望まぬ政略結婚⑩




兵士はゆっくりと壁をよじ登り、二人の前に姿を見せる。 顔に何となく見覚えがあるため、変装ではなく助けにきてくれたようだ。


「エリス姫様、ガイル様! お怪我はありませんか!?」

「あぁ。 よく俺たちに気が付いたな?」

「情報は既に入ってきています。 エリス姫様が狙われていると」

「流石に耳が早い」

「城の見張り台から探してもらい、お二人の場所を特定いたしました。 暴徒はうちの国の貴族であるため手荒には捕らえられませんが、既に人は差し向けてあります。 安心して城へお戻りください」


兵士の協力もあり事は大袈裟にならず済みそうだ。


「エリス姫を安全なところへ」

「かしこまりました!」

「あとは城の周りを警戒しろ。 まだ未確認の暴徒がエリス姫を狙っているのかもしれない」

「はい、確かにそうですね。 油断するべきではありませんした」


ガイルはエリスを兵士に預けるとここから離れようとした。 おそらくは自身で安全を確認しなければ気が済まないのだ。 そこでエリスはガイルの腕を掴み呼び止める。


「ガイル、待って!」

「どうした?」

「どこへ行くの?」

「さっきの奴らを懲らしめにいかないとな。 俺の気が済まない」


別に怖かったが怪我もなく済んだ。 ガイルに手荒な真似はしてほしくなかった。 それに城へ戻るまでガイルと一緒にいる時間を大切にしたいのだ。


「・・・お願い。 今はここにいて」

「でも」

「一人だと心細いの」


この国の兵士が信用できないわけではない。 それでもエリスからしてみれば完全な味方はガイルしかいない。 そのことをはガイルもよく分かっていた。


「・・・分かった」


用心するに越したことはない。 もし何かあれば兵士が責任を取ることになってしまう。 それを理解したのかガイルは承諾してくれた。 


「エリス姫様、ガイル様。 こちらへ」


しばらくして騒ぎが落ち着いた。 今は城の兵士が怪しい人間はいないかと捜してくれている。


「エリス姫、行こう」


ガイルはエリスに手を差し出す。 エリスは手を重ねると二人は裏口から城の中へと案内された。


「城内だと安心だな。 エリス姫も疲れただろうから自室で休むといい」

「・・・えぇ」

「俺がエリス姫の部屋の前で待機するから、安心しろ」


そう言って小さく笑ってくれた。 そうして安全な場所であるエリスの部屋へと着いた。 その瞬間どっと疲れが訪れて身体がふらついた。 それをガイルは優しく支えてくれる。


―――・・・私はもう自分の心に嘘はつけない。


たとえ何もかもを失ったとしても譲れない想い。 溢れんばかりのそれは堰を切ったように止まらなかった。


「では、エリス姫。 俺はここで」

「ガイル」

「ん?」


ガイルを熱い眼差しで見つめる。 ガイルも真っすぐにこちらを見ていた。


「私にはやっぱり貴方しかいません」

「・・・」


もう一度想いを告げた。 これで駄目だとしたら諦められる、そんなつもりすらなかった。 ガイルはなおも真剣な表情で視線を逸らすことはなかった。


「もしも私の想いに応えてくれるのなら、姫の立場も何もかもいりません」


ガイルは困った様子を見せ小さく溜め息をついた。


―――・・・やっぱり迷惑だったかしら?


そう思われるのも覚悟していた。 そして、もしこの想いが受け入れられないなら、どこか誰の目にも付かない場所へ行ってしまいたいと思ってしまった。

だがガイルは身体を方向転換して言った言葉は単純な拒否ではなかった。


「・・・少しここで待っていてくれるか?」

「?」

「部屋の中で待ってくれていい。 すぐに戻るから」

「・・・はい」


ガイルはそう言うと離れていった。 エリスは黙ってその後ろ姿を見送ることしかできなかった。



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