第3話 水面に映る
「こんにちは〜」
僕は今日の朝、絶好調だった。本当に人生が変わる一日になるかもしれないのだから。少しでも可能性があれば人はそれに期待する。僕の家族と同じなんだ。だって家族は僕に期待するしか方法がないのだから。この世界で生きていくために僕に縋るしか方法が絶たれたのだから。僕は努力するしか家族の期待に応える方法が存在しないと思った。だけど僕は新しい方法…つまり道を見つけることが出来たんだ。あの話が本当のことであると祈って…僕は今日も少しだけ違うけど…普通の一日を過ごすんだ。
「お、ティネ。おはよう。なんだか今日は珍しく元気じゃないか」
あ、リチュエル…。…こいつとも同格ではなくなるんだ…!僕は…このアカデミーで最高峰になれるんだ!こんな平凡より下の奴らよりも…。政府員になれる…。夢が叶えられるかもしれない…。蜃気楼ではなくなるんだ!
「リチュエル…今日も早いね」
「そうだな。というかお前の笑顔初めて見た気がするな」
そりゃあ、毎日忙しくて時間を無駄にしてられないからな。…今日も時間を浪費させられるのだろうか。というかこいつと僕は席が隣同士だから本を見られる可能性がある…。リチュエル以外なら問題がないのに…。リチュエル以外…みんな僕に興味はない。そもそも他の奴らに絡む気なんてなかった。だから僕はクラスでも少しだけ浮いているんだろう。反対にリチュエルは底辺でもクラスの人気者。誰とでも仲良くなれる素質を持っていて先生からもそれを評価されている。人と仲良くなれる天才で才能があった。…人と仲良くなれる才能なんて僕はいらない。僕は魔法の才能がほしい。政府員になれるほどの才能が…!
「はい、皆さん。着席してくださ〜い」
先生が入ってきた。僕のクラスの担任の先生…グリム先生だ。女の先生で魔法教科担当の先生で魔法の実力はアカデミー内でもトップクラスだという。…あの人みたいになりたい。そこまで魔法の才能に溢れていたら政府員のように地位が上の人にもなれたのに。
先生に聞いたことがある。僕は先生に「どうして教師になったの?」と…。先生ぐらいの才能ならもっと上の地位の人になれたのにどうしてそのチャンスを無碍に…と。…先生からはこう返ってきた。
「人の成長を見るのが好きなの。だから子どもたちの成長を間近で見られる教師になったの。魔法の才能があるからって政府員しか道がないというわけではないのよ」
…どうして成長を見ることが好きなんだろう。僕にとって他人の成長なんて嫉妬にしかならないのに。前にお父さんから言われたことがある。「人はそれぞれ違う価値観がある」…と。…僕と先生では価値観が違う。先生は誰かの成長を見ると嬉しいと感じ、僕は誰かの成長を見ると妬ましいと感じる。…これだけ価値観の違いというのは出るんだ…と思った。そこまで違うのなら…人は分かり合う事ができないのか?
「それじゃあ、今日も頑張っていきましょう」
そうだ、今日も僕は頑張っていかなければいけない。僕は…僕は…。
…リチュエルは寝ている。今なら連絡書を見ても問題ない。見よう…そこまで大きい本ではなくてよかった。普通の本ぐらいの大きさだから違和感を覚えられずに済む。厚さも普通だからカバーをつけていればあんまり怪しまれないだろう。僕自身本はよく読むのだから読書していても不思議ではない。
…僕がリチュエルのスキを見て、連絡書を見た時。指示が書かれてあった。それはとても、とても簡単な内容だった。意味さえ分かれば小学生でも出来る内容。
「アーチェリー部の活動場所。そこに入る道の真ん中に少し大きい小石を置いて。放課後までに」
…これが何を意味するのか分からないのだけど。…こんなに簡単でいいのか?って思い始めてしまう。才能と等価になるのか…?まぁ、ライにとっては等価になるのだろう。「等価交換」…という言葉もあるが相手が等価に思えるものと自分も相手に等価と思えるものをもらう。これも価値観によって面倒になる言葉…なのかもしれない。
とりあえず、連絡書は見たのですぐさましまう。リチュエルが起きてしまうから。起きる予兆を感じたからしまう。リチュエルは好奇心が強いから興味を抱かれると本を奪われる可能性がある。だから見せないほうが賢明だ。
「う〜ん…あ、寝ていたのか」
「授業始まるぞ?」
「あ〜…最初は魔法科学だっけ…面倒…」
なんだか疲れていそうな声のトーンだった。朝のホームルームでリチュエルが寝ること自体は珍しくない。というか日常茶飯事だ。もはや。だけど声のトーンから疲れていそうな雰囲気が出ていた。こいつになにか聞くのは嫌だが少し興味が湧いている。…疑問に思ったことはさっさと聞くのが一番心理精神にいい。だからもう遠慮なく聞いてしまおう。
「どうしたんだ?なんだか疲れていそうなんだが」
「いやな?俺…虫嫌いというのは分かるよな?」
「うん、知っている。何回も聞いているから」
「んで、その中でも蜘蛛が大嫌いなんだよ…それで蜘蛛が数匹、昨日の夜にやたら出てきたんだよ。処理するのに魔法を連発したから少しだけ疲れているんだよ」
蜘蛛…あぁポイズンスパイダーのことか。町中で現れる蜘蛛なんてそいつしかいないから。というかポイズンスパイダーを処理するのにわざわざ魔法を使ったのか!?ただ潰せばいいだけなのに…潰してウエットティッシュで綺麗に拭けば何の問題もないのに…完全に魔力の無駄遣いなんだが。炎魔法なんて使ったら家に引火して大火事になるんじゃないか?…使ったの炎魔法じゃないよな?違うよな?
「あぁ…家に帰ったらまた蜘蛛がいるとかやめてくれぇ…」
「普通に対処すればいいのになんで魔法使っているんだよ」
「ムリムリ!蜘蛛の死骸というか虫から出る謎の液体を家に染み込ませるなんて嫌だ!死ぬ!」
「どれだけ嫌いなんだよ…」
別にそれぐらいどうってことないのに…虫ぐらいに魔法使っていたら魔力の無駄遣い感半端ないな。というか家で安易に魔法を使うんじゃない。万が一、家が倒壊することもあるんだから。せめて魔法を使うのなら外か、日常生活で使うぐらいの小さな魔法を使え。大魔法なんて使ったら家が大惨事になるから。
「あぁ…」
もう…いいか…。こいつに付き合うのもうんざりだ…。
授業が終わり、昼休み。僕はお弁当を食べ終えて誰にも見られずアーチェリー部の活動場所である射的場へ向かった。…入り口に大きめな小石を置け…か。…これぐらいでいいか。入り口の真ん中…ここだな。ここに置くだけで達成なのか?達成しているのか確認するために連絡書を見る。すると…。
「達成した。貴方に魔法の才能をあげる」
と書かれてあった。すると魔力が上がったように感じた。体の中の魔力量が増えたような気がした。…本当に…才能をくれた…。これで!これで家族を救うことが出来る!僕も…僕も全ての束縛から解放される!理不尽なこの世界から!理不尽な世界を変えることが出来る!理不尽なこの世界で苦しんでいる人を救うことが出来る!僕が…僕がこのアカデミーで一番になるために…僕は「努力」していくんだ!
「お前凄いな、魔法学習の時間で少し難易度が高い魔法をつかえるなんて…俺はもう追い抜かれたなぁ」
追い抜かれていてもリチュエルは気安く僕に話しかけてくる。同格の存在でもないのになんで僕に話しかけることが出来る?何の遠慮もなく。…仲良しになれる才能を発揮しているのか。残念ながら僕はお前と仲良しになるつもりはない。誰かと仲良くなると時間を割かなければいけないときがある。だから誰とも仲良しにならない。面倒この上ない。友だちと遊ぶ時間は僕にとって無駄な時間。だから誰とも友達にならない。作らない、なりたくもない。
僕は魔法学習(図書室に行き、好きな魔導書を読んで習得した魔法を先生に見せる授業)で習得が難しい魔法を習得した。みんな僕に注目した。僕のことを。僕の才能のことを。これで…政府員になれないなんて言われない!僕は運命に勝つことが出来たんだ!
そう内心で思ってその日は嬉しさを感じながら帰っていった。
「神学学者…ふふ…」
にゃ?
「これよ。…ふふ…わからないわよねぇ。…デスティネだったかしら。その子は指示を達成してくれたみたいねぇ」
にゃ〜
「等価交換。私は才能を、デスティネは指示に従うだけ。…これ以上ない等価交換ではないかしらぁ?神学学者の考え…論理…面白いとは思わないかしらぁ?」
不吉な予兆について。
古くから蜘蛛はお釈迦様の使いとされていて蜘蛛が夜に現れると…。
誰かが貴方の何かを奪おうとしている…という不吉な予兆として語られていた。
夜に蜘蛛がやたら現れると…空き巣やストーカーの被害に遭うとされている。
でも、それらは都市伝説であるために信じる人は少ないのだ。
「…水面に貴方はもう映っているかもしれないわよぉ?デスティネぇ…」
うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!
僕は晩ごはんを食べてテレビをつけた。魔力で動いている魔法テレビ…。そしていつもニュースばかり見ていた。バラエティに興味なんてないから。ニュースで今回は何が起こったのかと知るのが日常だった。
…だけど今日のニュースは…日常で起こってはいけない事だった。
「ニュース速報です。ノースエンチャント地区の一軒家で高校生の遺体が発見されました」
…最近自殺者も多いと聞くけど、殺される人も多いと聞いている。毎日一人…この地域に死者が現れると…。…不吉すぎて怖い。いつか僕も殺されるのではと…。
「遺体の身元はタブー家の長男、リチュエルさんであると判明し、警察は容疑者を逮捕しました」
…え?…リチュエルが…死んだ?殺された…?…殺人の…餌食になったのか…。
…いざ死んでしまうと心に穴が空くんだな…そう僕は思い知った。明日…遺族さんたちに会いに行こう。…お葬式にも立ち会おうかな。ちゃんと…弔いの意思を見せないと。…本当…誰かが死ぬと…人は悲しむものなんだな…。
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