第2話 迷い

 次の日、おれは朝飯の後、みずでっぽうを作っていた。


 みずたけほうと言った方が正解な気がする。


 水のふんしゃが水平方向ではなく、垂直方向だ。


 前に飛ばす訳ではなく上に飛ばす。


 いわゆる手動のおしり洗いである。


 なんでこんな物を作っているのかと言えば、今朝厠かわやへ行くと、厠のとなりみずがめに入ったたけぐしを見つけてしまったからだ。


 厠は俺の子供時代にあった、どっぽん式と同じだったけれど、紙がないのだ。


 となりきんじょの厠もかくにんしてみたが、縄が張ってある場所もあった。


 ようするに、お尻を拭くのは竹串か縄ということだ。


 さすがに、持ちで、お尻洗い機能が付いたトイレで生活していた俺にはハードルが高すぎる。


 今の自分に簡単に作れる、紙が不要なお尻洗いを考えて、昔、竹で作った水鉄砲を思い出したのだ。


 らなくなった古い布をモエにもらって、尻拭きサイズにカット中でもある。


 お尻を洗って、れたお尻をく布だ。


 コレは使い回す。


 ちゃんとせんたく方法も考えた。


 いもあらおけがあったので、尻拭き布専用のせんたくとして使い、すすぎは村内にある小さなたきに竹かごに入れた状態で放置する。


 村の用水路はたきがみから水を引いてあるし、飲み水は井戸水を使っている。


 滝の水はそのまま海に流れ出ている。


 モエが海産物をっているあのわんである。


 そこは少し海産物にえいきょうがあるかもだけれど、お尻洗いで洗ったあとの水を、いただけの布だと自分に言い訳をする。


 地球上にも川の中でちょくせつはいせつしている地域はけっこうあるらしいが、それに比べればいくぶんマシだろう。


 そもそも海の生物は、海で直接排泄しているのだ。


 それにミコから出てきた大量の寄生虫。


 アレを見た後、尻拭きたけぐしや尻拭き縄を使う気にはなれない。


 とりあえずは一度、ためしてみるしかない。


 自分用とモエ、キナ用で三つ垂直方向仕様、ミコたち病人用につうタイプの水平方向へ水が飛ぶタイプも用意した。


 一度使ってみないと分からないので、尻を出し水をお尻に当ててみる。


 ふむ、ぜんぜんちがうところに当たる。


 ねらったところに当てるまで少し慣れが必要だ。


 それに水を出すため、ピストンをむとズレる。


 これにも慣れが必要だな・・・。


 動作確認として、他のお尻洗いもためす。


 個人専用品を作って正解だった。


 穴開けの関係で違うのを使うたびに調ちょうせいが必要になる。


 個人用ならそのうち一発で当てられるようになるだろう。



「何をしているんですか?」



 尻をしにして、お尻洗いのテストを行っている俺に、モエが話しかけてきた。



「え、あ、りょういっかんだ」


「治療ですか?」


「そうだ」



 ちゅうちょ無く俺の前ではだかになることといい、尻をむき出しにした俺に話しかけてくることといい、この世界の常識というか、この村の常識というか、心配になる。


 まあ、こんな草むらでテストをやっていた俺にも問題はあるけれど。


 さすがに尻を出したままでは、俺がずかしいので立ち上がる。


 尻が濡れたままで気持ち悪いが、としごろむすめの前で尻をさらすよりマシだ。



「昨日、ミコの尻から出たヤツ覚えているか」



 モエの顔から一気に血の気が引くのが分かる。



「アレの予防だよ」


「予防ですか」


「そそ、アレな、縄とかくしとかで尻を拭いていると、人に移る可能性が高い」


「えっ!」


「だからな、尻はコレで洗う、なれるまで少しかかるが、コレで尻を洗って、この布で濡れた尻を拭く」



 さすがにミコのさんじょうを見たあとに、この話をしたせいか、ものすごくしんけんに話を聞いてくれた。


 一度試してみろというと、躊躇無く尻をまくる。


 少しりんかんをどうにかした方が良い。


 看護してばかりで、しゅうしんが失われているのか、これがこの村の普通なのかなやむところだ。



「ひゃ、冷たいです」


「当たるようになったか」


「はい、だいじょうです」


「大きい方だけじゃなくて小の方にも使えるからな、ってか使った方が良い」


「分かりました」


「終わったら、こっちの布で水拭いて」


「予防というのも大変なのですね」



 モエと分かれてかく所へいくと、キナがいた。


 ちょうど良いのでキナに水鉄砲をわたす。


 頭にハテナマークがいているのが分かる。


 モエと同じように説明した。


 尻から出た虫の話になったしゅんかん、めちゃくちゃ真剣な顔で聞き、使い方をマスターする。


 ってか、モエだけかと思っていたがキナも躊躇無く尻出したな・・・。


 ミコ達、たきり用もわたして使い方を教える。


 よほどアレがトラウマになっているようで助かっている。


 なんでこんな物とか思われて、使ってくれない方が困る。


 まあ、実際の所は縄とか串とか使いたくない俺のわがままなのだが、俺の説明もちがってはいないはずなのだ。


 衛生観念は持ってもらいたいしね。




 キナが畑へ出かけたので、俺はミコに話を聞くことにする。


 昔、新興宗教の執拗な勧誘を受けた俺にとって、神と言う言葉は胡散臭いモノとしてインプットされている。


 なんとも言えない羞恥心が俺を襲うので、他人に神様という単語を使って話しているところを聞かれたくないのだ。


 アユとハツはのうの表情でねむっているが、ミコの表情だけは明るい。


 体は痛々しく、骨と皮だけではあるけれど、表情が違うだけで印象が全然違う。


 アユとハツの胸の上に手を置いみると、やはり表情が少し柔らかくなる。


 ミコを起こして、アユとハツの胸の上に手を置いて話を聞く。


 昨日、ミコに治療方法は聞いたが、もう少しくわしい話が聞きたかった。


 ミコの時のように、自動で俺の体が動いて治療してくれるのかと思ったが、アユで試してみても、体は動かないし、光らなかったのだ。



「ミコ、治療の話を神様に聞いてくれ」


「ん」


「アユで試したけどダメだった、どうすれば良い」


「神様とつながる」


「そうか、繋がるのか。つながり方はわかるか?」


つながらないの?」


「繋がらなかったな」


 そもそもミコの言う『助けた』時に、俺自身の意識は半分飛んでいたし、体の感覚もあいまいで何が起こったのかすら分かっていない。


「ミコ質問、治療の時に痛くなかったか?」


「幸せだったよ」


「幸せなのか」


「ん、神様が入ってきた」


「? 神様が入ってきたのか」


「幸せで気持ちよかった、もう一度やりたい」


「そ、そうなのか?」


「できる?」


「その方法が知りたいんだが」


「わかったらもう一度できる?」


 ミコが動かない体を前のめりにして聞いてくる。


 顔もすごうれしそうだ。


 少し引いた。


「・・・わ、わかったら考える」


「ん、がんって神様とお話しする」


 ミコのが低いのか、それとも神様の話が難しいのか・・・。

 ミコにしかわからない話だが、つたないミコの話を総合して、俺なりのかいしゃくを入れると次のようになる。


 ・神様に、俺の体の主導権を渡す必要がある。

 ・ミコの時は、神様が力を全力で使ったらしい。

 ・だんから神様は力を全力で使えないので、俺ががんる必要がある。


 以上であった。


 正直、訳が分からない。


 普段だったら笑い飛ばすところだ。


 ただ、命の火が消えそうな子たちばかり目の前にいる。


 俺の知識だけでかのじょたちを救う術はない。


 彼女たちを救うためには、神様にたよるしか手が無いのだ。


 神様に主導権を渡すとはどうやればいいのだ?


 イタコみたいな感じか?


 トランスすればいいのか?


 裸でほのおの回りをおどるのか?


 何かをたたきながら、おきょうのようなものを唱えればいいのか?


 やくでもあれば簡単なのだろうが、普通のこの状態でどうやってトランスする?

 

 俺は酒が飲めない。


 弱いとかそんな話ではなく、俺の体はアルコールを分解できない。


 これは生まれつき、遺伝の話で、飲めば強くなるとかいう話ではない。


 普通なら酒を飲んでハイになる事も考えられるが、俺の場合、酒を飲んだ瞬間体調をくずし、一晩は気持ち悪くて動けなくなる。


 だから、酒は使えない。


 うーん、神様だからいのりか?


 いのれば、神様が俺にひょうする感じのイメージでいいのか?


 あっ、神様が下りると言えば、『こっくりさん』があるな。


 しかも、質問に答えてくれる。


 なんだかものすごく名案な気がしてきた。


 とりあえず実行してみよう。


 『こっくりさん』をためそうとしたが、紙がなかった。


 土間の土に文字を書いて石を置いて試してみたが、石は動かなかった。


 やはり、摩擦が大きすぎるのだろうか?


 それとも、石ではなく、食べ物とか価値がある物を使わないといけないのだろうか?


 ってか、ミコと話せて俺と話せないってどういうこと?


 少しハードル高すぎませんか?


 脳内で神様にこうしてみたが、何も変化は無かった。


 なんとかしたいという思いだけが、先行しすぎている。


 落ち着いて考えろ。


 今からやろうとしていることは、俺がさんくさいと思ってきたやつらと同じこうだ。


 新興宗教の教祖様とまるで同じ行為なのだ。


 昔、それでひどい目にあったからな、だからミコの言う神様を信じられないのかもしれない。


 俺は今から神様にお願いしようというのに、その神様を胡散臭いと思っているのだ。


 まずは俺の意識改革が先か?


 少なくても、神様はミコでせきを起こしている。


 命が助かるのかどうかは不明だけれど、少なくてもミコの体の痛みは消えている。


 死んでしまうのであれ、ミコのように痛みが消えてくれるのならやる意味はある。


 苦しい時間は、長いものだ。


 それに彼女達くらいのねんれいころは、体感時間も長かった。


 痛いのをまんする体感時間はもっと長いだろう。


 過ぎ去る時間と、感じる時間の長さにはかなりのかいがある。


 そんな長い間苦しむだけなら、それを死ぬまで楽にしてあげられるのなら、やる価値はある。


 たとえ死のうともだ。


 とりあえず、体に神様を下ろすイメージでめいそうしてみた。


 しかし、目を閉じて集中しようとすると、小虫が顔の周りを飛び回り、しゅうが気になって全く集中できない。


 先にそうをした方が良さそうだ。


 掃除をしようと決断したときに、モエが俺のぞうを作って持ってきてくれた。


 俺の足のサイズに合わせた、モエの手作りだ。


 手作りものを、女の子からもらうのは非常に久しぶりでうれしくなる。


 しかも6足も作ってくれていた。


 濡れたりした場合のえと、こわれた時の予備らしい。


 2種類あり、一つはただの草履。


 もう一つはかかと部分から足首にかけてヒモを巻く、スポーツサンダル風の草履である。


「すいません、その、あまりくできなくて」


「いや、俺のために作ってくれただけでうれしいよ、有りがたく使わせてもらう」


 さっそく草履をいて、掃除をやった。


 モエも手伝ってくれると言うが、彼女も病人だ。


 体の不調も、痛みもかかえている。


 ここの掃除は、ほこりとの戦いになる。


 不調の体に、せきやくしゃみは負担が大きすぎる。


 なので、気持ちだけ受け取って一人でやる。


 最初にチビたちのベッドを外に運び、かげの下に設置。


 隔離所のかべに積み上げられていた、使用されていない他のベッドも全て外に出す。


 とんたたみを全て外して天日干し。


 隔離所の中の物を全て外に運び出す。


 ホウキを使って、てんじょうや壁のススやホコリを落とす。


 その後、はしごを持ってきて、はりの上のほこりも全て落とし、ぞうきんみずきする。


 雑巾がよごれなくなるまでやると、いつまでたっても終わらない。


 そもそも家の中できしているのだ。


 すすなどで真っ黒なのだ。


 天井からホコリがちない程度まできれいにして、いたかべを全てげる。


 ゆかに落ちたホコリをホウキで土間に落とし、床も拭き上げる。


 こちらは少していねいに。


 よごれている土間の土を全て外に出し、きれいな土を隣の無人の家から拝借して、土間にめる。


 かまどの中を全て掃除。


 きれいな灰だけ残し、後は全て肥料としてキナに渡した。


 小物は全て滝で洗う。


 かまから食器、その他、おけ等も全てきれいに洗い、最後の仕上げにミコたちがているベッド。


 まずはミコたちを丸洗いしたいが、病人を水にけるわけにもいかない。


 モエにたのんで、モエの家でお湯をかしてもらい、ぬるま湯で布をらしてミコ達を拭き上げる。


 ミコは全然痛がらなかったが、アユとハツは痛そうだった。


 拭き終わったミコたちを、掃除の終わった隔離所の床に運び、ベッドを念入りに掃除した。


 ミコたちが使っていた布団をぬるま湯にけて、もみ洗いしたら背筋が寒くなった。


 見る間にお湯が真っ黒になり、桶の底にはザラザラしたものがまっていく。


 らちがあきそうに無かったので、たきつぼに布団をほうみ、もみ洗い。


 よごれの筋が海に向かって流れていった。


 その後改めて、お湯で洗う。


 先ほどとちがって、真っ黒になることは無く、少しにごるくらいですんだ。


 桶の底にも少し何かがちん殿でんする位ですんだ。


 布団を軽くまわして水気を飛ばし、布団を竹製の物干し竿ざおに干しておく。


 今日の天気と風、それにこの布団のうすさなら、今日中になんとかなるだろう。


 ミコたちをベッドにもどした後は、隔離所の周りに生えている雑草を全てり、燃やした。


 丸一日かかっても、全ての掃除は無理だったが、主要部分は終わった。


 あくしゅうレベルはかなり下がり、小虫の姿も少なくなった。


 これで俺がやりたかったこと、俺にできることは全て終わった。


 悪臭や、むしそうおんも最低限までおさえた。


 あとは俺の集中力だけだ。


 ・・・


 うまくいかなかった。


 集中できていない。


 コレであっているのか? この方法で大丈夫か? などと考えてしまい、神様に祈りをささげる事すら上手くいかない。


 それに、一番集中できていない理由は、俺が神様を信じられないのが問題だ。


 胡散臭いという思いが強すぎる。


 気晴らしに、ハツとアユのおなかの上に手を置いたまま、娘達に寄生虫の事を語って聞かせた。


 まあ、俺の知っている寄生虫と、こちらの寄生虫が同じものだとは思っていない。


 ミコから出てきた寄生虫の形に見覚えがないのだ。


 だが、生態は似ているはずなのだ。


 魚も貝も、俺が知っているのとは形が違う。


 ノミもダニも、形が見える寄生虫は形が違う。


 しかし、モエ達は人間にしか見えないし、植物も動物も多少のちがいがあるだけで似てはいるのだ。


 生態が全く違うわけでは無く、似ているとは思うのだ。


 それに、寄生虫だけの話では無い。


 手洗い、うがい、清潔に保つ事。


 病気予防の基本だ。


 生食の禁止や、飲料水を一度いちどしゃふつする事などを説明する。


 モエが生食禁止の話をすると、さびしそうにしていた。


 海産物は生食が美味しいモノが沢山あるからね・・・。


 しかし、病気の原因が不明な以上、できる限りのことはやりたい。


 みなが眠ったあとも、一晩頑張ってみたがダメだった。


 日がのぼり、日が暮れてもうまくいかない。


 正座、あぐら、手をにぎって、おなかに手を置いてと体勢を変えて試してみたがうまくいかない。


 皆が寝静まった深夜。


 恥を忍んで、火鉢に火をたきながら裸で踊ってみたけれど、なにも起こらなかった。


 しかも、目を開けていたモエと目が合ってしまった・・・。


 逃げ出したい・・・。


 しかし、何がいけないのだろうか?


 火の勢いが小さすぎるのか、それとも・・・、と自分以外の原因を探して、そちらに責任転換しようとしている俺がいる。


 だが、一番の原因は俺だ。


 信じられないのだ。


 奇跡を見せられたというのに、俺は神様を信じていない。


 神と繋がるために麻薬が利用されるのは、こんな雑念を無くすためか?


 お経などは、もしかしたらトランスしやすくするためなのか?


 ミコに話を聞いても、先日と同じ内容しか帰ってこない。


 という事は、神様をまだ胡散臭いと思っている俺の問題なのだ。


 ひどく痛がる娘たちは、裸にいてきしめる。


 せっしょくめんが多い方が、痛みは引くらしいが、これでは根本的な解決にはなっていない。


 神様を信じられないまま、に3日ほど使ってしまった。


 ただ、色々な事が少しずつわかってきた。


 この子達の生活は、日の出、日の入りで完結している。


 俺が来てから、日が落ちてからも起きていることが多いらしいが、普段は暗くなるとしゅうしん、明るくなると目を覚ます。


 これは、あかりがない事も関係している。


 ロウソクを作る人がいなくなり、今は油の灯りのみ。


 その油も残り少ないようで、づかいはしないようにしているそうだ。


 隔離所の夜の灯りは、夕食を作る際に使ったかまどの残り火だけ。


 電灯の明かりで暮らしてきた俺にはかなり不便だ。


 せめて油の灯りを。とも思うけれど、油の作り方をモエ達は知らないので、今ある分を使い切ったら油の灯りも使えなくなる。


 ただ、竈の灯りだけでも慣れてくればそれなりに見える。


 文字を書いたり読んだりと言う事も無いからね。


 人のりんかくさえ確認できれば何とでもなる。


 モエが朝早く起きていると思っていたけれど、就寝時間が早いので、モエのすいみん時間は問題ない。


 他の子達がおぼうさんなのは、痛みでねむれていないだけだ。


 痛みで目を覚まし、つかてて寝ているのだ。


 夜も昼も関係無く。



 チビ達の事も少しだけわかってきた。


 ハツはしゃべれない。


 目もよく見えていないし、耳もあまり聞こえていないみたいだ。


 アユの話では、昔は普通の娘だったようだ。


 病気になってこうなったらしい。


 病気で、たまにこんな感じになるのだそうだ。


 原因は不明だ。



 アユのじょうきょうもかなり悪い。


 チビ達の中では、病気の進行が一番遅おそいけれど、もって、あと一ヶげつというのがキナの見立てだ。

 

 グズグズしているひまは無い。



 キナは立つのがようやくの状態だ。


 一度寝むと二度と起き上がれなくなるとキナが言う。


 気力だけで仕事をしている感じだ。


 ただ、キナを裸に剥いてきついてやると、次の日かなり調子が良いらしい。


 あまりベタベタするといやがるかと思っていたけれど、痛みが少しでも収まるのなら何でもいいらしい。


 それに、ここの娘達は人にきしめられたことがないらしく、どちらかというと喜んでいるようにも見える。


 確かに、昔保護していた娘の半数は、スキンシップを求めていた。


 イヤラシい意味ではなく、人のぬくもりを求めていた。


 残り半分は、おそれていたけれどね。


 ここの娘達も、最初は恐れていたようだが、俺が何も気にせずきしめているうちに、なれた様だ。



 モエも日に日に、体の不調が表に出始めているそうだ。


 モエはお腹を少しさわってもらうだけで十分だという。


 あとは、痛みの酷いキナやアユ、ハツを優先してくれと言う。


 やさしい子だ。



 そして、ミコ。


 ミコだけが元気だ。


 だし、おなかも出たままだし、ガリガリなのはそのままだけれど、痛みはないらしい。


 体が動かないのがつらいと。


 まあ、元気だと言ってもこの体だ。


 一日の大半は寝て過ごしている。


 アユやハツ、キナに比べて十分に睡眠がとれているし、食事量がかなり増えている。


 今ではモエと同じくらいの食事量だ。


 まあ、かゆだけれどね。


 固形物はまだ食べさせていない。


 便の様子を見て決める予定だ。


 俺の体には何も不調は起きていない。


 水仕事をしているときに何度かむしされのようにはだれたが、すぐに治って、その後なにもない。


 ただ、キナの話だと、病気の始まりらしい。


 前にかでそんな話を聞いた気がするが、思い出せない。


 まあ、何にせよ、とりあえずはみんなをミコと同じ状態にしたい。




 神様を体に下ろす・・・


 違うか、すでに神様は俺の中にいる。


 主導権を神様にわたせるかどうか。


 神様をまだ信じられていない。


 神様は俺にミコで奇跡を見せているし、痛みをやわらげるという力も使わせてくれている。


 だというのに、どうしても胡散臭いという思いがけない。


 現在の俺はただのヒモだ。


 モエが海産物を、キナが野菜類を。


 俺は成果も上げられず、ただ飯をらっている。


 ヒモにあこがれはある。


 ただ、俺のあこがれたヒモ生活は、こんなのではない。


 ひんの娘たちに食わせてもらう、こんな状況ではないのだ。


 ・・・ヒモと呼ばれる人って大体ろくでもない状況だから、今の俺で合ってはいるな。


 餓鬼だらけで、餓鬼に働かせて、だだ飯をらい、餓鬼を裸に剥いて抱きついている。


 はたから見れば、本当にろくでもないな・・・。


 本来であれば、キナに変わって俺が畑に出るべきなのだ。


 なのに、できていない。


 放っておけば、そのうちみんな死ぬ。


 ゆうのある今のうちに、キナがまだ動けているうちに、神様へ体の主導権を渡すきっかけでもつかまないとどうしようもない。


 しかし、モエとキナは俺が痛みを軽減してくれるだけで十分だという。


 想像しかできないが、痛みで身動きが取れないときの痛み止めなら経験がある。


 痛み止めが俺であるのなら、モエやキナの言動もなっとくできるが、俺はその先に進みたいのだ。




 3日根をめすぎて訳が分からなくなってきた。


 俺はなにを信じれば良いのか・・・。


 日本では、神社にたてまつられている神様すら知らずにいのっていたと言うのにな。


 一度、気分転てんかんでもしよう。


 それに初日に確認しようと思って、そのまま放っておいた問題を片付けよう。


 まあ分かったところでどうしようも無いけれど、心に一区切りはつくだろう。

 

 俺がこちらに来てからというもの、隔離所にびたっているせいで、モエもこちらでまりしている。


 外に出ようとしたところで、モエが声をかけてきた。


「こんな時間にどちらへ行かれるのですか?」


「星が見たくてな」


「星ですか? ならはまが良いですよ。ここより虫も少ないですし、すなはまころがって見られますから」


「おお、それはいいな、行ってくる」


「私もいきます、暗いので場所が分からないでしょうから」


「ああ、そうだな、たのむ」


 モエと二人で砂浜に着いた。


 くらやみを想像していたが、ほのかに明るい。


 理由は簡単。星明かりだ。


 歩いている間にも見えていたが、砂浜について、水平線から立ち上る星の海を見た瞬間、息をのんだ。


 目が悪いせいでボケてはいるが、見たこともない星の量だ。


 今の日本だと、街灯りが強すぎて、星があまり見えない。


 しかし、ここは灯りがないせいか、満天の星である。


 砂浜にころがって理解した。


 地球では無いと。


 星の多さから特定の星座を見つけるのは難しいだろうとは思っていたけれど、明らかに星の多さが違う。


 地球が銀河中心方面へ移動したらこんな風景かもしれない。


 ボケた視界でもはっきりわかる星のつぶがいくつか。


 日本でも、分かってみれば木星は肉眼で判別がつく。


 なぜって、粒が大きいからだ。


 意識しないと分からないレベルだが、大きい。


 目の前には明らかにその木星より粒の大きな星が6個は見つけられる。


 シリウスクラスの明るい星はゴロゴロしている。


 それに星明かりだけで、風景すら確認できる。


 星が多すぎて、全天に雲がかかったように見える。


 天の川が全天に広がっている感じだ。


 あまりの美しさに思わず見入ってしまう。


 そういえば月が出ていないな。


 となりにモエがいることを思い出して、話しかける。


「モエ、月ってあるのか?」


「月って何ですか?」


「ん? 空に大きな星が出ないのか?」


「どれくらい大きいのですか?」


「そうだな、空に向かって親指を立ててみて」


「こうですか?」


「おう、親指の先くらいの大きさの星だな」


「そんな大きな星は見たことがありません」


「そうか、なら、海って潮の満ち引きとかあるのか?」


「ありますよ」


「衛星がないのに、満ち引きはあるのか・・・。太陽だけの影響なのかねえ」


「何の話ですか?」


「いや、潮の満ち引きって星の影響なんだわ、星が回ったり、近くにある重い星が引っ張ったり」


「海を星が引っ張るのですか?」


「そう、星が引っ張る」


「ユウジさんは不思議なことを知っていますね」


「星が好きだからな」


「あ、流れ星です」


「おお、ホントだ」


れいですね」


「流れ星にお願い事するとかないのか?」


「星に願いですか?」


「俺の国では、流れ星が消える前に3回願い事を言えれば、願いがかなうと言われてる」


「そんな話があるのですね。お願いするのは神様だけですから」


「お、神様いるのか、どんな神様だ」


「人間を作った神様と、私たちを見守る神様ですね」


「創造神と見守る神か、それ以外はいないのか」


いっぱいいますよ、一杯すぎて覚えられないです」


「そうか、教会とか、神社とかないのか」


「内地にあるって聞いてます」


「内地か、行ったことはないよな」


「ないですね、私の村に行ったことある人はいなかったですし」


「そうか、一度行ってみたいねえ」



 二人して、とりとめのない話をしながら星空をきるまでながめた。


 ここが地球では無い事がハッキリしただけもうけものか。


 しかし、ホントに何処どこなのだ? 地球ではないのに言葉が通じているって、神様が何かやっているはずなのだ。


 俺は日本語しか話せない。


 そして、とあるおくよみがえる。


 この地に来てから、最初に目覚めた場所のことだ。


 その場所は、本当に、きたなくて、くさくて、不潔だった。


 あの場所はごくだ。


 しかし、なんで? 最初の地獄では言葉が通じなかった?


 この島では通じるってことは、やはりこの島に来させたかったのか?


 神様は何も答えない。


 とりあえず頭の中を整理しよう。


 ここは地球ではない。


 この村は病におかされて、めつぼう寸前。


 俺のやりたいこと。


 この娘達をがおにしたい。


 そのためにどう行動すれば良いのか、まだ見えない。



 隣を見るとモエが眠っていた。


 ずいぶんかんがんでしまったようだ。


 風がかなり冷たい、このままだとモエが風邪かぜをひくが、なんだか起こすのがしのびない。


 モエを家まで運ぼうと、持ち上げて泣きたくなった。


 なんだこの軽さ、こんな体で俺を浜から家まで運んだのか。


 おひめさまっこされていても、モエは目を開ける様子はない。


 軽すぎるモエを家まで運ぶ間、なみだあふれて止まらなくなった。

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