望まぬ政略結婚⑤




ガイルと会わなくなってから三日目の夜となった。 クローネと式の打ち合わせや、城を出たこともある。 その傍にはガイルがおらず、クローネ側で付けてくれた護衛が立っていた。

確かに腕だけで見ればそれでも十分だったのかもしれない。 しかし、エリスの心にはぽっかりと穴が開いたように虚無感が広がっている。


―――この感情は主従関係のある者に抱くものではない。

―――姫として生まれた以上。

―――ガイルもそう言っていた。


随分とクローネにも気を遣わせてしまったと思う。 彼は常に笑顔でいてくれるが、あくまでそう装ってくれているだけなのだ。


―――私がガイルに恋をしてしまったら、もうガイルに専属騎士でいてもらう資格がないのかもしれない。

―――・・・でもこの感情が、ガイルに伝わる前までは。

―――早くこの感情を消して、これまで通りの関係に戻れば。

―――・・・いつかまた昔みたいに、普通に話せることができたら。


ガイルは実力を考慮した上で専属騎士に選ばれている。 特別な理由もなく私情でその任を解けば、国民の信頼を失ってしまう。


―――・・・今日で三日目ね。

―――長かったわ。


クローネと一緒に過ごす日々は単純に楽しく時間が過ぎるのも早かった。 三日目になってガイルがいなくてもようやく気持ちが落ち着いてきた。


―――今の状態のままだと、またガイルを私専属の騎士として付けられるかもしれない。

―――このままただの姫と騎士としての関係を続けたまま、クローネを好きになることができるのかもしれない。


そう思っていた。


「エリス、入るよ?」


クローネは積極的にエリスに関わりに来てくれている。 夜になってクローネが部屋を尋ねてくるのも日常になりつつあった。


―――最初はそれが苦しかった。

―――だけど今では大分慣れた。


「それでガイルがさ!」


どうやらエリスがいないところで二人は交流の時間を設けているらしい。 クローネからガイルの話を聞いてもあまり胸が痛まなくなった。 


―――これはもう、ガイル離れができている証拠なのかもしれない。


もちろん興味がないわけでもないし、会いたくないわけではない。 ただそう思おうとしなければ、エリスはガイルという鎖に縛られたままだ。

そんな鎖に縛られるのなら別に悪くないかも、そのようなことを考えているとクローネが真剣な表情で言う。


「そう言えば、ガイルが頻繁にエリスのことを尋ねてくるんだよね」

「・・・私のことを?」


突然で知らなかったことのため驚いていた。


「エリスの体調はどうだとか、元気にしているかとか。 それ程エリスのことが心配なんじゃない?」

「・・・何を言っているんでしょうね、ガイルは。 私の執事でも何でもないのに」

「ガイルはエリス専属の騎士だからね。 ほとんど一緒にいるんだから、急に会わないとなると不安に思うものだよ」

「・・・そういうもの?」


―――ガイルが私のことを心配していた。

―――期待はしていないけど、あまりそういうことは聞きたくなかった・・・。


クローネはエリスがガイルを好いているとは知らないため仕方がなかった。 ガイルの話はしないでほしい、とも言えない。

それを言うということは、結局エリスがガイルを気にしているということになるからだ。 一時間程話すとクローネがソファから立ち上がった。


「じゃあ僕はそろそろ」

「今日もありがとう。 私の部屋を訪ねてくれて」

「僕もエリスとたくさん話したいからね。 そうだ、明日は遠征があるから。 憶えてる?」

「えぇ、もちろん」

「エリスだけじゃなく、ガイルにも来てもらうよ」


―――・・・そう。

―――明日はガイルとは絶対に会わないといけないのね。


「ガイルは強制ではないけど少しでも腕の立つ人間がほしいし、エリスにとってはいてもらった方が安心するよね?」


強制でないのなら断りたい気持ちもあった。


―――・・・でも今なら大丈夫な気がする。

―――ここで逃げても、いつしかガイルとは絶対に会わなくてはいけない時が来るから。

―――ふいに会うくらいなら、覚悟を決めてから会った方がいい。


「そうね。 ガイルにも来てもらおうかしら」

「分かった。 すぐにでもガイルに伝えておくから」


優し気な笑顔に柔らかく手を振りながらクローネは部屋を出ていった。 少々胸の内は複雑だが、こんな生活にも慣れ明日になってもそれは変わらないだろうと思っていた。

しかし、やはり人の心はそう簡単ではなかったのだ。



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