第7話 脱走。

「何だよあれ!狂ってやがる!」

ヨンゴは簡易テントで声を荒げた。


横に居たヨミがヨンゴの肩を押さえて「ヨンゴ、ダメだよ聞かれる」と言う。

ヨンゴは泣きそうな顔で怒りながら「ヨミ、でもよ…。シローが…シローが…」と言って辛そうに俯いた。


あの後、エクスキューションサイトを出たシヤ達を見たトロイは顔色を変えずに「損失は1か…理由は?」と聞く。

シローの代理マスターは「四つ腕魔人の攻撃で腕を切断されて使い物にならなくなり超熱術で…」と説明をするとトロイは怒ることなく「やはり武器を持たせるようにエグゼ様に進言するべきだな。記録盤は?」と言った。


シローの代理マスターは掌サイズの板切れを渡すとトロイは満足そうに「明日帰るから今日はもう好きにするがいい。エグゼ様からの労いで22番は持ち出せなかったが酒を持たせて貰っている。ガニュー様の兵士と共に宴会をするといい」と言って無限記録盤を持って立ち去る。


トロイを見送った兵士達は早く酒にありつきたい一心でさっさと簡易テントにシヤ達を押し込んで「明日の用意をして寝ろ」と言うと去って行った。


酒盛りをしているテントが近いのにヨンゴが話せた事で酒に酔っても支配力が低下する事を察したシヤ達の前でヨンゴが怒り、止めるヨミが居てシイやシヅも怒っていた。


ヨンゴの怒りはもっともでシヤもシーナを見て「だがこのままだとまずいぞシーナ。ディヴァントに行ってミチト・スティエットに会える前に殺される」と話しかける。今の拠り所はミチトに会う事で、会う前に殺されてしまっては話にならない。

シーナも困った顔で「うん。考えないと…」と答える。

ここでヨンゴが「逃げ出すのはどうだ?夜は動けるだろ?」とシーナとシヤの間に入って言う。


「無理だよ。ファーストロットが逃げてからエグゼの屋敷は警備を厳重にしたし代理マスターが常に居るんだよ。騒ぎに乗じて代理マスターに来られたら動けなくなる」

シーナは一瞬で色々な事を考えて無理がある事を告げる。

シーナとシーシーは実験…性奉仕の度にエグゼの地下室に行くまでに厳重な警備を見ていて無理がある事を理解していた。


ここでシヤが「なら今は?」と言うと目を丸くしたシーナが「シヤ?何言ってるの?」と聞く。


「ここは馬車で相当動いたはずだ、きっと王都にも近い。逆に離れた場合も考えられるがここなら警備は手薄だ」

ここから逃げ出せば逃げやすいとシヤが提案をする。確かに兵士の数は数人で酒も飲んでいるのでこっそりと逃げ出せばかなりのアドバンテージになる。


そして王都には近づいているのでシーナは「……王都には近づいてるはずだよ」と言った。

ヨンゴが不思議そうに「シーナ?なんでそんな事知ってんだよ」と聞く。


「エグゼとトロイが実験しながら話してたんだ、エグゼの屋敷は国の北西端にあるって、だからどう動いても国内なら王都には近づいてるはず」


この言葉に心が決まったシヤは「なら今はどうだ?」と言うとヨンゴも「シヤの言う通りだぜ?今なら動けるし外も明るい」と言ってテントの外を指さす。


シーナは首を横に振ると「明るいから見つかるよ」と言った後で「それにおかしいのはトロイも近くに居るのに身体が言う事をきくのは何でだろう?」と今の状況が理解できていなかった。


シーナの疑問も理解は出来るがこの好機を逃す手はない。

シヤは「だが逃げるのなら今晩がいいだろう。7人で逃げよう」と言った。


だがシヅは「いや、行くのはお前達3人がいい」と言う。


シヤが困った顔で「シヅ?何で?」と言うとシイが「わかってるよね?俺達は記憶を失うし、そのせいで混乱する事もある。その度に足止めを食ったら台無しだから待つよ」と言ってヨミも「うん、それがいいよね。俺達は頑張って耐えて待つ、ヨンゴ達が王都についてマスターを呼んでくれたら助かるから、逆にヨンゴ達の方が大変だけど頼めるかな?」と行きやすいように声をかける。


この言葉にシーナが「シーシー、あなたは?」と聞く。シーナとしてはシーシーは記憶もハッキリしているので逃げようと思えば実は何とかなる。

シーシーは首を横に振って微笑みながら「うん、シーナを信じる。怖いけど待つよ」と言った。


ヨンゴは活き活きとした顔で「よし、暗くなったら出ようぜ」と言いシヤが頷いて「…ああ、やるしかない」と言った後で「シーナ?」と聞くとシーナは呆れたようにため息をついて「行くわよ、シヤとヨンゴだと王都についた時には満足して助けを求め忘れたり誰に会うか忘れそうだもの」と言った。



シヤ達は支配力が低下した事を疑問に思っていたがそれはトロイが、イニット・ホリデーと共に術人間の作成に注力していたからだった。

姉に比べればまだ難度の低い妹を受け持ったイニットだったが生み出した術人間の数が圧倒的に少なく、失敗の気配が濃厚だった。


「イニット!落ち着け!慎重に術を込めろ無限記録盤を術で満たせ」

「わかっている、だがこの女に術をかき消される感じがする!」


余裕のない表情のイニットを見てトロイが声をかける。

トロイの方は難航しているが失敗の気配は少ない。


無限術人間の作成において年齢と性別は大きな問題である。

身体が形成される前に無限記録盤を取り込ませる方のが術量が少なくて済む事、無限記録盤を術で同化させる時、年齢を重ねた方が身体が無限記録盤を拒んでしまう。

そして性別は人を受け入れられる土壌のある女性の方が無限記録盤と魔水晶を受け入れられる。

だからこそ術人間の作成は若い女性程成功率が高まる。


今、イニット・ホリデーの言った術がかき消される感じというのは素体からの拒絶反応に近い。異物を受け入れ難い素体が必死に拒絶している。


そして、今日までの間に国中のキャスパー派は無限術人間の創造に失敗してきた。

失敗の理由は様々で記憶を残す事が最終目標だが、残す事も消す事もできずに混乱を招く場合や身体が無限記録盤を異物と捉えて誤動作させる場合もある。


そうなると何が起きるか…、術人間未満の死や暴走による発火。

現に数多くのキャスパー派の魔術師達は暴走した術人間の発火に巻き込まれて命を落としてきた。


そしてここで言える事はイニットは無能ではないが数より質にこだわった未熟者だと言う事。

そして少年少女だけを施術してきたのに、いきなり大人を施術してしまった事が全ての間違いだった。


妹の女性は眠らされていたのに突然目を開けて「お姉ちゃん…お姉ちゃん!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!!怖いよ!怖いよ!!怖いよ!!!どこ?どこ!!?何処?ドコ?助けて!!」と言って話し始めた後で「助ける!」と言って飛び起きた。

妹は起き上がった途端に目の色を変えて「うぅうぅぅぅぅ」と唸り声を上げて辺りを見る。

そして姉を見つけると姉に何かをしているトロイに向かって襲いかかった。


単純に腕を振り回すだけだがそれでも直撃したトロイは吹き飛んで気絶をした。


この事で施術中だった姉は身体をビクつかせて手足をバタバタとバタつかせて苦しんだ後で死んでしまう。

本能的にそれを悟った妹は目の色を変えて怒りに吠えてイニットを殴り飛ばすと近くのテント…酒盛りをしている兵士達のテントに突撃して暴れる。


この瞬間、この騒ぎの中で完璧な身体の自由を手に入れたシヤ達は今しかないと言って外に出ると夕日を見る。

シーナが「こっち!」と言いヨンゴとシヤが後を追う。

「皆、まってて!」

「行ってくる!」

「待っていてくれ」


こうしてシーナ達は東を目指した。

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