第184話 帝国の逆襲①
「それさ、俺に隷属しろって言ってんの?」
薄ら笑いで言った一言に、協議が行われている外輪船の甲板上の空気が凍った。
寒さで目を覚ますと、宴会場は酔っ払い達で死屍累々の有様だった。
側に落ちていた、誰の物か分からない毛皮のベストを羽織り外に出る。
「さっむぅ!」
上着は身につけたものの、下半身はTバックしか身につけていないので存外に寒い。
俺のほぼ剥き出しの尻には鳥肌が立っている。
こんな無防備な尻でシシリーはよく平気でいられるもんだ。
今の俺は、尻をデンタルフロスしてる気分だ。
これがクセになってはマズイ。
「なんて格好してるんだよ……この変態野郎!」
「グゥ……」
二日酔いの人間をいきなり怒鳴るとか、異世界の情操教育とかどうなってんの?
今はスク水(白)を着てるが、つい先日までTバックだったお前が言うなよ。まぁ、俺が強要したせいでもあるが。
つうか、コイツはこんな格好で寒くないのか?
獣人は寒さに強いのだろうか。
「うぅ……っ、ぃい……頭がぁ」
「貴様の頭がイカれてるのは知ってる!せめてズボン履けよ!なんで卑猥なパンツと毛皮のベストしか着てないんだよ!」
ウサちゃんの言う事は確かにごもっともなのであるが……
「自分の……服に、オイル、つけたくないだろぅ?」
いまだ昨夜塗ったボディーオイルまみれの状態である。だから自分の服は着たくない。
「他人の服かよ!本当クズ野郎だな!」
「フッ、それほど、でもないぜ……?」
「褒めてねーよ!死ね!」
顔を赤くして去って行くウサちゃん。もしかしてこれがツンデレかい?ツンデレバニーなのかい?
膝小僧がカサついてきた。早急に身体を温めて、できればオイルを落としたい。
この村にも教会は存在する。
都会のような立派な建物ではないが、素朴で温かみのある木造建築物であり、村で唯一の蒸し風呂があるのだ。
頭痛を堪えて、ケツがプルンプルンと震えるのを感じながらスキップで教会に向かうと、上半身裸のムキムキ神父が庭を掃いていた。
「神父おはよう!蒸し風呂入りたいんだが、使える?」
サイドトライセップスで朝の挨拶をする。
「これは使徒様、おはようございます!今、準備しますので少々おまちを!」
神父はアブドミナルアンドサイからの流れるようなモストマスキュラーで応えてくれた。
いい笑顔だ。
「悪いね」「イエイエ、お気になさらず」
などと、二人で胸筋をピクピク左右に動かしながら世間話をしていると、お漏らシスターが俺達を苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。
「ああ、シスター・リラ!湯を持ってきて使徒様の身体を清めるお手伝いをしなさい」
「ハァァァァァァァア!?」
え〜と、そんな嫌がる?
ちょっと傷つくじゃんねw
嘘だ、かなり傷ついた。おじさんは若い娘にぞんざいな扱いをされると、まあまあま傷つくんだよ!
「早く準備しなさい」「チッ!」
あのシスター、舌打ちしやがった!やはりあのシスターはビッチだろう。俺の神聖さが分からんのだ。
「申し訳ありません使徒様。リラはシスターに成り立てでして。ご容赦ください」
「気にしてない。大丈夫だ。俺はまだ傷ついてなどいない」
顔はなんとか平静を装ったが、寒さとショックで俺の膝は震えていた。
イヤヅラのリラにお湯でオイルを洗い流してもらい、蒸し風呂で身体を温めて酒も抜けた俺のもとに使い鴉が飛んでくる。
『アンタさぁ、寒くないわけ?』
「風呂上がりの体にはちょうどいいんだよ」
蒸し風呂で火照った体を冷ますため、全裸で湖に飛び込んだ俺を見て鴉は言った。
DTOからの情報によると、北の村と中継地点での被害は甚大であり、侵攻も進まず戦果も上げられずで、将兵の士気の低下は著しいとの事。
何処からか降って湧いたように聖女が誕生し、その将兵達からの信頼厚い聖女様は、強力に軍の撤退を推しているという。
つまりは、現在の帝国軍は侵攻できるだけの戦力が足りていないわけだ。
碌な戦果もなく被害は甚大。
将兵のアイドル・聖女様は撤退を進言し、兵達の戦意は落ちていくばかり。
敵ながら、何も知らずにやってきた指揮官には同情するぜ。
『それで、このまま軍を撤退させると大隊長殿のひいては帝国の沽券にかかわる。協商側と協議してなんとか条件引き出して傷を浅くしたいらしい』
「フン、いかにも大国らしいクソみたいなプライドだな。まぁ、国同士の話し合いなら、俺には関係ないから好きにすればいい」
撤退の意思が見られなければ、宣言通りにポイント稼ぎに行くつもりだったのだが、一応は撤退の方向で事を進めているのであれば俺の仕事はもう残ってないだろう。
『俺も特使の一人として派遣される事となった。アンタとの取引が思いの他早くなりそうで何よりだ。俺にもついにモテ期が来るな!』
コイツ、童貞捨てた過ぎだろ。
それから、現在協商側の責任者である文官所長のナダルに先触として使い鴉が報告に行き、四日が経った。
帝国の意向もあったらしいが、ナダルの護衛として協議に参加する事となった。
帝国の魔導動力機関を積んだ外輪船『オセックス』が、北の村の付近まで来ている。
船の甲板で協議を開くらしく、乗船すると思いの他しっかりとした艦であり、装飾なども施されていて帝国の威信を背負って造られた事がうかがえる。
「お初にお目にかかります。『小国タジス』の要請を受け、協商連合会より湖のサハギン討伐の依頼を受けました総合ギルド長のナダルと申します」
「水源地である湖と、その周辺の治安維持のため派遣された、討征派遣大隊長のライヒハルト大佐である。こちらからの協議の申し入れに応じてくれた事に感謝する」
お互い腹に一物背に荷物を抱える二人の代表者達の話し合いは、思いの他スムーズに進みナダルの後ろに控えていた俺に視線が飛んでくる以外は"穏やかな会談"と言ってよかった。
最後のライヒハルト大佐の発言が無ければ。
「そして最後に、『此度の愚発的な戦闘は事故であるが、その責任はそこにいるサカ・ナクン・サン個人にあるとし、帝国はその身柄の引き渡しを要求するものである』これが帝国議会が出した、唯一の条件である」
「そんな!」ガバりと大佐の隣りに座っていた聖女が席を立った拍子に椅子が倒れる。
腕を組んでつまらなそうに後ろで立ってたDTOの間抜け面が笑える。
鉄面皮おばさんの部下らしく無表情を通してきたナダルさえ目を剥いて怒りを露わにした。
気色ばむ協商側に立った護衛一行が動き出す前に一つだけ質問した。
「それさ、俺に隷属しろって言ってんの?」
帝国軍の護衛などヴァルガンやシシリー、俺が揃ってる段階で圧倒的な優位にある。
「ヤレ」と言えば大佐率いる一行は秒で片付くだろう。
勝手に暴れられるのはちょっと困る。
特にウサちゃんは、口より手より脚が出るのがすこぶる速いのでヒヤヒヤした。
こちらの今の戦力でも、この船と護衛船に乗っている帝国兵を皆殺しにするのは可能だろう。
しかしだ、それは運営イベに影響しないか?
後に引けなくなった帝国軍と協商連国合軍の泥沼の戦争が勃発してしまう可能性が高いのでは?
次から次へと戦力を投入されれば、長期的にこんな所に足止めをくらう可能性が高い。
来る敵全てを皆殺しにしていけば、いつかはクリアするだろうけど、それは避けたい。それにだ……
囚われてピンチに陥る主人公は、中々狙って出来るものじゃあない。
帝国が俺をどうしたいのかは知らんが、この目で見てみたい気もする。
皇帝や議会やら貴族がクソであれば、念願の『ザマァァァ!』体験ができるかもしれん。
これは行くしかあるまい。囚われてしかるべきである。
「あ、いや、その隷属では、ない。責任の追求はされるだろうが、奴隷に堕とすとかでは断じて……ない。ライヒハルト伯爵家が保証する」
「なんだ、奴隷にはしないのか……」
「貴様!状況が分からないのか!」
「そうです。協商に尽くした英雄を引き渡す事などできません。いくら商人国家と侮られていようとも、商人には商人のプライドがあります。その件は飲めません」
案の定ウサちゃんはイキリ立ち、それを抑えるように文官所長が条件を蹴った。
「まぁまぁ二人とも、落ち着けよ。ちょっと帝国の連中を拝んで来るだけだ。心配すんな」
協商に尽くした覚えなどない。報酬の分だけ働いただけだ。
状況は文句なしのザマアフラグがビンビンだぜ!
「お前……「シシリー、コタロウを俺のツレの所まで送ってくれ。ツレには手紙を書くから」クッ!」
「本当に良いのですか?間もなく軍も到着いたしますが?」
この文官所長、最初は慇懃無礼な嫌なヤツだと思っていたけど、仲間や住民思いのまあまあイイヤツである。
「それこそ泥沼の戦争の始まりだぞ?雇った冒険者一人で片がつくならそうすべきだろう。そのかわり、協商に留まってる仲間をよろしく頼む」
ひとつだけ気がかりがあるとすればアイリーンである。
無茶はしないと約束したのに、帰ったら半殺しにされる。間違いない。
後、オッパイ吸いたい。
もしも帝国の上層部が腐れ外道であれば、帆布の屋根の下にいる協議に参加した者達は後に言うだろう。
「あれが帝国の終わりの始まりだった」と。
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