第3話 襲撃

 星空を観察したことで、ここが地球では無いことが判明した。


 日本での最後のおくさぐる。


 人間関係につかれていた。


 人にはあいしょうがあり、絶望的に合わない人間というのもが存在する。


 その人が善か、悪かという話ではない。


 全く共感できない人が存在するのだ。


 おれの場合は、言動と行動がいっしない、今の俺みたいなのがきらいだ。


 そして相性が悪い人間同士が同じ空間にいる場合、直接言葉をわさなくてもストレスをちくせきする。


 蓄積されたストレスは、精神にも、体にもあくえいきょうあたえ、そのうち体の不調という形で表に現れる。


 適当に受け流し、適度にストレスをコントロールする人もいれば、真正面から受け止めてストレスをため続ける人も居る。


 俺は色々な経験をして、ストレスを適当に受け流す術も身についているつもりだ。


 何度も絶望を味わい、そのたびにボロボロになりながらがってきたのだ。


 がるにはパワーが必要となる。


 絶望的なじょうきょうで、一人の力でがれるのは一部の人間だけで、つうの人は周りの力が必要なのだ。


 それは、家族だったり、友人だったり、仕事の仲間だったり。


 支えてくれる人間がいてこそ、えられる。


 しかし、何事にも限度がある。


 ダムは無限に水をためむことはできない。


 放水以上の水がながめばけっかいする。


 体に異常が出始めていた。


 普通のストレスなら人事異動までの2年で決壊することはない。


 しかし、今回はひどかった。


 ストレスの原因はせまい支店の一番上の立場で、俺だけではなく、いっしょに働く人間、関係会社や、お客さんにまでストレスをあたえていた。


 こうなると、正当なクレーレームを処理する、管理職の俺が受けるストレスは倍々に増えていく。


 このままではまともに仕事場が回らないと、本社をんで適切な処置をとったら、上層部は形だけの改善策をとり、そいつをげんな状態にした上で、さじを投げた。


 アレはそういうモノだと、昔からそうだったと、いまさらもうどうにもならないと。


 だいたい、アレのづなにぎるのはお前だろうと。


 アレの退職まであと2年、それまでがんれと。


 わずか3げつで決壊寸前。


 半年で体に異常が出始めた。


 良くない兆候だった。


 とにかくまったストレスを放流する必要がある。


 好きなことを全力でやったり、仲間内で鹿さわぎしたり、やし空間に身をひたしたり。


 人それぞれ、その人にあったやり方がある。


 俺の場合は、ねこまみれになったり、子犬まみれになったり、星空をながめることだ。


 ただ、ねこまみれも、犬まみれも、色々難しい。


 星空は、条件さえよければどこでも見られる。


 何時間でも構わない。


 日がしずみ、日がのぼるまで、きることなく星空を眺めることができるのだ。


 星を見ている間は癒やしの時間だ。


 ただ、星をながめているだけでやされる。


 お気に入りの折りたたみビーチベッドにころがり、星空をながめ続ける。


 地球の自転に合わせ、星空はその姿をゆっくり変化させる。


 それを眺めているだけで、現実からのとうが可能なのだ。


 そしてそれを初めて見た。


 火球だ。


 興奮した。


 火球はきるまでの時間が長いはず。


 そう思って、3回願をかなえることができるのかためしてみた。


「ここではないどこかへ行きたい」


 俺の記憶はそこまでだ。


 その後はぜんごくにいた。


 あまりの不潔さに地獄をして、今はほろびかけのこの村にいる。


 地球からげだし、地獄からも逃げ出した俺の記録だ。


 どうやって地獄に辿たどいたのかは不明。


 感覚的にはいっしゅんのうちに地獄に飛んだ。


 自分で願ったことではあるけれど、地球から逃げ出したかった訳ではない。


 会社をふくめた、俺を取り巻く人間関係にいやが差していただけで、別段こんなところまでげる必要はなかった。


 実際転勤前は楽しくやっていたのだ。


 全ては転勤後の人間関係が起因している。


 ならば仕事をめればよかっただけだし、その後引しでもすれば問題は解決する。


 まあ、身内にだまされてお金がなかったので、引っ越しは無理だったけれどね。


 では、人間関係が清算されたとして、日本にもどりたいかと問われると、なんかちがう。


 日本にもどってやりたいことがないのだ。


 よめと子供はいないが、親兄弟に、仲が良い友人もいる。


 未練が全くないわけではないのだ。


 親は心配だが、きょうだいがいるので俺がいなくてもなんとかなるだろう。


 友人にしても、このとしになれば毎日会ってダベる必要も無い。


 数年に一度顔を合わせて、元気な姿をかくにんできれば問題ないレベルだ。

 

 身をがすほどの何かは存在しない。


 というよりも、自ら遠ざかった。


 なぜなら、俺が身を焦がす何かに手を出すと、大体犯罪となるからだ。


 俺が身を焦がすのは、思春期のむすめたちである。


 なら、この世界はどうだろう。


 少女達が気になっている。


 死にかけの少女が3名に、もうすぐ歩けなくなる少女が1名、あとは目の前で海にもぐっている少女が1名。


 全員何かの病気持ち。


 そして、俺は、昔から困っている思春期の女の子を放っておけない。


 おっさんが困っていても、おばさんが困っていても心がさぶられることはない。


 困っていれば手をべはするが、心が揺さぶられ、何とかしたいと心の底から願うことはない。


 なぜか昔から、思春期の娘限定でなんとかしてあげたいと思うのだ。


 心のおくから言葉では言い表せない何かががるのだ。


 多分俺は少女にげんそういている。


 昔、夢に見た少女に取り付かれている。


 あの時からだ。


 俺が思春期の間だけ、何度も何度も夢の中に現れたくうの少女。


 夢の中の俺は弱かった。


 かのじょを助けることができなかった。


 あの時の絶望感はいまだに残っている。


 そのこうかいいまだ引きずっている。


 だから心がれるのだ。


 あの時から、困っている娘を見ると、がれる。


 助けたいと焦がれるのだ。


 だから昔、思春期の娘達に手を出しまくった。


 日本で見つけた少女達は、心がこわれていた。


 自分を理解してくれないとおもんだ少女達。


 救いを求め、自ら死を選ぶ少女達。


 助けることができず、その後は負け犬の人生だ。


 親とはぐれたねこを見つけては保護する生活を始めた。


 親猫とはぐれ、切なく泣き続けるの子猫を見つけたとき、同じ感情がわき上がる。


 しかし、保護した猫は大きくなると家を出て行った。


 負け犬になってからは、見ないりをしてきた。


 関わり合いになろうとしなければ、困っている思春期の娘と知り合う機会などない。


 だからある意味、へいおんに暮らせてきた。


 しかしこの村で、困っている思春期の娘に出会ってしまった。


 助けてとは言われていない。


 俺が勝手に関わり合いになりたいと思っている。


 親猫が死んで、残ったのは子猫だけ。


 切ない声で鳴いている。


 この娘達をどうにかしてやりたい、フクフクにしてまわしたい。

 

 ああ、やはり俺は、壊れている。


 だが彼女たちに手をべる理由は、俺が壊れているからで十分だ。


 彼女たちが病気で死ぬのはイヤだが、病気なら仕方がないとあきらめられる。


 死ぬまでの間、彼女たちの心に平穏を少しでもあたえられるのであれば喜んで側にいる。


 その後自分も病にかかり、苦しみながら死んでいくことにもなるだろう。


 俺には生に対するどんよくさが、昔の失敗以来なくなった。


 最初ミコを見た時に病気になりたくないとは思った。


 けれど、ここ数日、彼女達とれあった結果、彼女たちと一緒にいるだいしょうとしての病死なら別にいいかとも思っている。


 みんなぜんめつなら、手を貸すことになにも問題がない。


 ただ、本当に神様がいて、彼女たちの命を助けることができると仮定した場合、問題が発生する。


 病気を治せば手をべたことにならない。


 それは、日本で散々思い知った。


 女の子の心をやせたとしても、心がこわれたかんきょうをどうにかしないと問題は解決しない。


 人間はコミュニティーの中で生きている。


 個をどうにかできたとしても、問題が共同体にある場合、共同体をどうにかしないと問題が解決したことにはならない。


 現在のこの村の状況だ。


 彼女達だけで生きていける環境が整うまで、手助けするかくがいる。


『この猫飼っていい?』と言えた子供時代がなつかしい。


 というか、昔、そんな意識のまま人助けをしようとして、失敗したのだ。


 死にかけの娘を助けて終わりではないのだ。


 一生面めんどうを見る覚悟でもない限り、手を出すべきではない。


 困っている娘を助けたい。


 そんなことを考えた、昔の自分もんでいたけれど、そもそも最初がちがっていたのだ。


 他人を助けるなど、思い上がりもはなはだしい。


 その人本人が勝手に助かっているだけであって、他人はそれに力を貸すだけだ。


 俺が助けるのではない。彼女達が這い上がるのを手伝って、彼女達がそれを自覚するしか方法がない。


 わかってはいるのだ。


 けれど、また同じあやまちをかえそうとしている自分がいる。


 彼女たちの側にいたい。


 彼女たちを少しでもがおにしたい。


 そう思っても、最後の一歩がせない。


 昔のひどい失敗が、俺の足にからみついていて、最後の一歩が踏み出せない。


 また同じ過ちを繰り返して、取り返しの付かないことになるのが怖いのだ。




 覚悟が決まらないまま、はまで貝をとっている。


 情けないことに、ここに来て7日、いままで一度も食料調達の手伝いを行っていない。


 モエやキナの負担を減らすとか思いながら、俺の分の食料が増えたため逆に負担を増やしている。


 しかも一番の大食いが俺だ。


 彼女たちと同じ食事量にしようとしてみたが、俺の腹は貪欲に食欲を満たそうとしている。


 まんが効かないのだ。


 だから、せめて手伝いをさせてほしくて、申し出た。


 自分のくらいは自分でなんとかしたい。


 今までやらなかったのは、自分のことでせいいっぱいだったからだ。


 神様へ体の主導権を移すために色々試しているが、未だに一度も成功していない。


 ただ、彼女たちの痛みを低減する事には成功している。


 やることはやっているつもりだが、成果がショボいのだ。


 今の状態はまさにヒモ。


 それに一日中、かく所にもり、成果も上がらず、信じてもいない神様にいのりをささげているとキツいのだ。


 彼女達を手助けしたいと思いながら、ウジウジとなやみ、逆に負担をかけ続けている現状にストレスが溜まっている。


 ストレスを発散する必要があるが、体の痛みをえて働いている娘達を放っておいて、星をながめられるほど俺の神経は太くない。


 だからぶんてんかんをモエやキナの手伝いとしたのだ。


 しかし、手作業の農業しかり、もぐりの海女あま漁しかり、未経験でとつぜんできることでもない。


 承知の上で実家で多少経験のある畑仕事を手伝おうとしたら、キナに一人でだいじょうと強く言われ追い出された。


 あの必死さには何かがある。


 ただ、めることはしない。


 事情がわからない今は、やりたいようにやらせた方がいい。


 その後、モエに手伝いを申し出た。


 しかし素人しろうとに仕事のイロハを教えるのには、時間も手間もかかるものだ。


 なにをやっているのだ、元管理職。


 そんなものは今までの経験で十分にわかることだろうと、自分にツッコミを入れたくなる。


 モエはイヤな顔一つせず、る種類、取れる場所、行ってはダメな場所、ちゅうこう等を結構な時間をかけて教えてくれた。


 いい子である。


 そんなことを考えているとかかと辺りに、何かにされたような感覚があった。


 後ろを確認するとモエから教えてもらった毒貝のとくちょうがっする貝が居た。


 とりあえずその貝を確保してみる。


 デカいジャガイモみたいだ。


 放置すると危ないので、その貝を移動させなければいけない。


 確保の仕方も教わっている。


 なるべくではさわらない。


 どうしても素手で触らないといけない場合の、注意事項も教わっている。


 毒針は頭の方にしか発射できないので、おしりにぎれば大丈夫。


 ヤバい、手の平を刺された。


 頭とお尻をちがえたようだ。


 刺されたしゅんかんは痛かったが、すぐに痛みは消えた。


 刺されてぐに動けなくなり、しゃべれなくなることが多いと言っていた。


 そして最悪死亡すると。


 おそおそる立ち上がり、その辺を歩いてみる。


 しかし、歩いてもぜんぜんしょうじょうが現れない。


 モエを呼ぼうかと考えたが、心配させるのも気が引ける。


 それに神様が何かやっているのかもしれない。


 しかし体に異常が出て、助けを呼ぼうと思ったときに声が出なくなっていたら、目も当てられない。


 浜を歩きながらなやんでいると、村の方からキナの悲鳴が聞こえたような気がした。


 とりあえず村の方へ走ってみる。


 ちゅうもう一度悲鳴が聞こえた。


 ちがいなくキナの悲鳴だった。


 同時に男のモノと思われるせいも聞こえた。


 走るスピードを上げる。


 今の時間、キナが居るのは畑だ。




 畑を目指して全力で走る。


 雑草がじゃだ。


 畑を目視したところで、キナの上にまたがっている男が見えた。


 俺のぼやけた目ではよくは見えないが、したきにされているのがキナだと分かる。


 走る速度をさらに上げる。


 男がこぶしげ、キナにろすのが見えた。


 その瞬間キレた。


 キナの上に乗っている男めがけて全力で走る。


 俺が夢に見た架空の少女を助けるために、どれだけ長い間体をきたえたと思っている。


 実在しない夢の中の彼女を助けるために、中二病をはっしょうした俺をめるな。


 夢の中では、水の中にでも居るように体が重く、体は動かなかった。


 体をきたえても夢の中の自分は弱かった。


 一瞬弱気になったが、全速力の勢いのまま、男の顔にひざを入れる。


 骨同士がぶつかるイヤな音がして男がんだ。


 俺の膝に一瞬鋭するどい痛みが走ったが、直ぐに消えた。


 夢の中とちがって、普通に体が動いてくれた。


 しかし筋力をつけただけで、かくとうをやっていたわけではない。


 ひざりのしょうげきでバランスをくずし、無様に地面を転がった。


 いかん、少し冷静になれ。


 すぐさま起き上がり、ついげきを入れようとしたが、男が動いていない。


 何度かってみたが反応は無い。


 それよりキナ!


 キナに近寄り、手ににぎっている毒貝に気がついた。


 こんな貝を持って、キナにさわるわけにはいかない。


 辺りを見回し、動かない男めがけて投げつけた。


「キナ大丈夫か?」


 ぐったりしているキナをゆさぶるが、反応が無い。


 右手や左足が血にれている。


 顔にはれっしょうと変色。


「キナ、おいキナ返事しろ」


 呼びかけ、呼吸を確認してみるが、していないように見える。


 胸に手を置くが上下していない。


 急いで胸に耳を当てるが心音が聞こえない。


「死んでる?」


 さっきだ、ここに走ってくるときに悲鳴が聞こえた。


 まだ一分もっていない。


 直ぐに心臓マッサージを始める。


 心の中にどす黒い何かが首をもたげてくる。


 ダメだ、出てくるな、お前が出てくると俺は動けなくなる。


 必死で黒い物を心の中にめる。


 今は動け。


 不安をばすように声を出す。


「キナ、死ぬなキナ、戻ってこい」


 心臓マッサージと人工呼吸を続ける。


 みんないやがるAED講習に、何度も行かされていたが、まさかここで役に立つとは思わなかった。


 最新の講習では、素人が人工呼吸をやっても役に立たないので、心臓マッサージだけやってくださいとは言われていたが、心臓マッサージだけだと息が上がる。


 しかもあの講習は、AEDが手元にあるのが前提である。


 ここにはかんじんのAEDがない。


 心臓マッサージだけで息をかえすのか?


 考えるな、体を動かせ。


 心臓マッサージは1分100回程度のスピード。


 あっぱく30回に対して、呼吸は2回。


 けいぞくして血液を全身にめぐらせる事が重要。


 血液が止まり、酸素を全身に送れなくなる事が死につながる。


 つまり、血液と酸素が十分に供給され続けている限り延命できる。


「キナ、帰ってこいキナ」


 必死で心臓マッサージと人工呼吸を続ける。


 このままで良いのか?


 何か無いのか?


 キナが死ぬと俺がこわれる予感がある。


「キナ、死ぬな、戻ってこい」


 考えろ、何か無いか。


 神様は?


 でもそんな状況じゃ


 ためさないのか?


 キナが死んだ後、やっておけば良かったと後悔するのか?


 お前はまた後悔したいのか?


 弱気になるな、助けるぞ。


 絶対助ける。


「キナ、死ぬな、キナ帰ってこい」


 声を出して、弱気を吹き飛ばす。


 よし、やる。


『おい神様出番だ』


 頭の中で神様に呼びかけてみたが、応答はない。


「神様、りょうだ」


 声に出しても神様は光らなかった。


 これだけ必死になってもダメらしい。


 頭の中がグチャグチャすぎるのだ。


 冷静になれ。


 心臓マッサージをしながらいのるだけだ。


 難しい事ではない。


 落ち着け。


 ・・・


 ダメだ、心臓バクバクでそれどころではない。


 頭の中はキナが死んでしまうでいっぱいだ。


 あせりしかない。


「キナ、おいキナ、返事しろ、また胸とおなかさわってやるからな」


「キナ、目を覚ませ、お前がしてしいことしてやるから」


「キナ、おきろ、キナ、目を覚ませ」


 必死に呼びかけた。


「キナ、死ぬなキナ」


 どれくらい呼びかけたのか分からない。


「キナ、生きろキナ」


 心臓マッサージが終わったら、必死に呼んだ。


「キナ!」


 人工呼吸が終わったらさけんだ。


「キナ、キナ、キナ!」


 キナの名前を必死に叫んだ。


「キナッ!」


 黒いモノが俺の内側からあふれ出してくる。


 これに飲まれたら俺は動けなくなる。


 心が動かなくなる。


 あそこからすのに20年以上かかったんだぞ。


 アレをもう二度と味わいたくない。


 あのきょ感をもう二度と味わいたくない。


 だけれど、黒い物にまれた。


 俺の視界が黒くりつぶされていく。


 体の感覚がものすごくにぶくなる。


 俺の思考もこれで消える。


 そう思った瞬間、視界が戻った。


 思考がクリアだ。


 目の前にキナが見える。


 ほうけている場合ではない。


 キナの状況を確認する。


 キナの心臓は止まったままだ。


 心臓マッサージを再開する。


 さっきのはなんだ?


 黒いのに飲まれたはずだ。


 俺の心は動かなくなっているはずだった。


 なのに、黒いモノが少し遠くに行った感じがある。


 そんなことより、今はキナだ。


「キナ、頑張れキナ、戻ってこいキナ」


 心臓マッサージで、俺のうでが悲鳴を上げている。


 これ以上長引くとヤバい。


「キナ、起きろ、戻ってこい、キナ、聞こえてるかキナ!」


 その時、俺の腕をもどす感覚があった。


 急いでキナの胸に耳を当ててみる。


 心音が聞こえる。


 呼吸も確認する。


 息をしている。


 戻ってきた。


「よくがんった、キナ、良かった」


 キナの横に大の字でころがる。


 だいぶ体力を持って行かれた。


 ころがった俺の視界に、キナを殺した男が目に入る。


 目を開けていた。


 急いで飛び起き、男にりを入れようと思ったが様子がおかしい。


 呼吸がく出来ないのか、口をパクパクさせている。


 腕を動かそうとしているが動いていない。


 男の上にはあの貝が動いていた。


 刺されたのか?


 しばらく様子を見ていたら男が動かなくなった。


 貝を確保し、海に帰すことにする。


 この貝一匹ぴき処分したところで、もう出なくなるわけでもあるまい。


 それに、キナを殺した男にトドメをしてくれたのだ、感謝している。


 貝をおけに入れて確保する。


 しかし、死ぬ前にキナを殺した男をなぐりたかった。


 なぐったところでなにもないのはわかっている。


 ただの自己満足だ。


 動かない男を確認するが、脈はない。


 キナのあしもとものが二つ転がっていた。


 びた包丁となただ。


 両方手に取ってみてみる。


 鉈の方は手入れもせず使っていたのか、サビとこぼれが酷い。


 草のしるや木の樹液がこびり付き、ひどく切れ味が悪そうだ。


 包丁の方も似たようなものだが、新しいのりが確認できた。


 そう言えばキナは何処どこからか血を流していた。


 キナの体を確認すると、左足の足首からふくらはぎが血に濡れている。


 半乾きの血がこびりついている。


 どこを切られたのか調べると、アキレスけん辺りを深く切られていた。


 右手も血まみれだった。


 右手首も深く切られている。


 サビが酷く刃こぼれしている刃物で切ったせいで傷口がきたない。


 せめて傷口だけでも洗わないと。


 井戸から水をみ手足を洗う。


 血をていねいに洗い流す。


 まつな刃物で切られ、土の上で暴れていたせいで傷口に色々入はいんでいる。


 このままだと違う病気になりそうだ。


 不思議なことに傷口をれいに洗い流した後に血が流れてこない。


 背中に冷たいあせが流れる。


 急いでキナの心音を確認するがちゃんと動いている。


 どういうことだ?


 そう言えば先ほどの感覚、ミコの時に似ていた。


 もしかして、神様につながったのか?


 まあいい、キナが少し冷たい。


 血を流しすぎたのか、心臓が止まったせいなのかは分からないが、急いで暖める必要がある。


 全身洗ってやりたいが、余計体を冷やす。


 今は暖める方が先だ。


 背中に付いたどろを手早く落としキナをかかえる。


 キナは冷たくて軽かった。


 こんな体で、毎日畑仕事をやっていたのかと思うと、心が痛む。


 感傷にひたっていると、キナの腹がキュルキュル音を立てうごめいた。


 ミコのさんげきを思い出す。


 多分アレの前兆だ。


 ミコの寄生虫を処理した火葬場に、キナをかかえて走る。


 辿り着いた瞬間、ものすごい量の寄生虫が出てきた。


 キナをかせて、隔離所に戻り、お尻洗いセットと火種を持ってくる。


 辺りにあったえだや落ち葉を集めて、寄生虫の上にせ火をつける。


 危なかった。


 あのまま隔離所のとんに運んでいたら大惨事だった。


 これで確信が持てた。


 黒いモノに飲まれた瞬間、多分俺の体は神様に主導権をわたしたのだ。


 今は、神様の治療後は、寄生虫を処理するまで気をけない事が分かっただけ良しとしよう。


 キナを抱えて冷えないようにして、火が消えるまで見届け、隔離所に戻って、キナを布団にかせる。


 キナの顔が酷い。


 何発殴なぐられたのか。


 いかりがふつふつといてくる。


 くそ、あの男、生きているうちに殴りたかった。せめて、キナと同等の痛みをあたえたかった。


「ユウジこわい」


 ミコの声が聞こえて、我に返る。


 どうやら怖い顔をしていたようだ。


 一度深呼吸して、なるべくやさしく見えるように顔を作る。


こわかったか? ゴメンなミコ。お願いがあるんだが聞いてくれるか?」


 なるべくやさしい笑顔をかべながら、ミコにお願いする。


 ミコのている木のベッドから、ミコをきかかえる。


 ミコの軽さはキナの比ではなかった。


 軽すぎる。


 泣きそうになるのをぐっとこらえて声を出す。


「キナを暖めないといけないから、俺と一緒に暖めてくれるか?」


 何のことか分からない。という顔をしているミコを、キナの横に寝かせて布団をける。


「キナ冷たいよ」


 ミコはまだ、自分で体を自由に動かせない。


 手だけをゆっくり動かして、キナの腕にれている。


「そうだ、だから暖めないといけない、俺はこっちで暖めるから、ミコはそっちからキナを暖めてくれ」


「わかった、キナ暖める」


「よし、じゃあ一緒に暖めよう」


 服をいで布団に入り、キナにきつく。


 キナは冷たい。


 でも、きついていると息をしていることも心臓が動いていることも分かる。


 胸に耳を当てて心音を確認する。


 心音を聞くとなぜに安らいだ気持ちになるのだろう。


 色々グチャグチャだった感情が、じょうされていくような感覚がある。


 そのまますいおそわれ、意識がえた。



「ユウジさん、大変ですユウジさん」


 モエのあせった声で目が覚めた。


 多分アレだ、キナをおそった男だ。


「畑の男か」


「はい、そうです」


「モエは俺と交代、はだかでキナにしがみついとけ」


「え?」


「アレは俺が片付けてくる」


 布団に入れたときに比べれば、キナは温かくなっている。


 でも、まだ少し冷たい。


 密着しているのでキナが生きているのが分かる。


「えっと」


「キナだいぶ温かくなったけど、まだもう少し暖めた方が良い、たのんだぞ」


 裸で布団から出るとモエがおどろいている。


 服を着ながらミコにお願いする。


「ミコ、もう少しお願いできるか?」


「うん大丈夫、がんる」


「よし、良い子だ、任せた」


 ミコの頭をでて表に出る。




 しかしくさいな。


 このにおいを知っている。


 この男の容姿、匂い、そしてキナをりつけていた時の言葉。


 全て思い出した。


 日本最後の記憶は、流れ星に「ここでは無いどこかに行きたい」と願ったまでだ。


 次の瞬間、俺がいたのは地獄だった。


 この村より、建物の質がものすごく悪い場所だった。


 ゆがんだつちかべに、草を乗せただけの屋根。


 そこら中にうすよごれた服を着たが転がっていた。


 地面はぶつだらけで、そこに俺は裸で立っていた。


 その時はまだ日本にいたときの俺の体だった。


 下を見たとき自分の腹が出ていたのを覚えている。


 それから走った。


 その場所から、死人の山から、足の裏から伝わる気持ち悪さから、きょうれつあくしゅうからのがれたくて走った。


 途中、何度も追いかけられた。


 知らない言葉でられながら追いかけられた。


 その全てからのがれるためにひたすら走った。


 どれくらい走ったか記憶があいまいだ。


 そして海を見つけた。


 海もくさかった。


 海岸はよどんでいた。


 ぶねを見つけ、飛び乗り沖を目指した。


 海がにごっていない、青い沖を目指した。


 海が綺麗になっても、海岸が見えなくなっても強烈な悪臭は消えなかった。


 自分が汚物まみれだった。


 そう、悪臭の原因は自分自身にこびりついた汚物だ。


 海にんだ。


 海の中でくるったように自分の体を洗った。


 そしてちからきた。


 その後、モエに拾われたのだろう。




 コイツの匂いは本当に不快だ。


 地獄を思い出してしまう。


 一応男を観察しておく。


 身長は150 cmほど、ほそり、腹も出ている。


 たぶんこの島の病気と同じ病気を持っている。


 耳が少しとがっている。


 顔立ちも角張っていて特徴があるが、それ以外は人間と変わらないような気がする。


 この島の男の顔を見たことがないので、顔立ちのちがいはわからない。


 けれど、モエ達と比べるとかなりの違いはある。


 死んだ男を引きずって、村の入り口まで運ぶ。


 ここには大きなかまがあって、病気がってからはそうとして使っているらしい。


 病気がまんえんする前はそうしていたそうだが、病気が流行ってからはそうになったそうだ。


 俺は男をほうんで、燃えそうな枝を集めて男をおおくした。




 村の入り口から、少し奥へ進む。


 あの男のしんにゅう経路を探すためだ。


 雑草を鉈でかき分けながら来たのであろうあとが確認できた。


 俺たちは、村の入り口から先に行くことはない。


 あの男が侵入してきた跡でちがいないだろう。




 一応念のために海も確認しておいた。


 ふねがあるかもしれない。


 キナを襲ったやつと組んで、海と山から同時にけてきた可能性もある。


 一人だけだと決めつけるのは危ない。


 すなはまはしから端まで歩いてみたが、船も俺たち以外のあしあとも確認できなかった。


 ついでなので海で体と服を洗い、たきでもう一度体と服を洗い、モエの家でえて隔離所へ向かう。


 自分が手を下していないせいか、それともキナの事で衝撃を受けすぎてそれどころではないのか、何のかんがいかなかった。


 キナが死にそうなときにはあれほど取り乱したというのに、俺はやはり壊れているのだろうな。




 途中で毒貝の事を思い出した。


 海にがすとしても、モエの指示をあおいだ方が良いだろう。


 畑に戻り、毒貝入りの桶を回収して海に行く。


 桶に砂と海水を入れて隔離所に戻った。


 モエも手が届かない高い場所に、毒貝入りの桶を置く。


 周りの身長が低いと、こういうのは助かるな。




 まりをしようとして、かぎなど付いていないことに気がついた。


 時代劇を思い出し、適当な木の棒をつっかえ棒として戸に入れて戸締まりを確認してから、キナの様子をうかがう。


 まだ目を覚ましていない。


 呼吸は規則正しい。


 横ではモエがキナに抱きついて寝ている。


 温かいとちゃうよね。


 モエの顔を眺めてみると、起きているときよりいくぶん幼く見える。


 起きているときは気を張っているのかもしれない。


 まだ14だ。


 俺が14のころは親に養ってもらっている自覚もなく、本当に子供だった。


 モエはこの子達のため海にもぐり食料を調達し、ご飯を作り、そうせんたくに、この子達の世話までやっている。


 もう少し自由な時間を作ってあげたいと思う。


 キナのがおがっていて、痛々しい。


 おかげで表情が読めない。


 ミコはガリガリ過ぎてミイラのようである。


 アユとハツの顔を見ようと二人がねむるベットに顔を向けると、アユとハツがこちらを見ていた。


「今日はこっちでるか?」


「いいの?」


「ああ、いいぞ、みんなでよう」


「やた」


 ミコのとなりに新たに布団をき、ミコの隣にアユを入れる。


 アユも軽すぎる。


「温かい」


「そうだろう、みんなで寝ような」


「うん」


 次にハツをきかかえてアユの隣に寝かせる。


 この子達を抱きかかえるたびに暗くなりそうな顔を必死にこらえる。


 ハツとアユの間にもぐみハツを見る。


 ハツと目が合った。


 ハツもガリガリでミイラだ。


 ハッキリ言って怖い。


 ハツの頭をでるとハツが笑った。


 怖い顔なのだが、なんかわいく見た気がした。


 ハツをきしめるとうれしそうにしている。


「あー」


「ハツはわいいな」


「うー」


 ハツの笑顔を見て決めた。


 俺にできる限りの事をやろう。


 助けるというこうは、命だけの話ではない。


 ハツが数日後に死ぬとしても、彼女が少しでも笑ってくれるなら力をくそう。


 きしめたハツが少し冷たい。


 温かくなるように横から抱きしめる。


「アユも」


 かえるとアユと目が合った。


 彼女たちは自分の力で動けない。


 二人をりょうわきで腕枕する。


「痛いの遠くに行った」


「そうか、ねむれそうか?」


「うん、ユウジいい匂い」


「そうか?」


 二人は臭い。


 洗ってやりたいな。


 でも痛がるかな。


 治療すれば大丈夫かな。


 お入りたいな。


 考えてるうちに俺もねむりに落ちた。

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