第150話 サハギン使い② (青年士官視点)

なんとか生き延びる事ができた。

敵に見逃してもらったのだ。生き恥だ。

二個分隊を失ってしまい、再びあの男と戦う戦力は残っていない。


ヤツの言う通りになるのは癪だが、我々は一時撤退を余儀なくされた。

しかし、あの男にどんな思惑があろうとも私を生きて帰した事を後悔させてやる!部下の無念は私が晴らす。必ずだ!


残った一個分隊と、脚の速い傭兵達を率いて先遣隊と合流した。

馬を乗り潰す覚悟で丸一日の強行軍。ようやく属国とこの小国タジスの国境を超えたところだった。


後方部隊を含め1000人程の部隊だが、国境周辺の町では十分な補給は望めない。

湖周辺とは異なって、余り強引な供出は要求できない。おりしも、去年から続く不作の影響もある。

この町の人間の反感を買うのは避けねばならない。


後方部隊が運ぶ物資だけでは少々心許ないが、士官である私が不満を口にする訳にはいかない。


本隊が船を使って補給物資とともに侵攻を開始しているはずだ。それを皆が心待ちにしている。



指揮所兼兵舎として借り上げたホテルの一室に出向き報告する。


「その超越者である冒険者が我々帝国に牙を剥いたと?フム……」


「貴様、帝国軍人ともあろう者が、たった一人の冒険者相手にオメオメと逃げ帰ってきたのか!」


「まぁまぁ、少佐。彼が生きて帰ってきた事を喜びましょう」


「精鋭猟兵部隊が聞いて呆れる。帝国の恥晒しだな」


居並ぶ先遣隊の士官達からあれこれ言われるが、そんな事は些細な事であるし、もとより自分自身が一番それを理解している。



「それさ、協商の刺客だよね?嫌がらせ?てか、遅滞戦術?ってやつなんじゃないかな?」


場違いに暢気な声に顔を向けると帝国魔導部隊の制服を着た男がニコニコしながらこちらを見ている。

私より幾つも歳が離れてないような、この若い男の階級章は大尉であった。


「ハッ!たった一人で帝国軍を相手に?さすがにそりゃ無謀を通り越して馬鹿だろ。自殺志願者だってもっとマシな死に方を選ぶよ」

ハハハと笑う参謀将校であったが、先遣隊の司令官であるオイゲン中佐の目は真剣だった。


「大尉、その根拠は?」


「勘だけど?まぁ、そんだけ強い奴がさ?サハギン退治だけの為に動く?こんな時期に?何でこの少年兵を生かして解放した?村を明け渡す理由は?分からない事ばっかり」

少年兵って私の事か?とカチンとくるが所属が違うとはいえ、一応上官だ。聞き流しておく。


「大尉、少し口の利き方に注意しろ」


「まぁよい、それで?大尉は何故そう考えた?」


「俺も強いからだよ?もし、俺がソイツだったらって考えたの。占領された村を奪還、敵の進軍の妨害、味方の到着まで時間を稼ぐ。オレくらい凄いヤツなら一人でもそれくらいできると思うんじゃないかなぁー、ってね」


「大尉だったら次にどう仕掛けるかね?」


「普通に考えたら、村までの道中で襲撃を少々と、罠を張った村で迎撃するだろうな。でも、攻めが得意なヤツならここを襲うな。少尉達をわざと逃した理由も、追跡するのが目的だったって理由がつく」


「イヤイヤ、後方部隊を含めてるとはいえ、1000人を相手に一人で何ができるかね」


「だから、アンタら凡人には分からないんだって。それに俺と同等か、それ以上のヤツが相手だった場合の話しだからね?そんなヤツそうそう居るもんじゃないよ?」


先程から割と失礼な物言いのこの大尉の発言に勝手にハラハラするが、中佐を始め他の士官達もそれほど気にしたような感じではなかった。

(一体、この男は何者だ?)


帝国軍、いや帝国全体の特色として、魔法全般に殊更注力してきた国はない。

建国以来のお国柄と言っていい。

どこの国よりも魔法使いが多いのもそのおかげである。


私の所属する猟兵は、最精鋭であるがそれは最強を意味しない。

帝国軍最強とは『魔導部隊』をさす。


私もこの魔導部隊と猟兵部隊のどちらに入りたいか聞かれたが、猟師の息子であった私は迷わず猟兵を選んだ。私は魔力量こそ優れてはいるが、術式などのセンスは人並み以下だったからだ。

貴族や有力魔導師の多い所なんか真っ平ごめんだ!って理由もある。


まぁ、そんな最強部隊の大尉である。歳は私と幾つも離れていないというのに。

帝国は実力主義の面が強いと言うが、それにしたって若い。



報告を終え、今回の件で特に罰を受けずに済んだのは中佐のおかげだろう。

中佐と二人になった会議室で砕けた会話になったところで質問してみた。


「あの魔導部隊の大尉は、何者ですか?随分若いようでしたが……。それに、居並ぶ参謀達の前であんな大口を叩いて、よく他の将校達から叱責されませんでしたね?」


「彼は魔導学校の出身だから君とは面識ないだろうが、彼は君と同じ歳だよ」

「はぁ?あっ、いえ、失礼しました!」


「フフフ!まぁ、驚くのも無理ない。彼は帝国魔導学校を飛び級で卒業した。それも首席でな。天才だよ、とびっきりのね」


帝国魔導学校は魔法使いのエリート中のエリート、限られた天才達しか入学を許さない。

卒業生はもれなく帝国の重要ポストに配属される。


そんな凄いのにそんな感じはまるでなかった。

「魔法使いは変人が多い」とよく言われるが、多分それだ。


そういえば、あの男もとびっきりの変人だったな


「サカ=ナクン=サン討伐隊には是非、自分も参加させて下さい!」


オイゲン中佐の困った顔を久しぶりに見た気がした。



—————————


仕事行きたくないでゴザル!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る