第149話 サハギン使い

「お腹空いたギョーッ!」


声にふと目を覚ますと、サハギンの不気味な顔がすぐ目の前にあった。

慌てて逃げようとするが体を木に縛られて拘束されて、身じろぎもできない。

私を噛みちぎろうと、鋭い歯をガチガチと鳴らしながらも顔が遠ざかっていくサハギン。


よく見るとサハギンの体にはロープが巻かれ、先程の『サカ』とかいう冒険者がそのロープを握って笑っていた。


「おはようギョざいます。良く寝れた貝?」

「……」


周囲には戦闘の跡が見られるが、部下の姿は見えない。

気を失う直前の記憶が正しければ、部隊は全滅だ。


「……部下の亡き骸はどこだ」

「ノリ悪いなお前。友達少ないだろ?」

「部下達をどうしたっ!」


「サハギン達のお腹の中だよ?このコはまだ餌にありつけてないんだ。生きたままこのコに食われたくなかったら、情報をくれないかな?」


「貴様ぁ、よくも私の部下を!この野蛮人めぇ!」


「ギョギョギィーーー!」

叫ぶ私に向かって来るサハギンがギリギリの所でロープに引っ張られて止まった。

鼻先をサハギンの歯がかすめ、生臭さと鋭い痛みが走り、全身の毛穴から汗が吹き出る。


「コラコラ、ギンちゃん!お行儀が悪いよ!」


単体では然程強くないとはいえ、魔獣をペットかオモチャのように扱って遊んでいる。

ロープを犬のリード代わりにしているのを見るに魔獣使いテイマーとかではなさそうだが……

自分がロープで引き寄せたサハギンに噛まれそうになってるし。


魔獣であるサハギンの頭を小突いて、アレは躾のつもりなのだろうか?

魔獣は特殊な方法で調伏し使役しなければ人間の命令など聞く事などない。常識だ。

コイツはきっと、頭がおかしいに違いない。


男が私を指差すと、小突かれたサハギンが私と男を何度か見比べている。

サハギンの表情など読むことなどできないが、恐らくあの男に困惑している。


男と私を比べ、私の方を捕食しやすいと野生の本能で理解したのだろう。

手足をパタパタ動かして襲いかかってきた。


「があっ!」

肩に噛み付いたサハギンの歯が肉に刺さり感じたのは、痛みとそれをさらに上回る恐怖だ。


軍人として、兵士として死ぬ覚悟はできていたつもりだった。

イヤだ!イヤだイヤだイヤだ!

このまま、魔獣に食い殺されるなんて!

私はそんな死に方なんかしたくない!


「殺せっ!一思いに殺せぇぇ!」


せめて軍人として強敵と戦って死にたかったが、この男はどうだ!

サハギンを遊び半分でペットみたいにして、私を餌にして食い殺させようとしている

悪ふざけにも程がある!


「私は軍人だ!大陸最強を誇る帝国軍人だぞ!こんな死に方があるか!せめて……」


「おい、勘違いしてるようだから教えてやるよ。弱い奴に死に方を選べるような権利などない。お前らが他国やその民を蹂躙するのと同じだ。弱いから奪われる。弱いから殺される。ただそれだけだ」


私が弱い?

多くの貴族子弟や高名な魔法使いの弟子である同期達より優秀な成績を収め、士官学校を次席で卒業した私が?


『貴様も精進しろ。私がそうするように。帝国に命を捧げて励め!将来、帝国軍を我らが背負うのだ。期待を裏切ってくれるなよ?』

同期の首席である第二皇子のヘルムート殿下からかけていただいた言葉が蘇る。


「ギンちゃん、マテ!コラコラ、マテっってんだろ?やっぱ全然言う事きかねぇな、魚は」

ゴスン!と強めに小突くと、肩に噛み付いたサハギンを私から引き離した。


「何が目的だ?」

男の奇怪な格好と言動は、私にはまるで理解不能である。


「あ?だからさぁ、最初に言ったよね!帝国軍は邪魔だからすっこんでろってさぁ。馬鹿なの?」


本当に男の目的はサハギン討伐なのか?

それが本当なら、そんな依頼の為に帝国軍を、敵に回そうとしている奴には言われたくない。



————————


「帝国軍が引くと思うか?たとえ私を人質にしても無駄だぞ?冒険者風情に屈する事など有り得ない」


青年士官は自分には軍を止める程の価値は無いと言ってきた。


「まっ、だろうね。でも、お前が駄目でもお前の上官や、さらにその上の上官だったら?」


「ハッ!それこそ無駄だ。数百、数千の兵に守られてる将校に手出しできるものか」


「ちょっと聞きたいんだが、何で帝国はこの地を欲しがるんだ?サハギン討伐が目的じゃないのは明らかだろ?教えてくれたら、お前を見逃してやってもいいぜ?」


「……今更言ったところで、なんら作戦への支障はないから教えてやる。本国から運河を整備し、この湖に繋げて一帯を軍事拠点化し、協商連合国に圧力をかける。それが目的で、私達がその先鋒だ」


協商と帝国の争いに興味も関心もないが、仕事を請け負った以上、報酬の分くらいは働かねばならない。


「ホへーっ、そりゃまたご苦労なこった。まぁ、俺には関係ないけど。約束だ行っていいぞ」

ロープを魔法で焼き切ってやった。


本当に見逃すとは思わなかったのか、あっさり解放されて青年士官は戸惑っている。


「ああ、そうそう北の村からは撤退しろ。今夜にはあそこに行くから、それまでに撤退してなければ皆殺しにするから。よろしくね」


「何を……」

「帰って上官に救援をだしてもらってもいいぞ?あまり半端な数だと、また返り討ちにしちゃうからな、できるだけ大勢でおいで」


ニッコリ笑ってホレホレと青年士官を解放した。


勿論、MAPさんでモニターできるようにマーカーをつけて。

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