第3話 シヤの日々。
シヤの訓練生活を簡単に説明すると、朝起床してから基礎トレーニング。午前中には体術の訓練、午後には魔術の訓練、そして夕方には座学があった。
座学は翌日には忘れてしまうことの多い術人間達に何度も教える為のもので、別に戦いに関する知識ではなく、自分たちを飼っているエグゼ・バグの素晴らしさ、エグゼが属するキャスパー派と呼ばれる貴族達のボスであるカスケード・キャスパーの素晴らしさと天才バロッテス・ブートが見つけ出した古代の製法、無限術人間。
シヤ達がその無限術人間だと言う事を同時に教えられる。
そして最後にはディヴァント、アンチ、リミール、サルバン、モブロン、ドデモ、カラーガという名の貴族とカスケードの怨敵スティエットを倒せと言われる。
この日もカスケード・キャスパーの素晴らしさから始まる座学。
カスケードは部下や使用人達から愛され尊敬される存在、一度仲間になったものを見捨てない正義の貴族という言葉が体現された存在。
大きな怪我をして普通なら暇を出されて捨てられる使用人に小さな仕事でも見つけて与える事で存在理由を示し「お前は我がキャスパー家の大切な存在だ。これからも頼むぞ」と声をかける。
給金も周りから不満が出ないギリギリまで出して生活が困窮しないようにする。
使用人達がカスケードを尊敬・敬愛し尽くす事でカスケードが使用人たちに最大限の恩赦を与えて相互に発展していくと言う。
シヤはこの話を何度も聞いている。
最初こそ記憶の喪失が続いていたが何日かすると落ち着いたのか皆の名前や自身の名前を忘れずに済んでいた。
座って真面目に座額を聞くシヤだったが脳内では夜のやり取りが思い出されていた。
「俺が2番目かと思ったけどシヤが2番目かもな」
シヤはそう言ったヨンゴに「2番目?」と聞き返す。
「俺達の中で1番覚えていてくれているのがシーナなんだよ。シーナはシヤの前に来たばかりなのにもうリーダーみたいだろ?」
シーナは照れるような声で「リーダーなんて居ないわよ。ヨンゴはすぐに1番2番っていうんだから」と呆れている。
「いいだろ?で、俺が2番目に覚えてられるから2番目って言っていたけどシヤが2番目かもな、シーナを助けてくれよな2番目!」
仲間の輪にグイグイと引き込んでくれるヨンゴの力強さに嬉しい気持ちになるシヤは「わかった。ヨンゴも助けてくれるよな?」と聞くとヨンゴも嬉しいのだろう「ああ!俺達は仲間だ!」と言った。
「ヨンゴ、声大きいよ」
「悪ぃ、つい嬉しくてな。教えてくれてあんがとよシーシー」
シーシー…44番は物腰の穏やかな少女で随分若い。13歳くらいに見える。薄水色のショートカットが特徴的だとシヤは思っていた。
こんな会話が出るくらいシヤは記憶がハッキリしていた。
だからこそもうこのカスケードの話は聞き飽きた。
次に始まるバロッテスの話。
齢40にもならない若い天才魔術師。
名門ブート家の魔術師で幼い頃からキャスパー家に尽くしてきた。
ブート家は魔術師の家門で、特にバロッテスは天才と言われ、古代の禁術書すら自分のものにしたと言われている。
そのバロッテスが国営図書館で見つけ出したのが無限術人間の製作方法。
魔術の才能のないものにすら魔術を与える力。
シヤ達の身体に入れられた無限記録盤と魔水晶の力によって術と言うものを見聞きすれば使いこなせるようになるというもの。
次がエグゼの話。
カスケードに選ばれたエグゼはキャスパー派としてバロッテスから授けられた無限術人間の製法をトロイ・ウッホが見事に再現した話。
シヤはもう聞き飽きている。
言い方は悪いがシイなんかはすぐに忘れてしまうので毎日新しい気持ちで聞けるだろうからシヤは少し羨ましく思う。
この後は自分達術人間が何をすべきかだった。
今現在、キャスパー派と戦っている貴族はどの派閥にも所属しない無派閥のディヴァント家、元来カスケード達をまとめていたアンチ派のボス…アプラクサス・アンチ、アンチ派の敵であるリミール派のボス…シック・リミール、そしてアプラクサスとシックによって王都の無限術人間に選ばれたモブロン、ドデモ、カラーガの貴族、王都の無限術人間を生み出したカスケードの怨敵ミチト・スティエット。そしてそのスティエットに想いを寄せるサルバン。
この者たちを殲滅する事を目標と言われていた。
特にシック・リミールの話とミチト・スティエットの話は長い。
シック・リミールに関しては外国からの敵襲に備えるという元アンチ派の目的を無視し、国内の発展や医療にばかり力を注ぐ行為がどれだけ愚かかと言うことを延々語られる。
そしてミチト・スティエットに関しては、師を持たぬ独学の冒険者がたまたま天才バロッテスを打ち破り、人としての尊厳を奪い取った話。
無限術人間の製法を見つけ出し王都で無限術人間を生み出した話。
今現在もカスケード・キャスパーに呪いをかけて絶え間ない痛みを与え続けている事を語られる。
シヤに言わせれば素晴らしいカスケードならなぜそんなに怨みを買うのかわからない。
きっと都合のいい事ばかりを言っているのだろう。
この生活が始まるとシヤの楽しみは夜に皆と少しの時間話すことだった。
皆の話を統合して自分達はトロイの手によって無限術人間と言うものにされて将来的にカスケードの為にディヴァントやスティエットと戦わされる事になるのだろうという話で、施術者のトロイとトロイが決めた代理マスターが近くに居ると指一本動かせなくなる事がわかっていた。
何日かすると夜にシーナとシーシーがどこかに連れて行かれて大体体感で3時間くらいすると戻ってくる。
この日も遅くに戻ってくるシーナとシーシー。
暗くて顔が見えないので余計に心配になり「どうした?」と聞くとシーナはいつも通りの声で「大丈夫だよ、ありがとうシヤ」と言った。
「シーシーは?」
「うん、大丈夫」
この後は毎晩のようにシーナとシーシーは連れて行かれる。
せっかくの時間を取られたシヤは不満を口にするが戻ってきた時のシーナとシーシーの疲れている息遣いを聞くと何も言えなくなる。
そんな中、ある日戻ってきたシーナが珍しくテンション高く「ニュースだよ!」と言った。
「どうした?エグゼの敵が死んだとか?」
冗談にしても判断に困る話だ。敵が死ねば戦うために集められた自分達はどうなるのだろうと思っていると普段なら「まったく…」と呆れる筈のシーナが「違うよヨンゴ!」と嬉しそうに言う。
「今トロイ達の話を聞いていたんだ!随分前にファーストロットがここから逃げ出したって!」
ファーストロットが逃げ出していたと言う話にはシヤも驚いた。
「なんだよそれ!なんでシーナがそんな話聞いてんだよ!」
「アイツら女の術人間が珍しいからって私とシーシーに実験してるんだよ。その時にエグゼとトロイ達が話してたんだよ、ね?シーシー!」
「うん。ファーストロット、11番と16番が逃げたって言ってたよ。だから代理マスターが生まれたって。前まではトロイ1人だったらしいから手薄な時間もあったんだと思う」
この言葉で真っ暗な部屋に広がる暖かな希望の空気、合わせるように「じゃあ俺達も…」と言うヨンゴに「危ないよ。でも比較的に暴走の少ない2人だったから王都まで行けているかも知れないって言ってた」と説明をするシーナ。
「暴走?」
「トロイはまだ完璧に術人間を作れないんだって、だから最初の頃は暴れ出す子や術が暴発しちゃう子ばかりだったんだって。その話もしてたよ、だからセカンドロットも数が少ないって、マシになったのは31番から先のサードロットからだって」
ここでシヤが「シーナ、サードロットは?」と聞くとシーナが「セカンドロットとも離されて別の部屋で管理されてるみたい。一緒にいたら名前つけてあげるのにな…、番号なんてやだよね」声だけでわかる不満そうな言い方。
「優しいなシーナは。セカンドロット達に名前を付けるのはどんな名にするんだ?」
「んー、21番はニイとかニヒトとか」
「シーナ、それって25番はニーゴとかフタゴか?」
「お、わかる?」
「わかるって言うか俺の名前と同じ付け方じゃないかよ」
「だって私、そんなに頭良くないもん。それでも名前はさ…名前は欲しいよね」
そう言った時のどこか悲しげな声の理由をシヤは聞けなかった。
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