第29話 家族


「ちょっと! ここから出しなさいよ!」


 鏡の中の幽霊が、俺にそう訴えかける。

 だが……そんなことを言われても、どうすればいいのかわからない。


「ど、どうやって……?」

「わ、わたしもわかんないぞ……」

「わからんのかい!」


 だが、この幽霊をどうする?

 こいつはいわば、俺の買った家に住み着いていた奴だ。

 つまり……かなり邪魔な存在。

 家具も滅茶苦茶にされたし……。

 そんなヤツを、出してやってもいいのか?


「よし、交換条件だ」

「は……?」

「お前をここから出して、この城に住まわせてやる。その代わり、家具の片付けと、日ごろの家事をやってもらう!」

「ふん! 誰が人間なんかの言うことを聞くものか!」


「よし、じゃあ出さない!」

「えぇ…………!」

「当たり前だろ……!」

「うぅ……」


 そもそも……こいつも幽霊なだけで元は人間なのでは?

 というか、どうしてこんなところに、いたんだろう?

 そして、どうして俺を呼び止めた……?


「なあ、ドロシーとかいったか……その、よかったらお前のことについて教えてほしい」

「え……? い、いいのか……?」

「ああ、ぜひ聞かせてくれ」

「じゃあ……」


 そしてドロシーは語り始めた。

 自分がどうして死んで、ここに住み着いたのかを。


「そうだったのか……そんなことが……」


 ドロシーの話によると、彼女は元はここのお姫様だったらしい。

 しかし、500年前突如として魔界から現れた魔王軍によって、彼女の家族は殺された……。

 魔王軍はなんとか当時の勇者たちが追い返したようだが……。


 残った彼女は、自ら命を絶ったのだそう……。


「それは……辛かったな……」

「え……? 私のために……泣いているのか……?」


 俺は、いつのまにか手鏡に涙をこぼしていた。

 だって、彼女はそれからずっとここで寂しく……。


「私のために泣いてくれて……ありがとう……」

「いや、いいんだ……気持ちはわかるよ。俺もいろいろ辛い経験をしてきた」


 俺がそっと手鏡に触れ、彼女の頬を撫でると――。

 ドロシーの警戒心たっぷりだった顔が歪んだ。


「うぇええん! 実は、私……とっても寂しかったんだ……! だから、お前をここに呼び止めた……!」

「そうだったのか……」


 鏡の中のドロシーは、どこか満足げな感じがした。

 そうか……彼女は、成仏するんだな……。

 なんとなく、俺はそんなふうに考えた。


「じゃあ……私は、もう行くわ……」

「そうか……最後に会えてよかったよ」

「ねえ、名前……聞かせて?」

「ああ、ロインだ。ロイン・キャンベラス」


 なんだか俺も、すがすがしい気持ちだ。


 ――シュウウウン!


 手鏡の中のドロシーは、満足そうに笑うと、そのまま消えてしまった。

 彼女は……もうそこにはいない……。

 なんだかわからないが、とにかく成仏させてやれてよかったな……。

 そう思い、俺は後ろを振り向いた。


 しかしそこに立っていたのは……。


「ど、ドロシー!?」

「あ、あれ……?」


 な、なぜ成仏したばかりの彼女が、ここにいるんだろうか?

 しかも、さっきのような幽霊体ではなく、足までちゃんと生えている。


「あ、アハハ……なんか、成仏できなかったみたい……」

「っていうか……蘇ってるんじゃ……」


 まさか……これって、この手鏡の力なのか……?

 レアドロップアイテムだから、なにか効果があるだろうとは思ったが……。


「と、とにかく……その……これからよろしくな……?」


 ドロシーは俺にはにかんだ。

 口ぶりからして、こいつは出ていく気はないらしい。

 まあもともとここのお姫様だったってことは、彼女にもその権利があるのかもしれないが。


「はぁ……別にここに住むのは構わないが……その前に、さっきの家具を片付けろ!!」

「ふええええん!」


 かくして、俺は謎のアイテムと謎の居候を手に入れたわけだ。

 まあ、俺たちが留守の間この家に居てくれるそうなので、助かりはする。





「ということで……ドロシーちゃんです! はっはっは!」


 ドロシーは、我が物顔でサリナさんとクラリスに挨拶した。

 寝ぼけ眼の2人は、俺に呆れた目を向けてくる。


「ねぇ……新居を買った途端、新しい女の子を連れ込むってどうなんでしょうね……? 私、ロインさんのことが心配になってきました……。このままお城に入りきらなくなるまで嫁を増やす気ですか?」

「いやいやいや! 俺じゃない俺じゃない! こいつが勝手に住み着いてたんですって!」


 俺はサリナさんに必死に説明するが、なかなか信じてもらえない。

 どうにかしてこいつが幽霊だと証明しなくては……!


「だって……ねえ? ドロシーちゃん、足もあるし、幽霊には見えないよ」


 とクラリス。

 しかし、実際に俺は見たのだ!

 こいつが浮いているところを……!


「夢でも見たんじゃないですか……?」

「そ、そんなぁ……!」


 そうだ!

 この手鏡を使えば、なにか証明できるかもしれない。

 さっきのように、ドロシーが手鏡の中にいるようすを見れば、2人も信じざるを得ないだろう。

 でも……どうやって……?

 ええいままよ!

 俺は一か八か、ドロシーに向けて手鏡をかざした。


「ドロシー! 手鏡に、戻れ……!」

「え……?」


 ――シュウウウン!


 すると、本当にドロシーは手鏡に吸い込まれてしまった。


「ど、どうなってるんですか……?」

「さ、さぁ……? 本当にどうなってるんだ……!?」


 俺たちは目の前の光景が信じられないでいた。

 なにか……こんなおとぎ話を聞いたことがあったような気もする。


「ちょっと! こっから出しなさいよ!」


 またドロシーが、鏡の中で暴れている。


「ああ、悪い悪い……えい!」


 すると、今度は簡単にドロシーが具現化した。

 どうやらこれは……この手鏡の効果のようだ。


「ふぅ……もう二度と鏡に閉じ込めないでよね! さみしくて、怖かったんだからぁ!」


 ドロシーは少し涙目になってそう訴えた。

 たしかに、長い年月を独りで耐えたドロシーにとって、酷なことだった。

 また再び、誰かを待つなんて、耐えられないよな……。


「ドロシー……もうお前は一人じゃない。俺たちが、家族だ!」

「ロイン……」


 俺たちはみんなで食卓を囲んだ。

 そして、仲良くなっていった。


 ドロシーは家事全般をやってくれている。

 どうやら幽霊のように、念力で物を動かすことができるみたいだ。

 そのほかにも変わったことに、ドロシーはこの城を出られない。

 やはり、鏡の効果で実体化しているとはいえ、本質的には地縛霊のようだ。


「ロイン……ありがとう」

「ああ、こっちこそだよ」


 ドロシーは数百年ぶりに家族というものを得て、本当にうれしそうだ。

 そんな彼女が家で待っていてくれるから、俺は安心して帰ってこれる――!

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