第203話 将軍

「貴方……、正気ですか?」


「皇帝は、無事に殺してきたぞ」と報告した俺に、慇懃文官所長のナダルは呆れた顔でそう言った。




サセ湖南村に戻ると、突貫工事で村とその周辺を要塞化している協商の連中が目についた。


せっかくだし、人々が慌ただしく働いてるのを見ながら、「のんびり酒でも飲もうかなぁ」とか思っていると、協商の兵士が数人近寄ってくるではないか。


「貴様、何者だ!」「怪しい船に乗ってきたぞ!帝国の密偵か?」


「俺は人があくせく働いているのを横目に、ダラダラしたいだけの人間だ」


帝国では、十分働いて殺してきたんだ。それくらい許してほしい。


「ふざけてるのか!貴様!」


なんか知らんが、怒られた。

自分達が働いてるのに、俺がダラダラするのが気に食わないのだろうか?


「俺はもう、いっぱい働いたから無駄な仕事はしたくないんだよ!帝国はもう攻めてこねぇよ!」


「な、なんだ、貴様は?何を言ってる!」


人の事も知らないで、いきなり罵倒してきた兵士達に怒鳴り返していると、言い争いを聞きつけた他の兵士達も集まってきた。


ワラワラと。


協商の正規兵達の中に数人、傭兵か冒険者が数人混じっていたらしく、そいつらが慌てて駆け寄ってきた。


「よ、よく無事で帰ったこられましたね……。オイ!こい……、この方がっンーンーーー!」


慌てて、俺の名前を言いそうになった男の口を塞ぐ。


「へいへい、口を閉じろ。サカ・ナクン・サンは死んだ事になってんだ。分かったか?」


そっと耳元で囁くと、頷いて応える男に「ナダルを呼んでこい」と遣いを頼んだ。



協商の兵士に取り囲まれながら、ビーチチェアでくつろいでいると、この間まで協商の責任者だったナダルと、その横に階級の高そう軍人らしき男が馬に乗って駆けつけてきた。

さらに、その後ろからも護衛と思しき兵士達が慌ただしくそれに続いている。


「戻ったのですか!?どうやって!?一体……」


ナダルは慌てて俺の周りにいた兵士達を遠退けさせる。


しこたま驚いた表情で、珍しく感情をあらわにしたナダルが面白かったので、もうちょっとだけ驚かせてやる事にした。


「皇帝を殺してきた」

「……」


「……どうした?」


「……は?」


あれ?いまいち喜んでも驚いてもいないようだ。いつもの感情の抜け落ちたような顔をしている。


「それと、俺も皇帝と刺し違える形で、帝国向こうでは死んだ事になってるから」

皇帝殺害の犯人が生きてると知れたら色々と面倒だ。

協商にも、そこら辺はちゃんと死んだ事にしておいてもらわないとな。


「はぁ?」


「異世界人にして傭兵。そして、神の使いであるサカ・ナクン・サンは、帝国宮廷魔導師の手によって殺された。って感じの筋書きなので、そこんとこよろしく」


帝国での大まかな出来事を説明してやったのに、ナダルが放った一言は……


「貴方……。正気ですか?」の、一言だった。


「心配はいらんぞ?俺は死んだ事になってるし、協商はそもそも俺を引き渡した時点で責任はないからな。もしかして首欲しかった?特に証拠とか持って帰れなかったしなぁ。証拠はないけど、嘘じゃないぜ?その内、皇帝死亡の情報がはいんだろ?」


コイツらの密偵は帝国内にも入り込んでいるらしいからな。


「前にも言いましたが、私は貴方を疑っているのではありません。貴方の正気を疑っているのです」


「え?俺はすこぶる正気だよ?まぁ、大陸最強の魔術をくらって、多少はまだちょっと、ほんのちょっとだけ頭の芯の方が痛いけど」


「それは……、本当に大丈夫なんですか?」


「まぁ、大丈夫だ。死ぬギリギリのところで空間魔術で転移させられたから」


「そ、そうですか……」

いまいち理解してない顔のナダルである。


「コレで、依頼も完全達成だな。感謝しろよ?あの皇帝は協商連合お前らとヤル気満々だったらしいからな。次の皇帝はその弟が継ぐはずだが、コイツは父親と似たような人間らしいから、戦争は起こらん」


「しかし、帝国内は荒れるかもしれませんね」


「お前らには都合いいだろ?まぁ、それも直ぐに収まるはずだ。皇帝を殺す前に色々と手は打ってあったからな」


皇太子の戴冠は数年先延ばし、皇帝の弟が中継ぎという形で帝位の座につく。

多少の反発はあるだろうが、宰相を始め複数の高位貴族はこの件に最初から加担している。


あのツェツィーリアの実家であるデアフリンガー公爵や、寝返ったケストナー侯爵もその中に含まれていた。


「皇太子派は穏健派で有名だが、もし起こるとすれば第二皇子の派閥による内乱かもしれんな。軍属をはじめ、複数の軍閥からも支持されているという」


ナダルと一緒にやってきた壮年の軍人が初めて口を開くとそう言った。

すらっとした体格だが、長身のイケオジだ。

高貴な見た目とは裏腹に、武の匂いがプンプンする。下手すると、ハイランダーのディアミドより強いかも。


「将軍!」


「いや、すまんな。話しを聞くだけと言っていたが、こんな話しを聞いたからには英雄に自己紹介もしないのは失礼であろう?使徒殿、お初にお目にかかる。協商連合国軍総司令部のイゴール・ド・ゴールだ。中央の将軍職を離れて帝国への対応に乗り込んできたのだが、ただの徒労に終わりそうで何よりだ」


そう言って「ガハハ」と豪快に笑ったド・ゴール将軍が、ふと真面目な顔に変わった。


「貴君の働きに、感謝と最大の敬意を!」


将軍からの敬礼を受けた俺は、それに対して敬礼を返す。

お互いの国や所属、敬礼の型式も違ったが、礼には礼を持って返すのは、この世界でも同じだろう。


「傭兵として、貴国からの要請に応じたまで。報酬は貰ってるので、礼はいらない」


「しかし戦争回避の分は払っておらぬだろう?私が用意できる地位や特権なら、すぐにでも与えられるのだが?」


「『傭兵サカ』は死んだ。『使徒ブラックホーク』は役立たずだし、そもそも今回の事件には介入していない。そんな大層なモノを貰っては、変に勘ぐる奴がいるかもしれないので、丁重にお断りさせていただく」


少しだけ残念そうな顔をした将軍だったが、ナダルを見て「中央の銭ゲバ共に用意させよう」と妖艶に微笑んだ。


天を仰ぐナダルに、「ベッケルの爺い共に『期待している』と伝えろ」と追い討ちをかけてやった。

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