変わり者たちの出会い方(9)
「ちょっと、何か言いなさいよ!」
何も喋るな、と言ったくせにこのようなことをほざきやがる件についてはこの際どうでもいい。俺は怒れる目の前の女を無視して、髪を凝視していた俺の視線を敢えて女の目へとずらす。
女は俺がいきなり視線を合わせたために少し狼狽えるが、すぐさま再び俺を睨み返す。
「な、何よ……」
そして、数秒にわたってその空間は沈黙で埋め尽くされる。
女の一番印象的な部分、髪の毛から目を離すと、それ以外の部位が全体的に見えてきた。
髪に見覚えが無いのだったら、もしかしたらその顔にはうっすらと見覚えがあるかもしれない。そう思ったのだ。
俺は一縷の望みに賭けてそれを実践する……とすぐに、分かった気がする。俺の頭の中にうっすらと、記憶の彼方に吹き飛んでいた人物の顔が浮かび上がった。
……そうだ、確かに俺はこの女に会っていたかもしれない。……いや、会っていた!
そして顔が頭に浮かび上がれば、遭遇した時のシチュエーションを思い出すまでに
は数秒の時間もかからない。
「あ、会ってる! お前八皇子でこの前大人の男の人と……」
すると女は、突然俺の口元をひっぱたくように強く塞いだ。ほとんど殴られた。さっきの廊下の時よりももっと強い。そして何より、前歯がめっちゃ痛い。
「静かにしなさい! 誰かに聞かれたらどうすんのよ!」
俺よりもはるかに大きな声で女は俺の声を制する。気付かれてヤバいんだったらお前も静かにしろや、と口に出して言ってしまったら今度はどんな制裁を食らうか分からないので黙っておく。というより手を押し付けられて声が出せなかった。
「あーもう! やっぱり覚えてるんじゃない!」
女は俺の口を押さえながら頭を抱えるという器用な芸当をこなし、目の前で酷く悶えている。そのまま俺の口元も放してくれませんか?
そして、どうしてこんなにも特徴的な人間を俺はすぐに思い出せなかったのか。
その理由は単純。この前に見た時のこの女は、髪の一部を銀色に染めて後ろで一本に纏め、更にはキャップを被っていた。
今の見た目とは大分違っていたのだ。髪の印象が変わるだけでここまで気付かないものなのだろうか。よくよく考えると、なんとも恐ろしい話だ。
変装……と言うほど大したことでは無いのかもしれないが、これは確かに効果的だと言わざるを得ない。
そんなことまでして、夜の八皇子駅で自分よりもはるかに年上の男と一緒に居たという事実。
勿論、夜の八皇子駅周辺はとてもじゃないが治安のよい地区とは言えない。風俗店だってあるし、裏路地に面する居酒屋も多い。昼とは全く違う表情を見せるのだ。
「どうする? 私……いっそのことコイツを亡き者に……」
そして女のこの焦り様。ただ気が動転しているのか、それとも常日頃からこんな物騒なことを口走っているのか分からないが、明らかに動揺している。
一連の流れから察して分かることは、この女は先日の夜、八皇寺で何か良からぬ事をしていたということ。尚且つ、他人に簡単に言えるようなことではない、ということは俺にでも容易に想像できた。
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