を見上げて、異変に気付いた。

 空の一部が、まるで引き裂かれたように傷になっている。

 真っ青な空に、一筋の真っ黒な傷……。

 それが、不気味な音を立ててじわじわと開いているのが見えた。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。


「あ、あれが……情報屋が言っていた時空の歪みとかいうやつか……?」


 ついに、魔界とこちらの扉が開かれるというのか……?

 魔王だなんだってのは、おとぎ話だと思っていたが……。

 案外勇者というのも、バカに出来んものなのかもしれない。


「お、おい……! アレを見ろ!」

「なんか出てきてるぞ!」


 街行く人々の、そんな声を聴き、俺は再びそこに注目した。

 すると、どうだろうか……。

 空の裂け目から、大きな人型の――悪魔のような生物が姿を現している。


「あ、あれは……!?」


 あれが魔界の生物だというのか……!?

 まるでこちらにいるモンスターとは次元が違う……。

 あれが魔王だとすればまだいいが、あれで普通の敵だとすれば、絶望的だ。

 遠目からでも、十分にその強さがわかる。


「うわああああああああ! この世の終わりだ……!」


 街行く人の何割かは、そう言って逃げ出していた。

 家財やなにやらを持ち出す人もいれば、着の身着のままで逃げ出す人。

 他にも、我こそはと武器を持ち出し粋がる人。

 または占いや適当なデタラメを吹き込む人。

 空に向けて拝みだす人など、街路はさまざまな人々で混乱状態にあった。


「くそ……いったいなにが起こっているんだ……!?」


 当の俺は、突然の事態になす術もなく、立ち尽くしていた。

 敵は……いや、そもそも敵かどうかすら怪しいが……。

 とにかくその悪魔は、はるか上空で制止している。

 こちらからなにかできることはない……。

 ただ、不安を押し殺して眺めることしかできないでいた。


 ――アアアアア!!!!


 そのとき、上空の悪魔から、そんな声が轟いた。

 すでに空の亀裂はふさがっていた。


 悪魔は、街全体……いや、世界全体にも響き渡るような声で言った。

 いや、言ったというのは正しくないのかもしれない。

 正確には、我々人類の脳内に直接メッセージを送り込んできたのだ。


「我は……魔王軍幹部デロルメリア! 人類侵攻の第一矢として、魔界より参上した……!」


 な……!

 魔王軍幹部だと……!?

 やはり、あの悪魔的な形状からして、敵ということで間違いなかったようだ。


 しかし、人類侵攻だと……!?

 せっかく俺の冒険者生活が軌道に乗り出してきたところに、邪魔をしてくれる。


「時空間周期の乱れにより……魔界とのゲートが予定より早く開いた。それゆえ、我が参上した! 人類よ! 恐怖せよ! これは始まりに過ぎない! ゲートは常に、その口を広げている……! この人類世界が魔物で満ちるときもすぐだろう……!」


 などと、悪魔が大声でわめきたてる。

 赤子や女子供は泣き叫び、男たちはもう終わりだと嘆きだす。

 しかし、俺は違っていた。


「ロイン……?」


 クラリスが不安そうな顔で俺を見る。


「大丈夫だクラリス。俺の生活を邪魔するヤツは、悪魔だろうが魔王だろうが……斬る……!」


 そうだ、俺はいつだってそうしてきたじゃないか。

 邪魔をする奴はちゃんと抵抗して、斬り伏せる……!

 そうしないと、奪われるだけだ……!

 奪われるだけの人生はもうごめんだ……!

 俺はもう変わった、俺は勝ち取る、自分の生活を!


 魔王軍幹部デロルメリアは、さらにこう続けた。


「我はここ【ドラゴンマウンテン】にて拠点を築く! そしてここを、侵略の前線基地とする! 抵抗するものはかかってこい! すべて皆殺しにしてくれよう!」


 などと言い――。


 ――ズドーン!!!!


 【ドラゴンマウンテン】のある方角に、飛んで行った。

 ドラゴンマウンテン――確か、死の火山と並ぶ巨大な山だ。

 文字通り、ドラゴンたちの住むダンジョンがあり、危険な地域だったはず。

 そこを拠点として人類を侵略しようなんて……!

 勝手なことをぬかしてくれる……。


「ね、ねえロイン……本当にアレと戦うの……?」


 またもクラリスが、不安げな表情で俺を見やる。


「ああ、当然だ。俺は平穏を揺るがす存在を許せない。それに……」

「それに……?」


 まあきっと、あの例の勇者パーティーも奴と戦おうとするんだろう。

 だが、奴らは所詮、俺に負けた奴だ。

 俺は今は5位とはいえ、実質この街で一番強い。

 そんな俺が、行動しないでどうするんだ……?


「あの勇者パーティーなんかに任せておけないしな……」

「うん、ロイン! 私も戦う……!」

「ああ! クラリスと俺なら、魔王軍の幹部だろうが、余裕だ!」


 少なくとも、あの勇者パーティーよりはましな戦いができるだろう。

 それで俺たちが敵わなければ、そのときは人類もろとも、侵略され滅びるだけだ。

 俺には、戦う理由がもう一つあった。


「それになぁクラリス……」

「ん……?」

「魔界の奴らがどんなレアドロップアイテムを落とすのか、興味がないか?」

「えぇ……。結局ロインって、それなの……?」


 クラリスには呆れられてしまったが、俺にとってこんな魅力的なことはない。

 魔界からきたあのデロルメリアとかいったか……。

 あの悪魔は、とにかくこの世のものとは思えないような形状をしていた。

 この街からでも見える巨大さだ。

 きっとこの周辺国からは、どこにいても見えただろう……。


「そんなやつが落とすレアドロップアイテム、ぜったに規格外のものに決まってる……!」


 俺はいつのまにか、不安よりもワクワクが勝っているのに気がついた。

 そう、俺はあの日から、戦い、得るよろこびを知ったのだ。

 初めてスライムを倒せた、あの日から――!

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