望まぬ政略結婚⑥




翌日、覚悟を既に決めていたためか清々しい朝を迎えられた。 窓の外からは合唱するように鳥のさえずりが聞こえてくる。

おそらくは毎日そうだったのだろうが、風の気持ちよさすら感じられる余裕はなかった。 天気もよく遠征するにはもってこいな日。 準備を済ませると早速とばかりに集合場所へ向かった。


―――大丈夫よ、エリス。

―――ここまでやってこれたんだから、大丈夫。


なるべく時間をかけない方が気持ちが揺らがないと思った。 のんびりしていると余計なことを考えてしまいそうだった。


「おはよう、エリス」

「クローネ、おはよう」

「今日の遠征、疲れるかもしれないけど意義のあることだから。 もし何かあったら気軽に言ってね」


午前中にはもう城を出る。 エリスとクローネは城の前で合流し待機していた。


―――久しぶりに外へ出たわ。

―――解放感ってやっぱりあるわね。


城の外堀の近くには植え込みが作られていて、色とりどりの花が飾られている。 匂いにつられる蝶のように足取りを向けた時、背後から声がかかった。


「エリス姫」

「ッ・・・」


ガイルの声だった。 予想以上に自身動揺しているのを感じ、振り向こうか迷ってしまう。


―――・・・いえ、大丈夫。

―――もう私の心はガイルを諦めて、クローネに傾き始めているから。


意を決して振り返った。 大丈夫なはずだった。 もう三日も時間を空けたのだから大丈夫でないといけないはずだった。 だがガイルの顔を見た瞬間、そんな勘違いは砕け散った。

胸が苦しくて苦しくて仕方がない。


「エリス姫、おはよう。 調子はどう?」


数日会わなかったというのに、それがまるでなかったかのように話しかけてくるガイル。 彼はいつも通り優しく微笑んでいて、エリスからしてみれば目が回るようだった。


―――三日かけて諦めようとした時間は一体何だったの?


まさか一瞬にしてまた恋愛感情が蘇るとは思ってもみなかった。 いや、そもそもそれが勘違いなのだ。 エリスは最初から今まで、ただずっとガイルが好きだっただけだ。

ずっと恋愛感情を抱き続けていたのに、気付かないフリを必死でしていただけ。


「ガイル・・・」

「ん?」


気持ちを落ち着けることができても、愛する人の姿は変わらない。 今日までの自分の努力が滑稽に思える。

クローネにチラリと目を向けると、相変わらず優しく無邪気に笑顔を見せていることが余計に辛い。 彼は本当にいい人なのだから。


―――・・・それでもやっぱり私はガイルのことが好き。

―――最初から自分の心に嘘をつくことなんて不可能だったんだ。


そう思うと涙が溢れそうになった。


「エリス姫!? どうしたんだ?」


慌てて駆け寄るガイル。 顔を隠し必死に首を横に振った。


―――もうこのままだと駄目な気がする。

―――結婚が決まっているクローネにも申し訳ない。

―――・・・ならいっそのこと、ガイルに告白する?


涙を拭き向き直った。


「エリス姫、大丈夫か?」

「今日の遠征っていつまでかかるのか分かる?」

「遠征?」


ガイルは考えてから答えた。


「あー、どうだろう。 行く場所はそこそこ遠いし、日は跨がなくても今日遅くにはなるんじゃないかな」

「そう・・・」

「どうしてそんなことを聞いたんだ?」


ガイルに身体を支えられながら、エリスは告白することを決意した。 今日に告白するチャンスがないのなら明日でもいい。 だがその約束だけは今取り付けていないといけないと思った。

何故かそうしなければ、この先ずっと後悔するような気がしたのだ。


「ガイル。 明日の正午にテラスで待っています」

「・・・?」


突然の敬語での言葉にガイルは首を捻っていた。 ただ臣下として、その言葉に異を唱えるつもりはないらしい。


「・・・分かった」


そう答えてくれるのは当然であると言えるが、それでもエリスの心は落ち着いた。 たとえ結果の成否に関わらずとも。


―――告白して振られたら気持ちがスッキリするはず。

―――ガイルは私とクローネの結婚を喜んでいた。

―――それに姫として生まれた以上、恋愛の選択肢はないとも言っていた。

―――・・・だから私をキッパリ振ってくれるわよね?


この日の遠征は気持ちがそわそわするも何とか乗り切った。



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