第9話 正義とパンの味。
のんびりしている風に見えつつ動きの速い馬車。
多分老人は急いでくれているのだろう。
そして老人は歌を歌い始める。
「俺は婆さんに恋をした〜
若い頃は凄く綺麗な婆さんを〜
馬で東に3日、南に2日の王都に誘って、一流の店で飯を奢って告白をする〜。
俺に惚れた婆さんはその場でOK、熱いキス。
帰りは北に2日、西に3日で家路に着く〜」
シヤ達が忘れっぽいと言った事を聞いてくれていて老人はコレでもかと歌を歌う。
そして半日程進んだ所で「そろそろ納品先だから道を変えなきゃならねえな。年だから便所が近くて困っちまう。のんびり用でも足すかね。でもなぁ、のんびりしてる間にパンが盗まれたらやになるな。まあ籠くらいは残して欲しいよな」と言って馬車が止まると老人は草むらに入って用を足す。
その間にシヤ達はパンを貰って東に歩を進める。
「アイツらキチンと設定守って知らないフリをしたな。じゃあ後は役者志望のジジイとババアの腕の見せ所だな」
そう言った老人の脳内にはファーストロットの2人が居た。
着の身着のままで怪我だらけ、聞けば自分達のことも分からずに何かをされた影響で突然暴れてしまうがなんとか2人で王都を目指していると言った短髪と長髪の少年達。
妻のパンを泣いて感謝をしながら食べてこんなに美味しいものを食べた事がないと喜ぶ姿を見た老婆が泣きながらポテトフライを用意して持たせるとひと口食べて「パンより美味しい!?こんなに美味しいものを食べたことがない」「コレを食べると元気が出る気がします」と言って王都を目指して行った。
老人は保護してやろうと思い呼び止めたが「またいつ暴れだすか分からないから」「ごめんなさい」と言った少年達の顔は見ていられなかった。貴族が何をしたかは知らないし知りたくもない。関わっても良い事は無い。
そして今朝。
極度の飢えに苦しむヨンゴ。自身も辛いはずなのに必死になっているシヤ。小さい身体でキチンと説明をして肩を震わせて泣いたシーナ。
老人は3人を見た時に何も言わずに手を差し伸べて助けようと思い話を聞いて何が何でも逃がしてやろうと思った。
関わっても良い事は無い。バレたら大変な事になる。知らぬ存ぜぬで水撒いてでも追い返す大人も居るだろう。
だが年端も行かない子供達が立て続けに脱走するならひと組の老夫婦が手を貸しても良いじゃないかと思っていた。
帰り道、老人は前から来た馬に乗った兵士に呼び止められる。
呆れ顔の兵士が「お前か…間抜けな爺さんは…」と言う。老人は何も知らない老人の顔で「はぁ?何ですか?兵隊さん?」と聞き返す。
横に居た別の兵士が「お前、ワラが少なくなかったか?」と言うと予定通りに「あ!そうなんですよ!何か知ってんですか?」と聞いてみる。
3人目の兵士が「お前の馬車に凶悪な連中が乗り込んで居たんだ。お前は何も知らずにその馬車を走らせたんだ」と老人の身を案じるように言う。
ここで老人は演技力の見せ所だと言わん勢いで「え!?何の話ですか?」と聞くと3人の兵士は本気で呆れた顔で大きなため息をつくと優しい面持ちで「お前の馬車のワラを落としてそこに乗り込んだ奴らが居たんだよ」と言った。
「じゃあ帰りに食べようとしたパンが無かったのも?」
「盗まれたんだよ」
「えええ?じゃああたしが載せたワラはキチンと30あったのに…」
「1つ落とされてそこに入られたんだな。気づかなかったのか?」
ここで兵士達は本気で老人を怪しむことなく身を案じ、そして何事もなかったことを喜んでいた。
「納品したら足りなくて牧場の奴らから遂にボケたかって笑われて…やけ食いしようとしたパンはカゴだけでカケラ一つ無くて…」
老人の演技力は見事で本当に被害者にしか見えない。兵士は「まあ殺されなかっただけ良かったな」と言って「爺さんはどこまで行ったんだ?」と聞く。
「牧場です。牧場の牛舎の所まで、牧場の手前で腹が減って思わず食べようかとパンを見たときにはあったのに積み下ろしたら無くて牧場でその話しをしたらそれすらボケたって笑われて…」
肩を落としてボケ老人扱いされた事にショックを受ける老人に「牧場は何処だ?」と聞く兵士。
「ここから道なりに3時間行って分かれ道を北に行ったところの牧場ですよ…」
「それは助かる。凶悪な奴がそばに居ても無事で良かったな。婆さんも腰を抜かしてたぞ?」
「婆さん!?婆さんは無事ですか?」
「まあな、爺さんが凶悪な連中と同じ馬車って聞いて腰を抜かしてたぞ」
老人は妻も良くやると思いながら「はぁぁぁ……良かった」と言うと兵士達は明るく笑う。
この笑顔を見るととてもシヤ達を攫って記憶を消してしまう連中には見えない。
だが老人の心は決まっている。
少しでも話し込んで足止めしてやると決めていた。
「でも腹減りました。兵士さん、何か食べ物ありませんか?」
「今はないな、捕まえた奴らに食わせるパンしか無いがこれは物凄く不味いんだよ」
「そんなに不味いんですかい?」
「ああ…食べてみるか?」
老人はそう言ってひと口パンを貰う。
パンはボソボソのゴワゴワで香りも何もないどころか埃臭いようなカビ臭いような臭いがする。
「腹が減ってないとキツいですね」
「だろ?」
「まあ無事で良かったな爺さん、じゃあな。早く帰って婆さんを喜ばせてやるんだな」
この言葉で別れた爺さんは帰路に着くと老婆が夕飯用に焼いていたパンをひと口食べて「あのパンを食べてれば泣いて喜ぶな」と言った。
それよりもあの兵士達を見て普通の人間だった。帰宅すると老婆は殺されているのでは?と思ったが生きている。それどころか老婆に聞くと演技で腰を抜かしたのに心配されて家の中まで担いでくれたと言う。
どちらが正しいのか分からなくなる。
だがどちらも正しい。
兵士達は仕事で、少年達は幸せになる為に…。
老人はそう思いながらパンを食べた。
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