第4話 死体は水底へ沈む

 今日は土日…そしてリチュエルが死んだことにより休みとなってしまった。リチュエルの突然の死はみんなに衝撃を与え、そして悲しみを生んだ。僕も少しだけだけど同じだった。まさか昨日まで当たり前に話していたリチュエルが死んでしまうなんて…いや死んでしまうじゃない…誰かに殺されたんだ。…人は本当にいつか…そして突然に死んでしまうことがあるんだなと思った。人が死ぬのは突然なときもあれば、寿命で分かりきっていた事もある。…人の死ってどれくらい悲しいのか。僕は少しだけ知ったような気がする。

 「あの…すいません」

 僕はリチュエルの家に訪ねた。遺族から彼の死について聞くつもりだ。どうして彼は殺されたのか。彼の死についてはどう思っているのか。…僕にはそういう心がなかったような気がするから。今まで忘れていたことがある。お父さんのあの言葉。

 「デスティネ。政府員になるには才能だけではない。確かに才能も必要だ。だけどそれともう一つ人々を想う心がなければ政府員にはなれない」

 …家族のことは想っていた。それは偽りのない事実だ。だけどそれ以外の人に対しては想っていなかった。大切に想っていなかった。邪魔だと想っていた。だから僕は足りないものを…人を想う心を知るために彼の死について聞かなければいけない。これは僕だけでは知ることが出来ないと思うから。人の内面を知ってこそ、人を想う心を持つことが出来るのだと思う。

 「…あ…君は…リチュエルの友達だね…」

 元気がない男性が僕を迎えた。恐らくリチュエルの父親だろう。かなり元気がなくて痩せ細っているように見える。身内が死んだ悲しみは僕には…まだ理解できていない。僕はそれを味わったことがないからだ。しかもこの人は寿命ではなく、誰かの手によって息子を奪われたんだ。その息子を失った悲しみと息子を奪った犯人に対する恨み、憎しみは僕にはまだわからない。だけどいつか分かるの時が来るのだろうか。僕の…おばあちゃんとおじいちゃんはもうそろそろ寿命が尽きそうだから。

 「入ってきていいよ…」

 「…ありがとうございます」

 一礼して彼の住んでいた家に入る。そこは暗くて普段の彼の性格からは考えられなぐらい暗かった。いや、もしかしたら彼が生きていた頃は明るかったんだろう。これほどまでに暗くなかったんだろう。彼が生きていた頃は暖かい家庭を見られたのだろうか。…一回だけ彼の誕生日パーティーに誘われたことがある。その時は「忙しいから」という理由で行くのを断った。今思えばあの時…ちゃんと行けばよかったなと思い悔やんでいる。人生で悔やむことなんてたくさんある。でも悔やんでも仕方がないから結局悔やんでいたことを忘れてしまう。過去に起こった出来事は…もうどうしようもないのだから。変えたいと思っても変えることが出来ないのだから。…だから結局虚しく悔やみ、そしてまた前に進んでいくしか僕達には残されていないんだと知った。僕も…恐らくこうなるんだろう。

 「…彼について…聞きに来たのかい…?」

 「はい…」

 彼はどうして殺されてしまったのか。今の気持ちは…。…僕が成長し、そして人々を知るためにも…知らないといけない。彼の死を利用しているようで嫌いだけど。

 「…彼は空き巣に襲われたんだ。彼よりも…優秀な魔法使いだったようでね…」

 空き巣…なんて不運な…。彼が帰ってきた時…たまたま空き巣と鉢合わせてしまったんだ。…そして相手に適うことなく殺されていってしまったんだ…。相手が自分よりも優秀であるというのなら無理だろう。しかも戦闘場所は自分の家。相手は容赦なく魔法を扱えるのに対してリチュエルは手加減しなければ自分の住む家がなくなってしまう可能性があった。…居場所はなくしたく…なかったんだろう。自分が安寧を感じる場所を…せめて守りたかったのだろうか。

 「…息子の死…それは…人生を狂わせた。私の…生きがいを失った。子が成長していき…私達の子孫を…生むこともなくなった…」

 生きがい…それほど子供はその子供を生んだ大人…親にとっては生きがいとも呼べる存在で何があっても守らなくてはいけない存在。もし、僕という家族唯一の希望が失うことがあれば家族は平気で僕のために命を捧げるのだろう。これからを生きていくためには僕という存在が必要不可欠であり、尊い存在でもあるのだから。…初めて家族の心が少しだけ分かったような気がする。

 …人というのは本当に…全ての内面を理解するのが難しすぎる生き物だ。何を考えているか候補が多すぎる。完全に理解するまでは相当な時間が必要で人のすべての内面を知る必要性がある。…もちろん、それは不可能なこと。不老不死の魔女ではない限りそれはありえないのだから。魔女でも数百年は必要だろう。全ての生き物の内面を知るには。…いやむしろ果てのない道なのかもしれない。なぜなら一人一人の価値観違うのだから。みんなを…みんなの内面を知るなんて不可能なことなんだ。

 「…お葬式は…いつでしょうか」

 「明日だよ…よければ…参列してくれると嬉しいな。君がいれば…リチュエルも喜ぶだろうから…」

 死者でも弔いの気持ちを伝えなければ死者は報われない。死者は怨念となって対象を恨み続けるのだろう。…僕は誰かに恨まれたくはない。だから参列して…リチュエルのことを天国まで見送らないと。…僕は…あいつの友人なのだから。

 「今日はありがとうございました」

 「…明日はよろしくね…」

 必ず明日、参列する。遺族のためにも…彼のためにも。


 「…そういえば連絡書…」

 もしかしたら新しい指示が書かれているのかもしれない。僕は連絡書を開いてみる。すると中にはまた新しい指示が書かれてあった。また、簡単だ。

 「…。…ゴミ箱の中にあるバナナの皮をゴミ箱の近くに置いておく」

 …人が踏んだらただただ滑りそうだな。滑るだけでなんにも起きないのだけど。あ、でも頭を打ったら大惨事になってしまうか。…そうならないようにしないとなぁ…。とりあえずそれが終わったら帰ろう。数秒で終わることなのだから。

 「…これでいいか。帰ろう」

 僕は指示を達成して家に帰る。明日はお葬式に参列するつもりだ。今日は土日の土曜日なのだから明日は日曜日。アカデミーは休みだからそれぐらいの時間はある。…もう僕はこれをするだけで才能がもらえるのだから。時間を…もう大切にしなくていいんだ。

 「パパ!あした、はさみひつようなの!」

 「それじゃあ買いに行こうか」

 家族の何気ない会話。リチュエルが今現在…まだ生きていたらあんなふうに何気ない会話を楽しんでいたのだろうか。楽しんでいるだろうな、小さな幸せでも笑顔になれるような心の持ち主だと思うから。…本当…リチュエルは今でも生きていれば…よかったのにな。家に帰ろう…この悲しい気持ちは…家で吐き出そう…。



 鋏というものはご存知だろうか。

 物を切るという道具…と一般的には認識されている。

 しかし神学では縁切りの道具としても用いられている。

 縁切りというのは縁を切るということ。

 家族との縁を切るということは家族を殺す、もしくは家族と二度と会わない。

 いわば亡命と似たような意味合いである。

 「ららら〜🎶」

 にゃ〜?

 「歌いたい気分なのよぉ。ねぇ、みてちょうだぁい?」

 にゃ!

 「水底へ沈むぅ…赤く染まらず青いまま…沈んでいくのよぉ。ふふ…水底へいらっしゃぁい…私は貴方を歓迎するわぁ。だけど貴方の魂はもう冥界へ行ってしまったからぁ…」

 体はもう誰も所有権を握っていないという事になるのよぉ。

 だから私が…貴方の体の所有権、もらうわねぇ。

 ふふ…死者蘇生なんてしないのだからぁ。

 ただ…私が望み形になればいいのよぉ。


 「ニュース速報です。え〜今日の夕方、ノースエンチャント地区で男性の死体が発見されました。男性は鋏で脳を刺されており、鋏は女の子が買ってきたものだといいます。警察は事件の経緯を調べています」

 …こうしてみんなは水底へ沈んでいくのよぉ。

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