変わり者たちの出会い方(10)

「お、落ち着け。俺は別に一昨日見たことを誰かに言うつもりもないし、そもそも君の名前を知らない。だからもう放せ? な?」


 保身のために、俺は全力で安全弁を張る。


……正直、何となく面白そうな話ではあるのだが、好奇心旺盛と命知らずは紙一重の概念であり、その実大きく違う。ここで俺が首を突っ込めば火に油を注ぐが如く、最大級の面倒事が降りかかるのは火を見るより明らかだ。


 ……ちょっとうまいこと言った。


 何とかこの女をなだめて、この場を穏便に済ませたい。どうかこれで納得してくれると良いのだが……


「ダメよ、さっきも言ったでしょ? 男は信用ならないって。どうにか落とし前付けて貰うから」

「マジかよふざけんな」


 取り付く島どころか筏の一つもないとは、まさにこのことである。俺の張った安全弁を、女はことごとく詰まらせていく。

 なんてこった。どうやら俺はこのまま理不尽な尋問を受け続けなければならないらしい。……もうホント、誰でもいい。助けて。


「こうなったら……かくなる上は」


 どうやら女の脳内会議で、ついに俺の処遇について判決が出たらしい。

 拘束されたまま俺は固唾をがぶ飲みして行く末を案じた。……ちなみに、女に締め上げられているために実際は何も飲み込むことができなかった。


「こうするしかないわね。付いてきなさい‼」

「ンぐぅおぇ⁉」


 何を思い立ったか知らないが、突然女は俺のネクタイを力の限り引っ張って勢いよく薄暗い男子トイレを飛び出した。


「待て待て待て! 首締まる、ってか締まってるから⁉」

「つべこべ言うな! 死なないだけ感謝しなさい!」


 周りの目なんぞ全く気にせず、猪突猛進、獅子奮迅の勢いで廊下を駆け抜ける。勿論、その手の先には首に結ばれた俺のネクタイ握られたままだ。


 部室前の廊下を走った時、そこでようやくドアを開けて出てきた部長が


「ん? 初狩君、あなた一体何をしているのかしら?」


 と訊いてきたので、俺は


「部長様、ああ、貴女は遅かった。お恨み申します。ほんの少し、もうちょっとでも早かったなら……!」


 と答え、そのまま引きずられていった。


 誰がこんな『走れメロス』の一節がわかるんだよ、と思った記憶を最後に、以降数分間俺の記憶は途切れることになる。

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