望まぬ政略結婚⑧




結婚を翌日に控え、エリスの心は少しばかり晴れやかなものとなっていた。 理由はもちろん、昨日ガイルに告白し振られたためだ。 確かに悲しいのは悲しいのだが、吹っ切れたという思いの方が強い。

元々叶うはずもない恋を決着できたのだから、前へ進みやすくなった。


―――今週は本当に色々あって、感情の起伏が忙しかった。

―――もう今は大分平気だから、明日の結婚のことだけを考えよう。


クローネと結婚し、日々を生活していれば悲しい気持ちも未練も時間が自然と解決してくれるだろう。


「ガイル、行きましょう」

「あぁ」


エリスは明日に備えた買い物をするために街へと出ることにした。 メイドたちに頼むよりも、気分転換に自分で動きたかったのだ。

ガイルにした距離を取ってほしいというお願いも、昨日既に解消している。 以前と同じような日常がまた戻ってくるのかもしれなかった。


―――外へ出るとしたら必ずガイルも付いてくる。

―――『今日は外出をする』と言ったら、ガイルがいつものように自然と部屋前で待機していた。

―――それは私が『いつも通りに接してほしい』と言ったから。

―――昨日の今日でガイルの姿を見たら少しだけ胸が痛んだけど、今はその方がいいのかもしれない。

―――もうガイルから逃げないためにも。


ガイルには今後もエリスの専属騎士としての任務があるのだ。 それは結婚し、クローネの国に来ることになっても変わらない。 今のうちにできるだけ慣れておかなければならなかった。

そして買い物をしている途中のこと、突然数人の男たちが現れた。


「エリス姫を見つけたぞ!」


クローネと街を歩くようになって、町の人たちに少しは認知され顔を見れば挨拶される程度にはなった。 どうやら元々国民柄として人懐こいようで、自国の時のように距離を作られたりはしない。

それが心地よく、エリスとしても積極的に街へとで歩く理由になったのだが、自分を探してこられたことは今までなかった。


「エリス姫。 あの人たちとは知り合い?」

「いえ、まさか・・・」


ガイルがいない時にも出歩いているため、エリスの交流を知らなくても無理はない。 だが本当にエリス自身見覚えのない人たちで、更に言うなら少しばかり見た目が荒々しく思えた。

更に走ってやってくる様子が、どうも普通ではない。


「エリス姫、こっち!」

「え!?」


それをガイルはいち早く感じ取り、エリスの誘導と護衛のために動いた。 狙いはエリスであり、国民の一部でエリスとクローネの結婚を反対する者がいたらしい。

 

「エリス姫の国のような小国と同盟を結んでも、俺たちには何の利益もないんだよ!」

「そうだ! クローネ王子が婚姻する相手はもっと国力が強くなければならない!」

「そもそもエリス姫はクローネ王子と相応しくない!!」


心無い言葉がエリスの心に突き刺さる。 他の町民も反応はしていたが、暴徒でありしかも貴族のようで止められる相手ではなさそうだった。


「嘘。 どうしよう・・・」

「エリス姫。 あんな奴らの言葉は耳を傾けないことだ」


こんな時にエリスを守るためにガイルはいる。 相手が複数でも物怖じした様子はない。


「逃げるぞ!」


ただ他国の貴族とあれば、腕にものを言わせて叩き伏せるわけにもいかないようでガイルはエリスの手を引いた。 だがいくら走り回っても撒くことはできない。

エリスは速く走る訓練を受けていないし、ヒールが高い靴で速く動けるはずがなかった。


「このまま逃げていても埒が明かないか」 


ガイルは空き家を見つけると中へ入って階段を上り屋上へと向かった。


「ガイル、何をする気・・・?」

「地上を逃げ回っていても、視界に入っている以上は逃げられない。 それにこの場所に逃げたのも見られている。 追っ手を撒くには普通に移動していては間に合わない」


ガイルは先に隣の家の屋根へと跳び移った。 正直それを見てギョッとした。 下を見れば高さがかなりあり、落ちれば無事には済まないからだ。


「次はエリス姫の番だ!」


ガイルは手を伸ばしてくれる。 だがエリスには跳び移れる自信がなかった。


「私には無理よ!」

「俺を信じろ。 大丈夫だ!」

「でも・・・」


改めて下を見てみる。 やはり高さに足が震えた。 こんな足では余計に跳ぶことなんてできない。


「やっぱり無理!」

「エリス姫のことは必ず俺が受け止める」

「ッ・・・」

「跳べ!!」



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