第193話 悪徳侯爵令嬢①

「心配するな。神に喚ばれた人間を殺すほど、俺は悪人じゃない」


いやらしい笑みで、ジジイはそう言った。




「皇帝は殺していいんだな?」


俺に皇帝を殺させると言ったジジイに念を押す。


「是非にも。アレはこの国を混乱に陥れかねん。とは言えだ、仮にもヤツはこの国の皇帝陛下であらせられる、俺がヤルわけにはいかん。そこで、お前の出番ってわけだ」


ジジイはニコリと笑いながら俺を指差した。


「これでも、帝国にはそれなりに恩があるし、愛着もある。身内が困れば俺だって悲しい」


まぁ、コイツや他の帝国人が皇帝を殺せば内乱待ったなしだからな。帝国が内乱になろうが、別に俺にとっちゃ知ったこっちゃないが。


「異世界人は確かに強力な力を持っているが、最初から強いわけじゃない。召喚されて間もないにしては、確かにお前は強い。ちょっとばかし強すぎると言っていい。が、相手は仮にも皇帝だ。このシコルスキー様程ではないが、優秀な魔導師や騎士がヤツの周りを固めている。今のままでは返り討ちの可能性がある」


「イヤイヤ、師匠。コイツ、まだ強くなるって言うの!?マジ?それ、チートじゃん!」


「やけに異世界人に詳しいじゃねーか、ジジイ」


「この、ゼンラ帝国は異世界人が興した国だからという事もあるが、俺は『雷神トオル』最後の直弟子だからな」


「ハイランド公国建国の立役者っすね!ク〜ッ!マジカッケェ!」


何がそんなに面白いのか、童貞は異世界人の『雷神トオル』に興奮している。


「まぁトオルの弟子や、弟子の弟子を名乗る者は数多いるが、『爆轟』の魔術を教えるのは、俺が最初で最後だと言っていた。師は爆轟のメカニズムや異世界の事を沢山教えてくれた。爆轟の魔術がもたらす被害を憂い、他人に教える事を躊躇っていたが、己の最高傑作を埋もれさせる事もまた、出来なかったんだろうな」


ジジイは、懐かしむようにかつての師の事を語った。


「知ってるか?帝国は、当時の師であるトオルの力を恐れて公国の建国に手を貸した程だ。後に、同盟国として俺を帝国に派遣したのも師であるトオルだ。魔術とおっパブの素晴らしさを師から学んだ俺は、帝国に渡り魔術で成り上がり、おっパブを広めて金を手に入れた。今は帝国各地にチェーン展開してる」


えっ!急におっパブが出てきたせいで前の話しが吹っ飛んだじゃねーか!

このジジイ名前も大概変態チックだと思ったが、オッパイ星人かよ!


……まぁ、俺も人のこと言えんが。


「し、師匠!じ、女性もいるんで、そのおっ、おっパブの話しは……」


「なんでお前がそんなに顔を赤くしてんだよ」

「お前も早くウチの店の素晴らしさを知るべきだ」


「お、俺はそうゆー店にはき、興味ないんだ!」


「「嘘つくなよ童貞」」


「俺はす、好きな人とちゃんとしたお付き合いして、自然にそ、そうゆーコトができたらなーって」


「「これだから童貞は」」


ヤレヤレとため息を吐く俺とジジイ。


「アンタら、息がピッタリすぎだろ!似た者同士の変態ども!」


「「コイツと一緒にすんなよ」」

「「……」」


俺はちょっとだけ、ツェツィーリアの必死の苦笑いに心が痛んだ。


「まぁ、いい。ジジイのおっパブのせいで話しがズレたが、具体的にはどうする?俺のレベルは今のところカンスト中だ。サセ湖の侵略を完全に断念させられれば、話しは別だが」


運営からのクエストをクリアしないと、これ以上のレベルアップはできない事を説明してやる。


「フーン、レベルキャップってやつか」


このジジイ本当に詳しいな。


「へー、異世界人も無条件に強くなれるって訳じゃないんだな」


転生者である童貞も、現地人同様、俺達のようなレベルアップのシステムは適用外らしい。


「それに、俺を鍛えると言ったが、俺はまだアンタに手の内を見せるほど信用してないぜ?アンタだって、鍛えた俺に寝首をかかれるかなんて嫌だろ?」


「心配するな。神に喚ばれた人間を殺すほど、俺は悪人じゃない。それに、お前にやられるほど耄碌してねぇ。お前が俺を殺せるようになる頃には、俺は寿命をまっとうしてるはずだ」


大した自信である。

まぁ、せいぜい油断しておけばいい。


「しかし、侵攻を止めるだけなら、ケストナーの奴をどうにかすれば良いな」


皇帝の側近で、この街とその一帯を治める侯爵のことらしい。


「確か、ヤツには娘がおったはず。多分、皇太子の婚約者の一人だったはずだ」


ニヤーと、変態ジジイが悪い顔しながら俺を見た。

俺もそれを聞いて笑みを浮かべる。思ったよりは簡単かもしれん。


ジジイと俺が同時に口をひらく。


「「さらうか」」


「うわぁ……」「……神よ……」


ドン引きした童貞と、聖印を切り祈りを口にしたツェツィーリアの顔は酷く疲れているようだった。

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