第5話 逃避

 目覚めは最高だった。


 朝はんだらしく、顔が冷たい。


 しかしとんの中はホッカホカだ。


 うでの中のハツとアユが温かい。


 昨日の夜に、今日の朝飯の準備も済ませてある。


 おくを見ると、まだモエもねむったままだ。


 もうしばらくどろみを楽しめそうだ。


 しかし、りょうわきかかえたむすめたちざわりが非常に悪い。


 昨日洗ったので、はだにイヤなベタベタ感はないけれど、何というかスベスベじゃなくてザラザラした感じだ。


 洗ってよごれは取れるけれど、病気の肌は荒れたままだ。


 早く治療してあげたいけれど、めいそうしていたら、いつの間にかてしまったしね。


 早い所、神様とつながる方法をみつけないといけない。


 けれど、その前に今日はやることがある。


 昨日、村の作りはある程度ていどあくした。

 

 今日やることは、笛作りと、武器集め、あとはえんきょ武器制作だ。


 キナがおそわれたのだ。


 おそったのは、海を挟んだ先、北にあるごくの住人。


 この島にたまに流れ着くらしい。


 見つけたら、大人に知らせて役人にす必要があるそうだ。


 ってか『おれを拾っちゃダメだろう』とモエに言ったら、『殺されても良かった、最後の一人になりたくなかった』と言った。


 役人について聞いてみたが、ずいぶん前から見たことがないそうだ。


 つまりは自衛するしかない。


 と言うわけで、れんらくするための笛を作る。


 指笛が使えるのはモエだけで、他の子達も使えない。


 キナの件でわかった事だが、悲鳴を上げても村のはしから端までだと聞こえない。


 モエの指笛でかくにんしたところ、さけぶより遠くまで音が届く。

 

 笛は、竹で俺が作る。


 小学校の夏休み工作で、作って以来だが・・・。


 あとは村の出入り口に門がしいな。


 しかし、俺の工作スキルが残っているか先に確認したほうがいい。


 小学生の夏休み工作以来、初めて作ったのが先日のおしり洗い器である。


 アレははっきり言って、竹を切って穴を空けただけのしろものだ。


 竹を曲げたり、いて竹ひごを作ったり、竹を編んだりと、昔できていたことがいまだにできるか、簡単な物を作って確かめた方が良い。


 その他に、自分にあつかえて、簡単に作れる武器を考える。


 単純な竹弓を作ったところで、きょも、りょくもしれている。


 きゅうなどは、せっちゃくざいの作り方を知らないし、木の枝を曲げて作った弓が高性能な訳もない。


 今の俺が、村にある簡単な道具で作れる、簡単に使える遠距離武器・・・


 なやんでいると、モエが目を覚ました。



「おはよう、よくねむれたか?」


「おはようございます、すごくよくねむれました」



 あいさつわしているとキナも目を覚ます。



「気持ちよすぎて布団から出たくない」


「キナはそのまま寝てろ、つかしばらく動くの禁止」


「ええっ」


「ええっじゃない、痛みがないからわからないかもだが、お前、じゅうしょうだからな」


「わかった、寝てる」


「なんか、キナうれしそう」



 布団から顔だけ出しているキナを、モエが優しげに見ていた。


 キナの顔は、まだれているので表情はよく分からない。



「うん、布団気持ちいいし」



 そう言ってもらうと、昨日頑がんって洗った甲斐かいがある。





 昨夜、作っていた朝ご飯を手早くあたため、みんなで食べる。


 みんな、よく眠れたようだ。





 朝のうちに畑仕事を早々に片付け、倉庫をあさり、武器になりそうな物を探す。


 簡単に使えそうなのは、もりなたくらいである。


 鉈にさやを作って持ち歩くことにする。


 村の森に少し入ると竹がある。


 まあ俺の知っている竹とは少しちがうが、似たようなものだ。


 人の手でちゃんと管理されてきたようで、種類の違う竹が、区画整理された上で生えている。


 まあここ数年、管理する者がいなくなったせいで、色々な物がしんしょくしてきているし、れた竹がそこらかしこにたおれかかってきている。


 でも欲しい竹はここで全部手に入る。


 やぶをかき分け、ごろな竹を切り出す。


 まずは笛からだ。


 枝部分の細い竹で作ってみるが音が出ない。


 こうさくしながら、何とか音が出る物が作れるようになった。


 全員分の笛を作って、ひもを通し首からげられるようにしておく。


 次に、作り方を覚えている、竹馬を作る。


 竹馬には、竹を加工する基本がまっている。


 これが作れれば、簡易的な門を作る事も可能だ。


 何度か失敗したが、まともな竹馬がちゃんと作れた。


 とりあえず、強度を確認するために乗ってみる。


 視界が高くなり、雑草の向こうをわたせるようになった。


 これはこれで使い道があるかも知れない。


 しげる草の中を歩いてみる。


 草にあしもとを取られるが、コツをつかめば歩ける。


 それに、草で視界がさえぎられないのが良い。


 竹馬の強度的にも問題ない。



 次はなた用のさやだ。


 竹のパーツ4つを作り竹釘くぎで固定して、竹帯で巻く。


 こちらは、ガキのころばあさんに習った。


 竹で、鉈用の鞘を作っているときに武器を思いついた。


 ガキの頃、で遊んだ。


 水道用の塩ビパイプに、すんくぎと紙で作ったたまめ、コンクリートにして遊んでいた。


 子供心に、『人に向けたら死ぬな』と思ったものである。


 鞘ができたので、さっそく吹き矢用の手頃な竹を探す。


 思ったよりぐで、節の間が長くて、中が真円に近い物が見つからない。


 つつを作る上で一番苦労したのが、適した竹を探すことだった。


 吹き筒は、竹の節間を切って、面取りしただけの簡素な物だ。


 吹き筒ができたので、矢の針、しんになる金物を探す。


 釘を見つけるが、五寸釘より大きな四角の釘だった。


 矢の針には、デカすぎるし重すぎる。


 色々探してみたが、一番使えそうなのは、ばち用の金物で作られた火箸ひばしだった。


 数本拝借して、丁度良い長さにたがねで切り、かなづちで形を整える。


 矢の針部分は出来た。


 次は風受け、矢を飛ばすため、空気を受けるえんすい部分だ。


 各家を回って、紙を探すと見つかった。


 障子用はうすくて使い物にならないが、ふすま用がじょうで使えそうだ。


 こめつぶと襖用の紙、鉄箸のはしを使い弾を作ってみる。


 筒のサイズに紙を切り、米で作ったのりでくっつけてみる。


 そのまま放置すると糊ががれて、紙が広がってくるので、糸で巻いて止めた。


 ためしに使ってみる。


 きんきょで木の板を的にやってみる。


 見事にさる。


 ふむ、威力的には問題ないようだ。


 めいしょうにはほどとおいが、当たり所さえ良ければ一発で行動不能にできるだろう。


 まあ、さった痛みでぱらうか、ひるんだところを鉈で切りつけるか・・・。


 下手に手加減してモエ達が死ぬことがある位なら、手加減はしない。


 キナは足首と手首の筋を切られていた。


 げられないようにするためのこうだと思われる。


 その後の事なんて、想像もしたくない。


 とにかく、この吹き矢を使えるようになる。


 まずは、どれくらいのきょで当てられるかだな。


 練習するのみだ。


 矢の再利用も全然できる。


 子供の頃作った、吹き矢の矢は、新聞紙やチラシを使ったため、ペラペラで強度は無く、3回も使うとボロボロだった。


 今回作った紙は少し厚いけれど、丈夫で、何度も使える。


 糊ががれないようにと巻いた糸が、良い具合に紙を補強したようだ。


 手持ち3本の矢を持って練習を続ける。


 しかし、飛距離がもう少し欲しいな。


 筒の長さを長くできれば、飛距離もびるのかもしれないけれど、節をふくめた筒を作る技術が俺には無い。


 竹の節が長いものを見つけて作ったところで、数センチ長くなれば良い方だ。


 たんきょの正確性の高い武器としてなら問題ないが、もう少し、50m以上離はなれた敵をげき退たいできる簡単な武器。


 とうてきか・・・


 とりあえず石を投げてみる。


 ものすごい山なりで、威力はない。


 多分50mは飛んだが、威力と正確性が問題だ。


 威力をどうやって上げるか、スリングだっけっか? 紐とか利用して石を投げるやつ。


 たしか手ぬぐいなんかでもできるんだったかな?


 ためしてみよう。


 正確性はともかく遠距離はいけそうだ。


 投げた石は明後日の方向へ飛んで行くが、何度も投げるうちに大体の場所には集まるようになってきた。


 ただ、これは石の形状が関係しているのか?


 投げた石のどうが安定しない。


 右に曲がったり、左に曲がったり、投げる度に軌道が変わる。


 真っ直ぐ飛ばすためには真円の玉が必要なのだろうか?

 

 いや、回転するなら同じか?


 それに手ぬぐいではなくて、やっぱ紐タイプのにぎりやすくて、もう少し長いのが欲しい。



「何やってるんですか?」


 きょうしんしんな顔でモエがやってきた。


「ああ、自衛用の武器をどうするか悩んでたんだが、良いところに来た、紐を編んでこんなの作れるか」



 地面に絵をえがいてみる。



「なにに使う物でしょうか?」


「ああ、石を投げる。まあ見た方が早いか。俺から少しはなれておけ、今から手ぬぐいで石を投げる」


「はい」



 とりあえず10回ほど投げて見せた。



「すごいですね」


 地面に絵をえがきながら説明する。


「もう少し長い紐で、石を置く場所というか包む場所を太い紐で編めば帯状にできるだろ。この部分は紐でこっちに輪っかを作る、この輪っかに指や手首を通しておけば、もう片方を手放すだけで投げられるし、紐がいっしょに飛んでいかないから」


「なるほど、紐の長さはどれくらいが良いです?」


「あんまり長いと難しそうだし、短すぎると威力がな。とりあえずこの手ぬぐい二つ分位かな?」


「試してるのでしたら、長いの、短いのいくつか作ってみましょうか」


「そうしてくれると助かる」


「さっそく作ってみますね」


「いや、それは急がない、つうか急ぐけど今すぐじゃ無くていい。それよりこっちの笛と吹き矢が使えるか試してくれ」



 モエに笛をわたす。



「これは何ですか」


「笛だ笛」


「?」


「まあ、見てろ」



 笛をく。思いっきり。


 結構甲かんだかい音でそれなりの音量が出ている。


 ふむ、良い感じだ。



「これを作ったのですか?」


「うん、大声でさけんでも聞こえないだろ。この前、畑で悲鳴を上げたキナの声はすなはまでギリギリ聞こえたくらいだ。これなら声を出すより遠くに音が聞こえる」



 モエの目がかがやいた。


 笛の重要性を知りたいからなのか、知らない物を試したいだけなのかはわからない。



「試してみて良いですか?」


「ならモエは砂浜で、俺は反対の村の入り口まで行く。おたがとうちゃくしたら一回吹く、二回続けていたら、お返しに二回続けて吹く、三回連続でなったらここに集合だ」


「分かりました」



 村の入り口についた、一度笛を鳴らす。


 しばらく待っていると笛の音がギリギリ聞こえてくる。


 二度鳴らし、お返しの笛の音を聞く。


 なんとか聞こえている。


 風なんかが強いと少しつらそうだが、まあ実用範はんだろう。


 その時、俺の笛の音とは明らかに違う指笛の音が聞こえた。


 こちらの方が俺の作った笛より良く聞こえる。


 しかし現在、指笛はモエしか使えないのだ。


 三回鳴らして先ほどの場所までもどると、モエも奥から歩いてきているのが見える。



すごいです、聞こえました」


「モエのも作ったけど、モエの指笛の方が良く聞こえたし、モエには必要ないか?」


「いえ、頂けるのであらば欲しいです!」



モエが前にズイッと踏み出して、少し大きな声で主張した。



「こ、こんな笛でいいのなら。ヒモを付けておいたから首からさげげておけ」



もの凄く嬉しそうに首から提げると、笛を手に取り嬉しそうに眺めている。



「ユウジさんの笛と私の笛、音がちがいますよね?」


「分かるのか?」



 手作りなので、俺の作った笛は同じ音が出ていない。


 音感が良ければ、ドレミファと音階がわかるのかもしれないけれど、俺に音感は無い。



「手作りだからな、全部音が違うぞ、吹いてみるか?」



 モエは、目をきらめかせながら、出来たばかりの6個の笛を吹いて音を聞き比べてはじめた。


 あれ? モエのひとみに光がもどり始めている。


 まだ、つうではないけれど、今までに比べれば、ちゃんとうれしそうな顔に見える。




 モエがうれしそうだったので、竹馬に乗って見せる。


 モエの目がキラキラしている。



「乗ってみるか」


「はい、ぜひ」



 とりあえず、モエの前で何度か乗って見せて、竹馬をわたす。


 3度ほど失敗したけれど、そのあとは何事もなかったように乗りこなすようになった。


 筋が良い。


 俺サイズで作っているので、モエにとってはかなり高い竹馬となっているけれど、こわがりもせず、うれしそうに歩き回っている。



「凄いです、高いです」


おもしろいか?」


「はい、遠くまで見えます」



 ひとしきり遊ばせたあとに、吹き矢を教えることにする。


 吹き筒を渡すと、また目をキラキラさせる。



「これは?」


「吹き矢って言う武器だ。少し離れた場所にいる敵に、この弾を当ててひるませる」



 とりあえず、モエの前でじっせんしてみる。


 モエの瞳がかがやきまくっている。


 今までの表情では、考えられないくらいの変化を見せている。


 モエにやってみろと、矢を渡すととしてやりはじめた。


 ってか俺より筋良くない?


 めると喜んでやっている。


 もしかして、モエって遊んだことがないのか?



「モエ、この島の遊びってどんなだ?」



 モエの顔が暗くなった。



「その、色々ありましたから、遊んだことがないんです」


「なに? もしかしてキナ達もか?」


「はい、遊び相手もいませんし」


「そうか、笛とか、竹馬とか、吹き矢は面白いか?」


「はい、凄く面白いです」



 いかん、少し泣けてきた。


 こんなことで、目をきらめかせているモエがじゅんすいすぎる。



「全部モエの物だから、好きに使って良いぞ」


「本当ですか、私だけこんなにもらって良いんでしょうか?」



 うっ、モエが後ろめたそうにしている。



だいじょうだ、今からみんなの分作るから問題ないぞ」


「本当ですか、ありがとうございます」



 遊びのために作ったわけではないけれど、こんなキラキラした目で見られると、他にも作ってしまいたくなる。


 モエが吹き矢に夢中になっている間に、竹とんぼを製作してみる。


 気がついたら、モエが竹とんぼ製作をものすごくキラキラした目で見ていた。


 表情が豊かになっている。


 普通に笑っている顔だ。


 瞳に光がもどっている。


 小学生の頃は、羽に角度を付けると飛ぶと思っていたけれど、今はようりょくが働く原理を知っている。


 必要なのは、羽の丸み、上が丸く、下は平ら。


 火で竹とんぼの中心を、火であぶっり、ねじって角度を付ける。


 あとは左右のバランスがとれれば、大体飛ぶ。


 気合い入れて作ったおかげで、空高くがる。



「凄い、飛びましたよ、本当にすごいです」



 あまりの喜びように居たたまれなくなってきた。



「ほら、コレもモエのだから、好きに遊べ」



 竹とんぼを、それはそれは嬉しそうに飛ばして遊ぶ14の娘がいる。


 どうも俺はぜいたくをしすぎてきたようだ。


 モエには遊んでおくように言いつけて、他の子達の吹き筒や、竹とんぼを作る。


 竹細工をしているときに、まんで出てきた武器を思い出した。


 やり投擲とうてきするための補助具、投槍器とうそうきである。


 試しに倉庫に転がっていた木材で作ってみる。


 投槍なげやりは細い竹なのかよしなのかよくわからないけど、加工のしやすいもので作って、弓矢のように羽をつけてみる。


 試してみると、想像以上に飛んだ。


 投槍の大きさをいくつか作ってみて、羽あり、羽無し、太さ、長さを変えながら、一番飛距離が出るものを検証していると、いいにおいがただよってくる。


 そういえば、モエの姿が見えない。


 もうすぐ日が落ちる。


 もうそんなに、時間が経過していたのか。



 かく所に戻ると、すでに食事の準備は整っていた。



「ゴメンおそくなったか?」


「何を作ってらしたのですか?」


 目をきらめかせて、モエがたずねてくる。


「まあ飯食いながら話すよ」


 俺のせいで遅くなってしまった。


 俺は、アユに食事をあたえることにする。


 しかし、アユの食事があまり進まない。


 アユの顔がこわっている。



「アユどこか痛いのか?」


「うん、おなか痛い」


「なに? とりあえずお腹に手を置こうな、まんできるか?」


「うん、ユウジがさわると大丈夫」



 モエがハツにご飯をあたえようとするがいっさい口を開かない。



「アユごめん、あとでまたお腹触さわってやるからちょっと待ってろ」


 ハツの顔をのぞみ声をかける。


「ハツ? 聞こえてるかハツ?」


 いつもなら俺の場所を顔が追ってくるし、「あー」とか「うー」とか声を出す。


 しかし呼びかけても、顔は動かないし「あー」とも「うー」とも返事が返ってこない。


 ってか、左右の目が昨日より変な方向を向いていないか?



「アユ、ハツに今日変なことなかったか?」


「ご飯前に苦しがってたけど、ユウジ来る前に大人しくなった」



 えっとこれってヤバい状態じゃね?


 なんか寄生虫が脳みそに寄生する事もあるとか何とか?


 ってかホントにどうする。


 俺にはどうにもできない、神様のりょうしかない。


 治療しかないけれど、あまりにも成果が出ないのでげた。


 今日の武器作りは必要だったのも本当だけれど、それを言い訳に逃げたのだ。


 どうやって治療する?


 明日とか言っていられない気がする。


 ハツの顔はハッキリ言ってヤバい。


 なんかじょういっした人の顔だ。


 おに入れた後におかしくなった。


 風呂がかったのか?


 ってか病人を入れるのがちがっているな。



 「ミコ、神様に聞いてくれ、ハツは治療すれば治るのか?」


 「治るって」


 「りょうかい



 やることは決まった。


 今は原因が何かより、ハツを治療することだ。


 原因が分かったところで俺にはどうにもできない。


 神様任せで治療するだけだ。


 しかし、どうやって治療する?


 それだけが問題だ。


 考えろ。


 キナの時は何とかなった。


 しかしあれはぐうぜんの要素が強い。


 なんで治療できたのか自分で理解していない。



「ハツの治療、手伝う」



 ミコが決意のこもった顔でこちらを見ていた。



「え? ってか神様?」


「うん、手伝いたい」


「わかった。モエ、ミコをお前の家まで運んでくれ」


「はい」



 俺はハツをかかえて、ミコを抱えたモエと共にモエの家に入る。


 あかりを付けて、布団を引き、ハツをかせて明かりを落とす。


 くらやみに包まれて、近くに居るミコやモエの顔も見えない。


「暗いです」


「ごめんな、こっちの方が集中できるから」


「そうなのですね、わかりました」


 目から入る情報はじゃだ。


 なるべく雑念はない方が良い。


 治療をするのにモエの家を選んだのも、匂いや、小虫などが気にならないためだ。


「神様は、治療の準備できてるって」


「そうか、やり方とか分かるか?」


「キナの時と同じでいいって」


「それが難しいんだがな。わかった、集中するから俺が話しかけるまでだまっててくれ」


「うん」


 さて、やり方はわからない治療方法。


 とにかく集中だ。


 いのりだ。


 キナの時は頭の中がキナでいっぱいだった。


 参考になるのはあの時だけだ。


 それほど多くないハツとのふれあいを思い出す。


 初めてハツのお腹を触ったとき、とてもいい顔をした。


 強張った顔がゆるんで、おどろいた顔をして、そのあと不思議そうな顔で俺を見ていた。


 ハツをきしめてたときは、本当に嬉しそうな顔をした。


 あの顔がもう一度見たい。


 痛みのない世界に連れて行ってあげたい。


 ハツのふっくらした顔を見てみたい。


 がいこつ顔ではなく、ふっくらした年相応の少女の顔を見てみたい。


 ハツとおしゃべりしてみたい。


 ハツ、ハツ、ハツ、ハツ・・・・


 しかし、つながらない。


 時間だけが過ぎていく。


 ダメだ、何が違う。


 必死さか?


 あの時と何が違う。


 キナは死んでいた。


 俺が手を止めた時点で本当に死ぬ。


 ただ、こわかった。


 俺のおくそこから首をもたげてやってくる黒いモノが怖かった。


 げたかったんだ。


 その先を考えたくなかった。


 ハツが死ぬ。


 同じだ。


 このまま時間が過ぎればハツは死ぬ。


 死んだハツを目にして俺は正常でいられるのか?


 来る。


 あの黒いのが来る。


 あの絶望がまた来るのだ。


 げたい。


 今すぐこの場からりたい。


 だが、逃げたところで何も変わらない。


 逃げた先で、ハツのことを思い出せばそれまでだ。


 おれは飲まれる。


 あのドス黒いモノに飲まれる。


 飲まれたくない。


 体の感覚がにぶくなった。


 思考だけははっきりしている。


 つながったのか?


「繋がったよ、そのまま」


 ミコの落ち着いた声が聞こえる。


 体の感覚も、視界も、音もえた世界にミコの声だけがひびく。


 神様と繋がるのに必要なこと。


 げる事か?


 ミコの時は神様がやったと聞いたが、あの時もしたかった。


 キナの時も逃げ出したかった。


 そして今も。


「そのまま、今度はモエのことをいのって」


 考え事をしているとミコの言葉だけが聞こえる。


 感覚はあいまいで、音も遠い。


 なのにミコの声だけはせんめいに聞こえる。


 なんでモエ? とも思ったが、言われたとおりモエのことを考える。


 海岸に打ち上げられた俺を助けてくれた。


 ご飯も毎日作ってくれる。


 毎日笑がおを俺に向けてくれる。


 それに、今日の嬉しそうなモエ。


 かのじょの痛みが消えるのならばいくらでもいのる。


 どうかモエが良くなりますように。


「もう少し頑張って、次はアユのお薬」


 アユの事を考える。


 アユは、キナの事件の時に、自分の名前も呼んで欲しいと言った。


 あの時の顔が忘れられない。


 必要とされたいと思っている。


 俺が必要としている。


 だから、アユも元気になって欲しい。


「終わったよ」


 体の自由が戻ってきた。


「神様がね、モエも一緒にって言ったの、モエも治療できたよ」


「そうか、良かった。ハツは大丈夫なのか?」


「大丈夫、治るよ」


「そうか、本当によかった」


 集中したせいで、少しつかれたらしい。


「ところで、薬ってなんだ?」


「わかんない、でもコレを飲めば痛いのなくなるって言ってるよ」


「そんな物も作れるのか・・・、ってかモエは大丈夫か?」


「・・・大丈夫ですよ・・・」



 なんか、声の調子がいつもと違う。


 こう、ぱらいがっていないという時になんとなく似ている気がする。



「痛みはないか?」


「痛くないですよ」



 声の調子がじゃっかんフワフワしている。



「体に変なところは」


「お腹が幸せで一杯です」



 幸せで一杯・・・


 神様、なんか変な薬出していないよな・・・



「えと、痛くなかったか?」



 俺には神様が何をやっているのか知る術は無い。


 ただ、治療には痛いイメージしかないのだ。



「いえ、全然痛くないです」


「動けるか、少し休むか?」


「動けますよ。もう少し幸せな気分を味わっていたいですけれど」


「なら少し休もう」



 モエのとなりにミコとハツをかせる。


 隔離所に戻り、はいせつ用のおけと、お尻洗いセットを二つ持ってモエの家に戻る。


 もうしばらくは大丈夫だとは思うけれど、用意しておかないとだいさんとなる。


 モエの家に戻ると、三人とも眠っていた。


 俺はハツの横にもぐんで、ハツの様子をうかがう。


 ちゃんと暖かいし、呼吸は安定しているし、心音も少し早い気がするが、動いている。


 顔は暗闇で良くは見えないが、苦しみにゆがんでいるようには見えない。


 俺にはこれくらいしかしんだん材料がない。


 ミコの言う、神様の言葉を信じることしかできない。


 たのむぜ神様。


 桶を用意していたおかげで、大惨事はまぬがれた。


 モエは何が起こるかわかっていたのに、悲鳴を上げた。


 端から見るのと、自分の中から出てくるのでは気持ち悪さが違うのだろう。


 ハツはお腹の様子を見ながらタイミングを計り、寄生虫のはいしゅつを終わらせた。


 気を失っている間に排泄するのが幸せのようだ。


 いつもの場所で、俺一人で寄生虫の処理をやる。


 今回は、出てきた寄生虫の形をちゃんと観察した。


 できれば見たくは無いけれど、今後の事もある。


 俺はかのじょらに関わることを決めた。


 なら、得られる情報を捨てる事はしたくない。


 観察すると、モエの桶から6種類の形が違う寄生虫が確認できた。


 ハツの桶からは8種類の寄生虫。


 観察を終えて、しょうきゃく処理をして、モエの家に戻る。


 眠っていたモエを起こし、全員で隔離所に戻る。


 ハツを、布団にかせ、モエを見てみると、幸せそうな顔をしている。


 顔が少し赤いのか?


 ほろいしているかのごとく、少しフワフワしている感じがする。


 それに、瞳に光が戻っている。


 遊んでいたとき、普通に戻ったのかと思っていたが、こちらが普通だ。


 かまどの灯りだけのうすぐらい隔離所の中で、モエの瞳に光が見えるのだ。



「モエ大丈夫か、気持ち悪くないか?」


「大丈夫ですよ、なんかフワフワして、雲の上を歩いてるような気はしますけど、気持ちいいですよ」


「治療気持ちいいよね」



 いい笑顔でミコが言う。



「はい、こんな幸せな気持ちになったのは初めてです」


「お腹ポカポカで気持ちいいよね」


「はい、今もポカポカしてます」


「いいな、ミコも、もう一度治療して欲しい」


「ですね、治療だから痛いと思って覚悟していましたけれど、ちっとも痛くなくて、治療がこんなに幸せでいいのか不安になります」


「そんなに気持ちいいの」


「気持ちいいですよ。キナは・・・そうか、キナを治療したときは死んでたんですよね。なんかもったいないですね」


「お腹がポカポカしてたのは、目が覚めたときに思ったけど、そんな気持ちがいいなら、キナも、もう一度治療して欲しいかも」


「ずるい、アユだけまだだ」


「いいじゃないですか、ハツもキナも意識がないときに治療受けてますから、アユはこの気持ちよさを味わえるんですよ」


「アユの治療はいつですか」


「少し待て、今日は無理だ。近日中に必ずやる」


「やた、楽しみ」


「アユ薬だ、飲んでおけ」


「わあ、ありがとう」


 薬を飲むアユを見守る。


 薬の効果を知っておきたい。


「どうだ? なんか体に変化があるか?」


「凄い、痛いのが遠くに行った」


「ん? 遠くに行ったのか? 痛いのは消えてないんだな?」


「そう、でもすっごく遠くで痛がってる感じ。こんな痛くないの初めて」


「俺が手を置くより痛くないんだな?」


「うん、痛くない」


「そうか、ご飯食べれそうか?」


「うん、食べれる」


 一応保険として、アユのベッドの下に桶をセットしておく。


 先ほど飲んだ薬にどんな効果があるのか、わかっていない。


 もしも虫下し効果もあった場合、大惨事になりかねない。


「ユウジも、ご飯食べないと」


「ミコありがとう、じゃあご飯を食べながら聞いてくれ」



 まずは治療について。


 今日のことで覚悟が決まった。


 俺は、いつやる! と決めておかないといつまでも先送りしてしまう。


 それにミコが手伝ってくれたおかげで、二人も治療できたうえに、痛み止めの薬まで用意してくれた。


 神様と繋がる方法も、おぼろげながら見えてきた気がする。


 とにかく感覚を忘れないうちに治療しよう。


 明日、アユの治療を行う事を告げる。


 後は、知らないやつを見たら、笛を吹いて知らせることを周知する。


 全員に笛を配り、吹いてもらう。


 笛がめずらしいのか、みんなが目をキラキラさせながら吹きまくっていたので、結構うるさかった。


 あとは、今日みたいに、だれかのしょうじょうが急変したりと、きんきゅう時の合図も笛で行うようにした。


 最後に全員に竹とんぼを渡す。


 まあ、この子達は手を自由に動かせないので、まだ遊べない。


 キナも手の筋を切られているし、治具で固定しているので遊べない。


 モエが貴重な油の灯りを付けて、皆の前で飛ばしてみせる。


 皆瞳をキラキラさせて舞い上がる竹とんぼを見ていた。


「お腹痛い、でる」


 アユの声がひびいた。


 準備していたおかげで、スムーズに対処できた。


 自分から見えない状態にもかかわらず、アユも悲鳴を上げた。


 出てくる感覚が、相当気持ち悪いらしい。




 いつもの場所で地面に棒でスケッチして、焼却処分を終わらせる。


 スケッチするのは、あとで筆記用具を見つけた時に記録に残すためだ。


 一度描いておけば、おくに残りやすい。


 アユの中から出てきたのは七種。


 全部、ハツやモエで確認されているのと同じ種類。


 これで全員の虫下しが終わった。


 現時点で一番種類が多かったのがハツ。


 少なかったのはモエ。


 なぜ種類の違いがあるのかも調べないとな。


 重量は俺の感覚ではあるけれど、全員あまり差はないように感じている。


 ただ、あれだけ重い物が腹から出たというのに、体が軽くなった感覚はないらしい。


 皆で、3組の布団を並べてる。


 俺のまくらは、ハツである。


 まだ目を覚まさないけれど、きついていると、生きているのが分かって、俺が安心するからだ。


 もう少しごこがいいと、最高なのだけれどね。


 アユとミコは、全員で寝るのがうれしいみたいで、布団に入るとニコニコしている。


 ただ、顔がけまくって痛々しい。


 直るって言っているけれど、どの程度直るものなのか。


 キナの顔は、かなり良くなっている。


 内出血でかなりれるかと思っていたけれど、れはすでに引いている。


 神様のお薬のおかげなのだろう。


 モエが明かりを消して、布団に入ってくる。


 すぐにいきが聞こえてきた。


 早いな。


 俺もハツのぬくもりを感じながらねむる。


 早く良くなれと願いながら。

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