逃げる後輩のシバき方(1)

 翌日。


 どういうわけか、大変ありがたいことに、俺は現在(五限目)まで安全に授業を受けることが出来ている。俺は奇跡的に昨日の地獄から生還したのだ。


 確かに昨日のあの後、俺は〈明主寺〉という奴に無理やり連れられてデートなるものを遂行することになった。あんときの隣からの妙な威圧感と言ったら、もう、それはそれは凄まじかった。隣に虎でもいるんじゃないかと思ったくらいだ。


 しかし女の態度は終始不穏な影を見せることなく……正直案外優しかった。傍から見れば本当に仲の良い男女に見えていたかもしれない。……もしかしたらそれ以上の関係の可能性も……いやいやいや、それはない、断じてない。


 経川たちかわへと赴き、前から人気だと噂ながらに聞いていたタピオカミルクティーを飲み、数か所の店を巡った。その店というのも、ブックオフやドン・キホーテなど、変に気取っていない店を選択するあたり、年相応のデートにも慣れているようだった。


 それに言葉選び、目線など、男がどういう仕草に弱いのかも熟知しているらしい。


「……という訳で、浅井長政は姉川の戦いに敗れ、その後に信長によって滅ぼされたということで……あ、そうそう。鮒ずしって知ってるか? 浅井長政は近江の戦国大名……」


 授業の方は先生の雑談タイムへと移った。こうなればあと数分は授業は再開しないだろう。

 ちらと時計を見る。五限目の終わりまではあと五分。多分このまま終わる。俺はそっと日本史の資料集と教科書を閉じた。


 別に先生の雑談がつまらないということではない。むしろ、俺は割とこういう雑談の方が真剣に聞けるタイプの人間だ。それは俺の特徴を知っている人ならば納得できることだろう。


 しかし、今日は状況が違う。俺はなんとしてでも放課後までに昨日の出来事を脳内で処理しなければならない。


 五限目終了まであと四分。再び昨日の続きを想起する。


 別れ際のことだ。時計は8時50分を指していた。今思えば、そのデートとやらが楽しくなかった、と言えば嘘になると、はっきり分かっている。

 悔しいけど、あの女と話している間は本当の女友達と話している感覚だったし、俺が放課後に八つ当たりまがいのことで脅迫されていたことさえもその時は忘れていた。


 しかし、そんな仮初の時間は突然終了を告げる。

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