変わり者たちの出会い方(13)

「まあいいや、それじゃ行こ?」

「へ? どこに?」


 少女は玄関の鍵を閉めると、そのまま俺の腕をつかんで引っ張る。その距離感、異様な親しさに一瞬戸惑うも、最終的に疑問の方が勝った。


 少女は少女で、俺の顔を見て「何を言ってるんだ?」とでも言わんばかりの表情を見せる。……いや、いろいろ聞きたいのはこっちのほうだ。


「どこって……そんなの決まってるでしょ?」


 少女は笑顔を崩さずに近づいてくる。なんだ、今度は何なんだ。


 後ずさりする俺に構うことなく、少女は接近を止めない。そして少女のその手がゆっくりと俺の首目掛けて伸びてくる。

 ほとんど条件反射だ。俺は強く目を瞑った。


 外界では何が起こっているのか、視覚という最大の感覚器官を封じた俺は、それを知ることが出来ない。だから、少女が耳元に近づいていることに気が付かなかった。

 そして少女は、耳元で囁く。


「私達、これからデートするんだよ」


 脳髄を溶かすような甘ったるい声と共に、くすぐるような吐息が耳にかかる。


「……っのぁえぇ⁉」


 奇声を上げながら(本日三回目)、耳を疑った。何度も何度も疑った。自分の耳が都合の良い幻聴を奏で始めたんじゃないだろうか、と更に疑った。


 どうして俺が…………悠生ほどの性格の良さならばあり得ない話ではないが(……いや、それでもやはりあり得ない)この一般人である俺が、どうして見ず知らずの少女にデートに誘われることになるのだろうか。


 そりゃ、俺は自分がド平凡の型にはまっているとは思わないけれど(どうか変人の一人でありたいというのは俺の願望だ。)、いくら何でもレアケースすぎやしないか? 勿論過去に逆ナンこんなことがあったことは一度も無い。初めてづくしの今日一日だ。


 そんな、疑問符を頭の中に何個も発生させた俺を余所目に、少女の手はそのままネクタイへと伸びていき……


「よかった、やっぱりこの結び方を初見で解ける人はいないね」


 と、さっきまで全く解ける様子を見せなかったネクタイを、あろうことか一瞬で解いてしまったのだ。

 どれだけ俺が弄っても全く動じなかったのに、この少女にかかってはまるで手品の様であった。


 ……いや、ちょっと待て。こんな特殊な結び方のされたネクタイを一瞬で、慣れた手つきでいとも簡単に解いてしまったということは……


「……さぁ、デートしよう? アンタの口封じのた・め・に」

「お、お前、や、やっぱりさっきの……」


 そう、この女は今さっき俺を校内で尋問した挙句、このアパートの鉄柵に縛り付けた張本人だった。どうやら一昨日の事件現場に出くわしてしまった俺を始末するために(名目上)デートに誘っている(強制)らしい。


 さっき学校に居た時や一昨日八皇子で見た時とは、姿も俺への態度も、何もかも全てが違う。これだけの変装スキルがあるのなら、私はもうスパイや忍者への転職をオススメします。


「ささ、それじゃレッツゴーだよ!」


 ぐいぐいと俺の腕を引っ張りながら女は歩を進める。


「あ、終わった……」


 腕が女の魅惑の地に押し付けられていることなんて気にならず、ただただ俺はこの後に襲い来るであろう尋問に思いを馳せることしかできなかったのである。


 後に響くのは、アパートの階段を下りる金属音と、女の楽しそうな笑い声だけだった。

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