王都を目指す少年少女。(全3話)

第8話 老夫婦との出会い。

開放感。

この一言に尽きる。


あの後、簡易テントからは火が起きた。

シヤ達は知らないが下着姿でほぼ裸の女性が兵士を殴り飛ばした拍子にランタンが落ちてその火がテントに燃え移っていた。

シイ達は代理マスターの命令で消化活動に駆り立てられていた。


暴走した女性だったが少しして自壊した。

考えなしに鎧を殴り、腕は折れてしまうがそれでも暴れ続けると最後にはかつて暴走した術人間達と同じで発火して燃え尽きていた。


しばらくして事態が鎮静化してトロイが目覚めたところでシヤ達がいなくなった事に気付く。イニットは骨を折られて全治3ヶ月の大怪我を負っていた。


イニットもトロイも攻撃に特化した魔術師でヒールの威力は低く骨折を治す事は難しかった。



シヤ達は初めこそ開放感だけだったが一晩歩き続けて翌朝になると疲労感や空腹感の方が勝ってしまう。


「腹減った」

「本当、夕飯前に逃げ出したから何か食べないと」

「本当困った」


見渡す限りの麦畑。

最悪何もなければ麦を食べる事も考えたが出来たらそのまま食べられる野菜なんかが欲しい。


「ファーストロット達はどうやって飢えをしのいだんだ?」

「本当ね」

そんな話をしていると遠くからパンの匂いがした。



「パンだ…」

ヨンゴがフラフラと匂いにつられて歩く。

必死に引き止めるシヤとシーナだったがヨンゴは2人を引きずって遂に一軒の民家の前にたどり着いてしまった。


「ヨンゴ!ダメだ!」

「そうよ。ダメよ、川で魚を捕まえたりしましょう!」


シヤとシーナの提案に耳を貸さないヨンゴは「パン…パンだ…」と言って扉の前まで行ってしまう。


「パン…パン」と言うヨンゴの声で扉が開いてしまい中から初老の老婆と老人が出てくる。


2人は夫婦なのだろう。

心配そうな老婆を遮るように男の方が前に出て「なんだお前達?」と言い、うわ言のように「パン」と言い続けるヨンゴ、そして困った顔のシヤとシーナを見て「またこの服の奴か…、なんなんだ?この前は2人で今度は3人、次は何人だ?」と呟くと「入れ」と言って中に入れてくれる。


老人に「座れ」と言われて着席をすると「どうぞ」と老婆がスープを出してくれる。

カップやボウルなど様々な器でそれを見ているシヤに「ジジイとババアの二人暮らしだから出せる器が無いだけだ、味は変わらないんだから食え」と言ってくれる。いただきますも言わずにヨンゴがスープをひと口飲んで「美味い!なんだコレ!」と喜んだ。

この喜びように老人は老婆に「あまりもんだろ?」と聞くと困った顔の老婆は「はい、昨日の残りに少し水とお塩を足しただけですよ」と答える。


「んだお前達、ロクなもん食べてないのか?2人も食え、パンも食え。ババアがもっと焼くから気にすんな」


この言葉に嬉しそうにパンを追加で焼く老婆。

パンを貰ったシヤとシーナも美味しさに泣いてしまう。


「温かい…柔らかい…いい匂い」

「本当、美味しい」


この姿は演技ではない。

何て不憫な話だろうと思った老人は何も聞かない事も考えたが、見かねて「お前達…何もんだ?」と言ってシヤ達の素性を聞こうとする。


シーナが「これ以上はご迷惑になります」と断るのだが老人の力強い「パン食われた以上の迷惑はないから話せ」と言う言葉にシーナは泣きながらエグゼの所から逃げ出した話をした。自分達は記憶も何もない、道具や家畜だと言われて番号で呼ばれている事、何か怪しい術でエグゼや家臣達が近くに居ると指一本動かせなくなる事を話すと老人も老婆も疑うこともなくシーナの言葉を信じる。


「なら領主のガニュー様を頼る?」

そう老婆が申し出てくれたがガニューもエグゼと懇意にしている事を伝えて自分達は王都を目指して王都で保護してもらう必要がある事を伝えた。


この言葉に肩を落とした老人は「ガニュー様まで敵なのか…?やるせねえな」と呟いてシーナを見る。シーナは話の合間合間に本当に美味しそうにパンを食べている。


「王都に行くとどうなる?」

「助けてくれる人が居ると聞いたんです」


「成る程な、何ヶ月も前に2人、長髪と短髪の坊主共が転がり込んでパンを渡したよ。お前達と同じ格好だ。そいつらも貴族の元から逃げてきて王都を目指すって言ってたよ」


「ファーストロット…、たどり着けた…はずです」

「私達も早く逃げないと追いつかれる」


長髪と短髪の少年たちの話を嬉しそうに聞きながらも追手を気にする姿を見た老人が「成る程な。婆さん、パンは焼けたか?」と聞く。老婆は嬉しそうに「はい」と言った。


「よし、じゃあ俺は牛の餌のワラを今から売りに行く。今日は腹が減って仕方ないから弁当に多目のパンだ」

突然老人はそんな事を言い出すと外に出て馬車の用意をする。馬車は幌なんかなく荷台にはワラが沢山載っていた。

老人は戻ってくると「俺はお前達の事は知らない」と言う。


確かに厄介ごとの種だから仕方ないとシヤとシーナが落ち込むと「だからお前達が俺が準備している間に勝手に荷台に乗り込むとかも知らない」と言った。

シヤとシーナは一瞬耳を疑う。その間も老人の言葉は止まらない。


「俺はつい歌いたい気持ちで王都の場所を口ずさむし東の農家にワラを売りに行く、とんでもねえコソ泥のお前達は人の弁当のパンを持ってトンズラしやがる」

「え?」

「お爺さん?」


「婆さん、年か?空耳が酷え」

「あら、お爺さんはまだまだ若いですよ。今日も仕事をしてきてください」


老夫婦の息の合った掛け合いにシヤとシーナは何も言えずに事態を見てしまう。


「おう、じゃあ行く前に便所入ってくるから出来立てパンを用意しておいてくれよな?今日の俺はなんでか腹ペコジジイだから山盛りで頼むぜ」

「はい、どうぞトイレはごゆっくり」


そう言って居なくなる老人を見送った老婆がシヤとシーナに「追っ手がくるのならさっさとスープを食べなさい。荷台に乗ったらわざとワラの塊を1個から2個落とすのを忘れちゃダメよ」と言った。


シヤとシーナが顔を見合わせている間に老婆はヨンゴに向かって「ほらほらあなたもパンをあげますから我にかえりなさい」と言うとヨンゴはハッとした顔で「パン凄いな、意識飛んだぜ」と言っていた。


シヤとシーナは頭を下げて「俺達、忘れやすくされてるけどお婆さんとお爺さんは忘れないように頑張る」と言う。


優しく微笑んだ老婆は「そんな事はいいから早く逃げなさい」と言った。

この言葉で外に出たシヤ達は急いで馬車の中に身を潜める。約束通りワラの塊を一つ馬車の後ろに出すと老人が馬車に乗り込んで「婆さん!売ってくるぜ」と言って馬車は太陽の方へと進んでいく。

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